69:蠱毒の壷 その三
「これは、また」
まだ迷宮特区がそれと宣言されてから一ヶ月程、施設設備も整っていない状態だ。
兵隊さんの宿舎も一部を除いてはテント村のような有様で、野外で寝るよりはマシといった感じだろう。
それなのに、もはやその場所は経験したことのない熱気に満ちていた。
例えて言うなら古い映画の西部劇の世界のようだった。
いや、歴史で習ったゴールドラッシュというやつだろうか?
むしろ昔友達から読ませて貰ったバイオレンスな漫画の世界観のほうに近いか。
なにしろここでは護身武装がある程度認められているのだ。
もはやそれだけで、同じ国内とは思えない。
だが、それはある意味仕方がない措置ではあった。
冒険者の中には異能者もいれば魔術師もいる、道具によってしか彼らに対抗出来ない者達から武器を取り上げるのは別の意味で危険すぎたのである。
かと言ってそこが無法地帯という訳ではない。
特区の各所にはセンサーがあり、暴力沙汰の気配を感知するとカメラが作動し、関係者にペナルティが架せられる仕組みらしい。
まあ冒険者を武力で制圧しようと考えなかったのはある意味正しいのかもしれないが。
「おい、兄ちゃん達も迷宮探索か? 少人数攻略じゃ序盤はいいがすぐに行き詰まるぜ」
おお? なんか凄いゴツいお兄さんが声を掛けて来たぞ。
顔が怖いと言われてる俺だが、さすがに西洋系のコワモテの威力には負けるな。
顔の下半分には髭が生い茂っているし、しかもその色も赤銅色、顔もなんか赤いし。もしや昼間っから酒呑んでんのか?
「おい、兄ちゃん、返事はどうしたよ?」
「あー、わりぃ。俺は冒険者じゃねえんだわ」
言って、ハンター証が見えるように正面に向き直る。
ここではハンター証を見えるように出しておけという上からの指示は、軍関係施設に出入りするから通行証としての意味と思っていたが、案外とこういう面倒事を避けるためなのかもしれないな。
などとのんびり思っていたら、勧誘だったであろうそのお兄さんが目を剥いて迫って来た。
「ああん? なんでハンターが俺らのショバを荒らすんだよ? この野郎!」
なぜ怒る?
しかも今の翻訳術式、ファックとかいう言葉をすっ飛ばしたよな。
なるほど、こういうのにも規制があるんだな。勉強になる。
「んな訳ないだろ? 俺らは依頼を受けてそれをやり遂げるだけ、自由探索とかはやらないよ。どっちかってえーとお前らの露払い的なお仕事だよ」
「ぬ?」
巨漢の兄さんが態度に迷ったように動きを止めると、その後ろから仲間なのか、今度は魔術師らしき男が顔を出す。
ん? 杖持ちって事は魔法使い?
「兄さん、もしかして上層マッピングをやってくれるハンターか?」
……なるほど、その噂、もうオーブンなんだな? 誰でも普通に知ってるのかよ。
「まあな。と言っても、
「いやいや、変化しても傾向がわかるとわからないとでは大違いだ。それに
「そりゃあそうだな」
「兄さん、そろそろ行かないと時間に間に合いませんよ」
ドンと、俺の背中に拳を突き入れた浩二がそう言って急かす。
そもそも口とは別にその目が『なに馴れ合ってるんですか?』と語っていた。
弟よ、そこのコワモテの冒険者がお前の一瞥で悲鳴みたいな声を上げたがどういう事だ?
みてくれは明らかに浩二より俺の方が強そうだろ?
謎の敗北感に苛まれそうだから詳しくは追求しないけどな!
「じゃあ急いでるんで」
軽く挨拶をしてそそくさとその場を後にする。
周りではひっそりとその場でのやり取りを窺っていたらしい冒険者達が俺達を無言で目で追っていた。
噂には聞いてはいたが、冒険者達の雰囲気は独特なものがある。
到底同じ現代社会に生きている人間とは思えない程だ。
「昼から酔っ払うとか最低」
由美子がボソリと言い捨てる。
別段ひそめてもいない声だったので下手すると聞こえたかもしれないんだが。
トラブルを起こさないように、ってくれぐれも言われているんだから勘弁してくれよ、お前達。
「あんまり挑発するなよお前ら」
「何言ってるんです。冒険者相手に穏やかな対応なんかしていたらたちまち舐められて却ってトラブルになるんですよ。兄さんは現場を離れて鈍ってるんじゃないですか?」
「それはいくらなんでも極端すぎないか?」
そう言いながら由美子を見ると、思い切り首を横に振られた。
俺が間違っているということらしい。
「コウにいが正しい。冒険者は野生の獣と同じ。侮られたら面倒なだけ」
なんてこった。
俺がハンター辞めて八年程の間に妹達との間に埋まらない溝が出来た気がする。
そ、そうか、俺は鈍ったのか?
なんかショックが続いていっそ泣けて来る気がするわ。
「その様子だとさっそく連中の毒気にあてられたか?」
武部特殊部隊隊長が面白そうに揶揄するが、残念、毒気を吐いたのはうちの身内のほうですから。
「ところで仕事の話いいですか?」
「もちろん。それが本題だからな」
武部部隊長はなぜか上機嫌だ。
迷宮を巡る一連の変転は、軍部にはいささかプライドを傷付けられる流れだったのではないかと思うのだが、なんらかの納得する役割に落ち着いたのかな?
「打診した通り、君達には二層目、三層目のマッピングをお願いすることになる。その際の相互通信用にうちの通信兵、雑務管理に衛生兵を伴って貰う」
正直同行者はウザいが、ハンターの仕事ではよく付いて来るものでもある。
むしろ素人でないだけマシなぐらいなんでそれ自体には別に異論は無い。
しかし雑務で衛生兵っておかしくね?
まあ俺も軍隊について詳しい訳じゃないからなんとも言えんが。
「承知しました。予定としては二層目に五時間、三層目に十時間をあてるということでしたね」
「そうだ。だが必ずしもタイムスケジュール通りに行なう必要はない。なにせ相手は何が起こるか予想もつかない迷宮だ。まあ今更お前達には言うまでもないことだろうが、重要なのはそのエリアの把握だ。冒険者に提供する地図もそうだが、資源確保としての意味合いもあるからな」
うんうん、本音を言えるのはいいことだね。
「はい。取り敢えず同行メンバーを紹介してもらえませんか? あまり時間もありませんし」
あんた達は時間はどうでもいいかもしれんが俺達はそうはいかんのだ。
俺は会社があるし、由美子は大学があるからな。
「ああ、それでは紹介しよう。と言っても何度か顔は見ていると思うが」
武部部隊長が手元のボタンを押すと、小規模会議室といった感じだったその部屋の壁がスライドして別の空間が現われる。
そこはどちらかと言うとガレージに近い雰囲気があった。
色々な機材や小型の乗り物が並べられ、ツナギを着た人間が行き交っている。
「大木、山田、同行するハンターの方達に改めて自己紹介をしておくように。
「りょーかいしました」
「はっ!」
そこにいたのは、受け答え、答礼の姿勢、そして性別も、まるで逆のひどく対照的な二人だった。
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