40:おばけビルを探せ! その二
「おばけビルの噂なら知っていますよ、今ネットで話題なんです。この間は週刊誌がちょっとだけ取り上げていました」
にこやかに伊藤さんが俺の質問に答えてくれる。
うん、思った通り、伊藤さんはこっちの聞きたいことに的確に答えてくれてありがたい。
しかし、だ。
なんで俺達の周囲に他の女性二人まで寄って来ているんだろう?
よ、よし、状況を端的に整理してみるか。
俺は情報に強いと思われる伊藤さんに軽い気持ちでおばけビルの話題を振ってみた。
だが、それがなぜか女性陣に囲まれる結果となった。
……駄目だ、なんでこうなったのか改めて考えてみてもわからない。
「私も聞きました! 有名ですよね! 小学生なんかがよくビルとビルの間を見上げてるのを見掛けますよ!」
テンション高いな。
そもそも女性陣は、庶務の、お局様と呼ばれている園田さんを始めとする事務方である彼女達の内部で日常の仕事を回しているんで、こっちからは、特別に交通費とか機材の予算をお願いする時ぐらいしか接点が無い。
それでも伊藤さんはデータ管理をしてくれているんで俺達開発のメンバーとけっこう会話があるんだけど。
あと、別に差別意識とかは無いはずなんだが、性差による近付きにくさというのはある。
女性が固まっていると、何かこう近寄り難いんだ。
会話が成立しないというか、共通の話題が見つからないし。
なんせ俺は妹とも上手く会話出来ないしな……。
「昔からオカルトは人気のあるジャンルだものね。誰だって一度は冒険者やハンターに憬れるものだし、子供がそういう不思議な現象を調べることに夢中になるのはわかるわ」
意外なことに、お局様が結構話題に乗っている。
案外そういうのが好きだったのか。
しかし、冒険者という言葉が出た途端、一瞬、伊藤さんの肩がビクリと震え、僅かに硬直したのがわかった。
ああうん、お父さんが(元)冒険者だもんな。
気まずそうな伊藤さんを助けるために、俺は意を決してお局様に話を振った。
「お……園田さんもそういうのに憬れたことがあったんですか?」
やべえ、つい口が滑りそうになった。
お局様は、何もかもお見通しという目でぎろりと俺を見たが、何も言わず話に乗ってくれる。
ド、ドウモアリガトウゴザイマシタ。
生きた心地がしないぞ、おい。
「そりゃあ、私にだって子供時代があったし、あのころは『冒険者サキガケ!』って漫画が流行っていて、誰もかしこも冒険者に憬れていたものよ。まあある程度成長すると何の補償もないような生活のリスクが分かって来るから夢も醒めるのだけど」
ああっ! 冒険者の現実に言及されて、伊藤さんがますます困ったような顔に! なんてこったい。
でも、冒険者のリスクの最大の物は、命のリスクなんだよな。
そんな過酷な仕事をやって、ちゃんと生き延びて、家庭持って家まで建てたんだから、伊藤さんのお父さんは実は凄い人なんだと思うぞ。
誇ることはあっても、恥じることは無いと思うんだけど。
まあ冒険者は犯罪に関わってる連中がやたら多いから、公言すると変な目で見られることがあるらしいんだよね。
それがあるからお父さんも伊藤さんに本当のことを黙ってたと思う。
実際、あの人は冒険者らしくなくてマトモそうだったし。
「それであの、さっき聞いたおばけビルって、具体的にどういう噂なんです?」
これ以上話がそっちに逸れるのも困る。
伊藤さんのこともだが、俺の情報収集においてもせっかくこんな思いをして聞き込みしている意味が無くなるからな。
そういう訳で、俺はほぼ強引に話題を引き戻した。
伊藤さんが、そんな俺の奮闘に気づいてくれたのか、俺をちらりと見てにこりと笑う。
う、これってもしかして好感度が上がってる?
上手くしたら、単なる同僚からランクアップ出来るとか?
期待しちゃうよ?俺。
なんとなく以前も同じようなことを感じて勘違いに突っ走った気がするけど、気のせいだよな。
ううっ……。
「えっとですね」
相変わらずテンションの高い御池さんが、更に気持ちのギアを切り替えたかのように、思い切りテンションを上げて説明を始めた。
「高いビルと高いビルの間にですね、本来無いはずのビルがもう一つ見えるんですよ!」
御池さんは伊藤さんと逆のタイプっぽいな。
言葉の中に、欲しい情報がほとんど無いぞ。
「それで、その両側の高いビルってのはどこなんですか?」
仕方ないので重ねて聞いてみる。
昨日、ネットの
「それは決まって無いんだそうです」
「決まって無い?」
おいおい嫌な予感がするぜ。
場所の特定が出来ないってことは、下手すると固定化されていないってことだ。
「それじゃあもしかして蜃気楼とか、ビルの映り込み反射を間違えたとかなんじゃ?」
そんな神出鬼没な場所探しはキツすぎる。出来れば見た人の勘違いという結果がいいな。
こういう大掛かりなことをあの終天がやっているとしたら、どう考えてもこれは前触れ、やつにとっては食前酒ですらあるまい。
ろくでもない大騒ぎが始まる予感が、雨天を告げる黒雲のように俺の胸に沸き上がってきた。
「違いますよ!沢山の人が見ているんですから」
「でも、そういうのって、集団心理とかあるんじゃないの?そもそも貴女は見たの?」
話題には乗るが冷静なお局様の突っ込みに、御池さんはうっと詰まりタジタジとなった。
「わ、私はまだ見て無いですけど」
「それじゃあ本当だとは自信を持って言えないでしょう?」
「う……じゃ、じゃあ今度の日曜、探検会に行きましょうよ!」
「へ?」
俺は、突然の展開について行けず、一瞬戸惑った。
「私、そういう謎を解明しようとするサークルに入っているんです。そこで今度おばけビル探しをするんで、一緒に行きましょう」
なんだと?もしや君はあの怪しいチャットグループの一員なのか?
万が一あれとは違ったグループだとしてもあれと同類項か?
「な、何言ってるの。私は関係者じゃないし行く訳にはいかないでしょう?」
さすがのお局様もやはり困惑している。
「誰でも参加OKですから! ……そこ!」
なんだか唖然とした心地で二人の話を聞いていた俺は、突然指差されて思わずのけ反った。
「お、おう?」
「我関せずみたいな顔してないで木村さんも参加ですよ! もちろん伊藤さんも!」
「ええっ!!」
どうやら完全に油断していたらしい伊藤さんが飛び上がるように驚いた。
同士よ!
「なぜだ? 解せぬ」
「もう、変な言い回しで誤魔化しても駄目です。そもそもこの話題を振ったのは木村さんでしょ?」
ああ、伊藤さんにな。
などと心で思った所でそれを言える程俺に女子耐性がある訳もなく。
「う、ああ」
などという謎のうめき声のようなものを押し出せただけであった。
頑張れよ、俺。
「こういうことは後々まで引き摺っちゃ駄目なんです! みんなで行って真偽をはっきりさせましょう!」
いや、一日探したぐらいではっきりする真偽なのか?
激しく問い詰めたい気持ちに襲われるが、こんなテンションの女子に俺が逆らえる訳もなかった。
「あの、私がそういう所に行っても意味が無いと思うんです。私は
伊藤さんがおずおずと申し出る。
確かに無能力の人間は外的な波動の変化に影響されないので、異常現象を認識することが無い。
「だから伊藤さんは重要なんですよ。その現象が普通の物理的現象かオカルト的事象かの判断基準になるじゃないですか」
おおなるほど。
思わず感心してしまったが、彼女の言っている理屈は確かに納得出来た。
だかしかし、伊藤さんにとってはこれっぽっちも納得出来ない話であるだろうことも予想出来る。
なにしろ人間テスター扱いされて嬉しい人はそうはいまいから。
しかし、結局の所、俺達は妙に熱の入った彼女の提案に逆らえぬまま、来たる日曜の怪しげなイベントに参加せざるを得ないことになってしまったのだった。
なんというか、不安しかないが、大丈夫なのか?
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