41:おばけビルを探せ! その三

 せめて雨が降ればと願った俺の気持ちを裏切って、当日は晴天だった。

 ……気が重い。

 明らかに合わない人種の集まり、しかも会社の人間が一緒なのだから何かあった時の対処が限られる。

 悪あがきだと言われようと俺にだって守りたい物があるからな。

 やっぱそう考えると完全装備で行く訳にはいかないだろう。

 考えた挙げ句、一見普段着っぽいアーミー系ジャケットの隠しポケットに、特殊な趣味を持っていれば一般人が持ち歩いてもおかしくない程度の装備を突っ込む。

 まあこんな心配せずとも何も無いとは思うが、念の為ハンター証だけは首に下げてシャツの内側に隠しておこう。


 高層ビル群は、都心の官公庁地区を囲む一画、商用地区の中のビジネス街にある。

 そしてこれらを一望するにはビジネス街に隣接するセンター街が一番だ。

 なので、今回の集合場所はセンター街になっている。

 気が向かないまま、そこに行くために最寄り駅に行くと、何故かそこに伊藤さんがいた。


「あれ?なんでここに?」


 伊藤さんの家は隔外なので、隔内に入るためのシャトルで商用地区まで直行出来るはずだ。


「えへへ、あの、一人で行くのが、ちょっと怖いというか、その、苦手で」


 モジモジしながらそう言う姿は、いつものハキハキとした伊藤さんとは違う新鮮な姿だった。

 そう言えば前に一人で喫茶店へ入れないとか言っていたっけ、そっか、意外にそういう所があるんだな。

 うん、でも、これってなんか無駄にドキドキするシチュエーションだぞ。

 待てよ?まさか会社の連中が仕掛けたビックリドッキリ作戦とかじゃないだろうな。


「お、おう。それにしてもよくここがわかったな」

「あ、はい!木村さんの住所から待ち合わせ場所に行く場合、この駅から電車を使うのが一番手軽ですから」


 ああ、こういう時に一番安上がりと言わないのが伊藤さんだよな。

 この優しい声でみみっちいとか言われちゃったら俺は憤死するかもしれんし。

 いや、この場合恥死って言うべきなのか?

 しかし、やっぱ分析力あるなあ伊藤さん。

 そんな気持ちを込めてしげしげとその姿を眺めていると、伊藤さんのモジモジ度が更にアップした。


「あ、あの、じゃあ行きましょうか?」

「ああ」


 まあでもなんだかんだ言って、二人で行動するのに照れが無くなって来たな。

 プライベートでも色々あったし、元々同僚だし、普通の友達みたいな感じだ。

 そういや大学時代にも女友達(彼女ではない)がいたし、俺もそこそこ慣れているのかな?

 そう考えれば伊藤さんも同じで、俺相手なら気楽だからここに来たんだと理解出来る。

 わかってしまうと、ちょっと残念というか複雑な気分だ。


「それにしてもとんでもない話になりましたね」


 無言でいると場が持たないので、取り敢えずこれからのことを話す。

 なんかいい香りがするんだけど、これってシャンプーかな?


「ごめんなさい。私がちゃんと彼女に断っていればこんなことに巻き込んだりしなかったのに。木村さんはお仕事でこの件を調べていたんでしょう?なのにこんな遊びみたいな話になってしまって」


 ああ、やっぱ気づいてたんだな。


「あ、いや、ほら、おかげで普段あんまり縁の無い女性社員のみんなと親しくなれたし、苦あれば楽あり……じゃなかった、縁は異なもの味な物とかって、違うか」


 何言ってるんだ俺?

 ごまかしきれずあははと笑った俺を、なぜか伊藤さんはじっと見て、悄然と肩を落とした。


「御池さん、可愛いですよね。明るくて元気だし、顔立ちもくっきりしていてモデルさんみたいで」

「へ?」


 なぜか御池さん推しを始めたぞ。

 いきなりどうした?

 俺はああいう化粧がっつりの派手めな感じよりナチュラルメイクのあなたのほうが好きですよ、とか。

 あ、好きとか考えちまった。照れるな。


「俺は伊藤さんのほうが話しやすくていいよ。どうもあんまり女の子っぽい人だと気後れしちゃうしね」


 女の子力って凄いよな。おかげで押し負けてこの始末だよ。

 ……ん?待てよ、もしかして今、伊藤さん、御池さんにヤキモチ焼いてた、とか?

 これはもしかしてもしかする?

 俄かに期待に胸弾ませて顔を上げた俺の目に、ひやりとした雰囲気を纏った伊藤さんが映った。

 え?あれ?


「そうですよね、私、可愛くない上に女性らしさのカケラも無いし」

「え!? そんな事ないですよ、伊藤さんは十分可愛いですよ!」

「いいんです、わかってますから。高層ビルの階段トレッキングが趣味とか言っちゃってて、今さら女性らしさもないですよね」


 どうしよう? なんか凄くションボリしてるよ!

 ヤバい! 俺、女心とかさっぱりだよ! 空気の読めない男でごめんなさい!

 心の中でどんなに謝っても仕方ない。

 といっても、どうして良いか分からん!

 ヘルプ! ヘルプ要員は何処だ?


「ごめんなさい」


 俺がパニック寸前に焦りまくっていると、伊藤さんはそれまでの難しい顔を崩して笑顔になってそう言った。

 そしてぺこりと頭を下げる。


「え、なに?」


 伊藤さんが謝るようなことが今の会話の中に何かあった?


「私、駄目だな。本当は木村さんと同じ場所に立ってお役に立ちたいなあって思ってるのに、全然駄目で、困らせてばかりですよね」

「いや、いつも助けて貰ってるよ。本当に」

「ありがとうございます。さ、早く行きましょう」


 何かふっきれたように伊藤さんは元気になった。

 うん、本当に女の子ってわからんね。


「あ、来た! って、どうして二人一緒なんですか?」


 御池さんが目敏く俺達を見つけて声を掛けて来る。


「駅で一緒になったんです」


 うむ、間違いは無いな。

 上手いぞ、伊藤さん。


「そうなんですか? 大丈夫ですか? 何もされなかった? 伊藤ちゃん」

「俺が何するってんだ?」


 失礼な。


「え? だって、木村さんってケダモノっぽいですから」


 ちょ、それって酷くね?


「ゆきちゃん、酷いです。訂正してください。木村さんはとても紳士な人ですよ」

「あーはいはい、こんなののどこが良いんだろ、理解に苦しむ」

「もう!」


 あー、完全に女の子の会話だ。わからん。

 お局様こと園田女史はっと、あ、傍観者に徹して我関せずって感じだ。

 この怪しい集団から一歩離れて関係ない人を装っているぞ。

 気持ち的には俺もそうしたい。


 周囲には老若男女、思いもかけないぐらい人がいた。

 まさかこんなマニアックイベントにこんなに人が集まるなんて思いもしなかったが、暇な人間って多いんだな。

 ざっと三十人前後? 年代的にはやっぱり二十代ぐらいが一番目立つ。

 しかし、上は六十歳前後っぽい老紳士や下は小学生だろ? って感じの男の子がいる。

 なんかこれだけ見ると普通の週末のイベントのようだ。

 このままゴミ拾いとか始めたほうが社会的には貢献出来そうだな。

 観察していると、このイベントの主催者らしき集団に見当がついた。

 園田女史と反対側の端っこ、ベンチに荷物を置いて、どうやら打ち合わせをしていると思われる男三人女二人の小集団がそれっぽい。

 置かれた荷物の中に、今時めずらしい大型の録画用カメラがあるなと眺めて見て、それが分析機能の付いた研究用の物であることに気づいた。

 すげえ、あれ車一台分ぐらいの値段するんじゃね?

 もちろん手持ち用の物だから分析機能と言っても限界があるが、波動や音波、対象の表面温度の分析記録とか最低限のことは記録してくれる。

 恐ろしい。

 金持ちの道楽だろうか? 遊びに本気ってやつか?

 感心していると、その集団の一人が御池さんに気づいて声を掛けたようだった。

 そして御池さんが一緒にいた伊藤さんを紹介している。

 そいつらの中心らしい優男がにっこり笑って手を差し出したりしていた。

 死ねばいいのに。


 イラッとした俺の肩をぽんと誰かが叩いたのに気づいて振り返り、思わず上げそうになった声を飲み込む。


「てめぇ」

「感激です! お兄さん、やっぱりこういうことに興味がありますよね? それとも今日は潜入調査とかですか? こういうシロウトに毛が生えたような連中が暴走すると危険ですからね。も、もし僕でお役に立てるならなんでもおっしゃってくださいね!」


 そこにいたのは、あの英雄フリークとかいう大学院生だった。

 最悪だ。

 俺は心の内で唸り声を上げて、運命を司る何者かに呪いの文言を吐き出したのだった。

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