第4話 文房具と、兄



 窓の向こうの家は、だんだん大きくなっていた。

 すでに小さな家と表現するのも難しくなっている。

 なんせ、二階建てだし、バルコニーはついているし、この前作っていたウッドデッキもどきはいつの間にかサンルームになっている。

 今朝見た時は、古いバスタブにシャワーらしき菅が取り付けられていた。学校から帰ってきた時には、そのすぐ横に湯沸かし器らしきものができていた。

 計画性がないように見えるのに、ちゃんとした家になっていく。

 アリの巣を見るような気持ちで、僕は毎日家の成長を観察していた。

 窓から見下ろす僕に相手が何かをしてきたのは、最初の手を振る動作だけだった。それからあとは、たまに姿を見かけることはあっても、僕の方に何かを言ってくるような仕草はない。

 なんとなくそれが面白くないなと思いながら、僕はずっと、成長する家を見続けていた。

「そんなにあれが面白いのか?」

 珍しく、3男の三菜斗兄が話しかけてきた。僕は「うん」とうなずいた。

「おもしろいよ」

「俺には変態がいるとしか思えないんだけど」

「どうして?」

「あんなゴミの山から家を作るなて、変態だろう」

「そうかなぁ」

 確かに廃材から作った家なのだけれど、どうしてか僕にはそれが不衛生には見えなかった。作っている人の身なりが清潔そうだからなのか、作られている建物もキラキラしている気がする。

「でも、湯沸かしとか発電機っぽいものも作ってるんだよ」

「あんなの、適当にくっつければできるだろ」

「三菜斗兄は出来るの?」

「多分できるさ」

 僕と八花よりも少し考えが軽い傾向がある三菜斗は、自信ありげにうなずいた。僕は、それこそ三菜斗の言葉の方が嘘にしか思えなかった。

「じゃあ三菜斗兄も作ってみてよ」

「なんだよ、外に風呂作れってか。誰が入るんだよ」

「そうじゃなくて、三菜斗兄が作れることを証明してよ」

「お前、疑ってたんだな」

 僕のその発言でようやく疑われていることに気が付いた三菜斗兄は、手近な上着を羽織ると、ずんずんと玄関に向かう。

「どこに行くの」

「俺が風呂を作ってやる」

「本気!?」

 まさか、あの家に向かうというのだろうか。

 けしかけた手前、僕も慌てて兄の後を追う。

 三菜斗は上二人の兄がいるときには空気のようになる術を発揮するくせに、自分が一番年上の時間になると、とんでもない自由気ままさを見せる。

 十七歳とは見えない無邪気さで、三菜斗は階段を駆け下りて裏庭に向かっていく。

 僕もサンダルで必死に走るけれど、5歳差の上に相手が運動靴では分が悪かった。

 裏庭に僕がたどり着いた時には、三菜斗は低い柵を超えて、あの家のある場所に乗り込んでいた。

「ごめんくださ~い!」

 これが本当に、人見知りの僕の兄なのだろうか。

 小さな窓のついた青いペンキのドアに向かって、三菜斗は大声を出した。

 すると、家の中を歩く足音がして、ドアがゆっくりと開く。

「なーに? 昼寝してたんだけど」

「俺も、風呂を作っていいですか!」

「え?」

「俺にも、風呂を作らせてください!」

「こっちは二つも風呂はいらないんだけどなぁ」

 中から出てきた不思議な住人に、三菜斗は自分の希望をあけすけに伝えた。

 中からでてきた人は、170㎝くらいある三菜斗兄と同じくらいの身長の男の人だ。間違いなく、雨上がりに僕に手を振ってきたひと。

「だめですか?」

「なんで?」

「何が?」

「なんで作りたいの?」

「兄の沽券です」

「兄の」

 そこで男の人は僕にちらりと視線を向けてきて、あぁ、とうなずいた。

「あの家の子ね」

 男の人が指さした先には、僕たちの部屋の窓がある。

「そうですっ」

 三菜斗が大きく首を振るが、僕は自分の顔が覚えられていたことに驚きだった。

「兄の沽券って、具体的にどんなことなの?」

「こいつが、俺には作れないっていうから」

「だって、無理でしょ」

 こいつ、と言いながら僕の額を三菜斗兄が小突いてくる。

「君、名前は?」

 男の人は、三菜斗よりも先に僕に名前を聞いてきた。

「苅野、十善」

「じゅうぜん?」

「俺は三菜斗です」

「あぁ、数字が入っているのか。十人兄弟?」

「数が入っているのは合ってますけど、十人兄弟じゃあありません」

「ふぅん」

 僕たちの名前のロジックが気になったのか、眠そうにしていた男の人の目が少し大きくなった。

 その顔を見て、三菜斗がひらめいた! と手をたたく。

「それじゃあ、俺たちの名前の理由を当てられなかったら、風呂作らせてください!」

「ええー」

「質問は三つまで」

「仕方がないなぁ」

 大人っぽくめんどくさがりのポーズをしているのに、目の前の人の機嫌がどんどん上がっていくのがわかる。

 僕は三菜斗兄ののせ方のうまさに感心すればいいのか、なんだか子供っぽい大人に出会ってしまったことに驚けばいいのかわからないで、二人の間に立ち尽くす。

「質問1。何人兄弟?」

「5人兄弟ですね」

「うーん、質問2。二人の間は何人?」

「俺とこいつの間には妹が一人」

「質問3。その子の名前は?」

「八花です」

「ふむ」

 三菜斗、八花、十善を含めた5人兄弟の名前の数字の由来。

「わかった」

 男の人は、人差し指で僕と三菜斗兄を1回ずつ指してから言った。

「年齢差だ。君とこの子の年齢差は7歳くらいかな? 3足す7で10」

「うわ~! 惜しい」

 僕は三菜斗兄の反応に驚いて、その顔を見上げた。

「えっ」

「ちょっと君、弟まで驚いてるよ」

「正解は、一番上の美一兄が何歳の時に生まれた子供か? でした!」

「それってほとんど当たりじゃない!?」

「いやいや、名前を付けた意味としては年齢差じゃなくて長男の年齢、ですから」

 にやにやと三菜斗が笑う。いじわるな顔つきだ。

「それじゃあ、風呂、作らせてくださいね」


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