ねむいけど謎の男です。



「終わった...か」


その言葉はこの戦闘が終わったのではなく、何かを成し終えたかのように聞こえた。そして数分間ゼノスが居た位置をただ眺めていた。


「でもやっぱり殺しても俺の心が満ちることはなかったよ。やっぱり消えてしまうのかな、きみの記憶もあの幸せな時間もなにもかも」


悠太の目には涙が溜まっていた。顔が下の方に俯き、身体が震えながらも下唇を強く噛むことでなんとか涙をこらえる。


「現にきみを殺したあいつのことを忘れていた。一体俺はどうすればいいんだ、過去の自分と今の自分。わかってる、わかっているんだ、自分自身にケリをつけないといけないことくらい。だけど、だけど!!きみと過ごした大切な日々も.....」


何かを言い終える間に悠太の髪と瞳が元に戻る。その瞬間先ほどの表情から元のどこかめんどくさそうないつもの表情になる。そしてだるそうな感じを出しながら美桜が閉じ込められていたクリスタルのところまで歩み寄る。


「ゼノスの野郎、あいつしか解除できないとか言ってたけど普通にできんじゃん」


悠太が手をクリスタルの方向に向け、何かを唱えた次の瞬間、クリスタルが神々しく光り輝き光の粒子とともに霧散する。


悠太は自身が今どれだけありえないことをしているのかということに全く気づいていない。


通常特定の人物でなければ解除できない系統の魔術は最早人間レベルでは到底成しえない魔術であり、本人以外が解除するなど絶対に無理なのだが、それを普通にできると言った悠太の非常識さがここまでくると呆れを通り越して尊敬の念すら抱くだろう。


「お〜い、美桜?起きろ」


倒れ込む美桜を抱きかかえ、呼びかけると同時に頬を数回ペチペチと叩く。そして美桜も頬から伝わる刺激に眉間にしわを寄せ、瞼がゆっくりと開く。


「ぅ....ん....あ、あれ?悠太?」

「ああ、ようやく目が覚めたか」

「ねぇ、どういう状況?これ」


説明を求める美桜に悠太はなにがなんだかわからず「ん?」と思わず呟く。が、しかし今二人の状況は、悠太が美桜の両腕を抱き上げ体の正面で抱えており、それはまさしくお姫様抱っことよばれるものであった。それに気づいた途端悠太が弁解しようと慌てる。


「べ、別にやりたくてやっているわけじゃねぇよ!あわてて抱きかかえたらたまたまこうなったんだよ!」

「へ、へぇ〜悠太は僕をお姫様抱っこするのが嫌なんだ.....へぇ〜」

「なんでそうなるんだよ...」


美桜の態度に悠太はめんどくさそうに青い空を見上げる。そしてこの後どう言い訳をしようかと考えを巡らせていると、


「ねぇ悠太、今、幸せ?」


悠太はどこまでも真剣な眼差しを向ける美桜に視線を移し、少し微笑みながら首を横に振る。


「どうかな、いつも寝てばかりだから分かんないや」

「そう.....じゃあ──」


美桜はどこか気落ちしたような表情をする。


「ていうかこんな事があったんじゃあ聖魔祭なんてできんのか?」


無理やり話題を変えた悠太に、美桜は吐息を吐くも「悠太.....」と弱々しく呟きながらも話題に乗っかる。


「そうだね、でも大丈夫じゃないかな?破損した部分は学園長先生が直すんじゃない?」

「え、リマイヤが?そりゃ大変なことで」

「誰のせいだと思っているの?」

「ぐっ.....」


確かにあそこまでの広範囲の攻撃をしなくても倒せたのだが、つい我を忘れて色々破壊してしまったのだ。しかし美桜は戦闘を見ていないはずなのだが、


「なんで俺なんだよ?」

「だってあの化け物が攻撃するとすれば被害が闘技場に収まるわけがないでしょ?」

「た、確かにそうだとは思うが....」

「でしょ?わかったら早く帰らないと」

「ん?ああわかった」


そう返答すると、ゆっくりと美桜の身体を落ちないように降ろし、疲れたように自分の手を後ろに回して肩を揉む。


「べつにもうちょっとしてくれてても」

「あ?もうちょい大きな声で言ってくれねぇか?聞こえないんだけど」

「もう知らない!!」


ぷいっ!と顔を背ける美桜に悠太はなにがなんだかわからないと言いながら帰ろうと歩きだしていた身体が突然ピタリと止まる。急に静かになり、不自然に思った美桜が悠太に「どうしたの?」と聞く。


「いや、なんでもない。先に行っててくれ、後で俺も行く」

「わ、わかった」


『先に行っててくれ』その言葉はどこか重く、今ここにはいて欲しくないという風に聞こえた美桜は、悠太の言葉に素直に従う。


日も徐々に落ち、未だに眩い輝きを放つ太陽に目を細めながらも、美桜が闘技場から出て行ったのを確認した悠太は大きな声で口を開く。


「そこに隠れているやつ早く出てこい!こちとら眠気が限界なんだよ!」


そう言った途端闘技場に数個ある出口の一つの陰から一人の男がパチパチと拍手をしながら現れる。


「流石闘神殿、いや『アヌヅチ』様といったほうがよいでしょうか」


その男は長身で髪は肩までかかっており、なぜかタキシードのような服装をしていた。


「は?俺はいつからそんなキラキラネームになったんだよ」

「あくまでシラを切るつもりですか?」


先ほどまで貧しい表情をしていた男は悠太の返答に意外だったのか、動揺こそしないものの怪訝そうに眉をひそめる。


「別に嘘はついてねぇよ、ていうかさっきのその口ぶり、俺を知っているみたいだがお前誰?」


男は悠太の投げかけに、『フッ』っと少し微笑みながらも眉を吊り上げ悠太を睨み、


「私はそうですね、『転生者』とでも名乗っておきましょうか」

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