第9話 いざ往かん勇者の道を

 「いざ往かん勇者の道をぉぉぉ!!」


藤塚は一瞬気圧されたかに見えたが、すぐに余裕を見せた。


「この世界では勇者もただのでくの坊よ!」


黒い刃の嵐を全身に受けながら勇者は怒号を発した。


「貴様、その力の為に何人殺したぁ!!」


藤塚は下品な笑みを浮かべて「覚えてないな」と吐いた。僕は両手を広げて立ちはだかる勇者が武器を持っていないことに気づいた。彼に届けなければ。振り返ると、彼が吹っ飛ばされたであろう場所に布にくるまって落ちている。痛む全身に歯ぎしりしながらも無言で飛びついた。


「佐村ァ!」


刃の嵐は僕の方へ軌道を変えた、とっさに剣を抱きかかえた背中に刺さった。でも、ここで倒れるわけにはいかない。攻撃の隙ができたようで振り向くと勇者は藤塚の胴を両腕で締め上げていた。


「早く!剣を抜いて下さい!」

「畜生がァ!」


一瞬止んだ黒い渦が再び勇者に突き刺さる。切り刻まれた肉体は徐々に原型を失っていく。


「ウガァァァァ!」


やっとのことで振りぬいた拳が藤塚を吹っ飛ばした。騒ぎを聞きつけた警官たちが集まってきたようだ。「うわ!」「何事だ!?」と声が聞こえる。


「邪魔くさい!」


藤塚が警官を2人吹っ飛ばすと、さすがに警察も拳銃を抜いた。発砲音が聞こえる。僕は這いずるように崩れゆく勇者の元へ寄った。


「回復…!回復しなきゃ…!!」


あおむけに倒れた勇者に僕が回復魔法をかけようとすると、彼は指が砕けた手で制止した。


「あなたの魔法は初歩の初歩、あなたにしか効きません。大丈夫、お願いを聞いてください。」

「何すればいい!?救急車!?」


首を振った。


「違います。剣を抜いて下さい。あなたに教えた呪文で。」

「剣よォ!!」


剣は唸り、僕は鞘からその長剣を抜き放った。初めて見る刀身は真っ黒けだった。藤塚がこちらに気づいた。拳銃を撃ち尽くした警察官の制服がボロ雑巾のようになって倒れている。血だまりは藤塚に引きずられるように吸い込まれていく。


「その剣を渡せ。」


勇者は歩み寄る藤塚を前になお立ち上がった。立ち上がるときに、身体だった何かが足元にボタリと落ちた。剣を握る僕の両手には、剣と勇者たちの記憶の断片が流れ込んできた。邪悪な者の手に渡れば世界は邪悪に脅かされ、正しい物の手に渡れば世界は平静を保った歴史が、そして剣が奪った数々の命と運命が頭に流れ込んだ。


「剣は渡しません。少年よ私を刺してください。」


翻訳の護符はこんな言葉まで丁寧に訳した。


「できません、でも…」


剣は剣の所有者を斃した者に受け継がれる。


「あなたはこの世界で私が出会った一番正しい人間です。あなたを信じています。ありがとう。ごめんなさい。」


あいつに粉々にされる前に僕がやらなきゃいけない。


僕は声に出してそう言ったのかもしれない。彼は昨日初めて会ったばかりの勇者。僕が勇者としてどうやって生きて行けばいいのか教えてくれた指導者。僕の忘れられない友達。

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