⑬ 『アッシュのお悩み相談室』
ショーコへの報告を終えて、自宅に帰ったアキは、夕飯とお風呂を手早く済ませて、自室のベッドで寝転がり、スマートフォンをいじっていた。アッシュの情報を集めるとは言ったものの、手がかりらしきものは一切ないので、
「日比谷アッシュ…っと」
インターネットの検索エンジンに
『アッシュのお悩み相談室』
そう表示されていた。
「まさか…」
とりあえず検索してみるかという軽い気持ちで入力したにも関わらず、どうにもそれっぽいものを一発で引き当ててしまい、少し驚くアキ。
そのページは、ユーザーが不特定多数の閲覧者に向けて生配信を行えるネットサービス『
アキは、スクロールしていく中で、いくつかの『相談と回答』に目を通す。
・「好きな人に彼氏がいるのですが、どうしたら良いでしょうか」
→想いの丈をぶつけて、様子見。慎重に彼女のモードに合わせましょう。
・「ゲイなのですが、男好きな自分が嫌です。普通に結婚して家庭を持ちたいです」
→ゲイを隠さず、ゲイのコミュニティに入ると良い。男同士で結婚して養子をもらうのもアリ。
・「人に優しくしていたが、良いように利用されてることに気づきバカバカしくなった」
→人に利用されている自分に気付けた結果、なんのために優しくするのかをフラットに考えられるようになったという意味で、一歩成長しただけのことです。
・「寝つきが悪いんだが…」
→ホットミルクおすすめ。あとは、パソコンつけっぱなし、放送ながしっぱなしなど、『ながら睡眠』もおすすめ。
・「不良の先輩に脅されてます。どうしましょう」
→こいつからは金を取れないという印象を与えて、諦めてもらう作戦。
・「生きる目的って何?」
→「何」ではなく、「どう」を大事に。それを日々実践。
「なんか色々な相談受けてる…」
普段、生配信などに興味のなかったアキであったが、多種多様な相談内容とそれに対する真摯な回答を見て、単純に配信内容に興味が湧いてきたし、アッシュという人間にますます興味が湧いてきた。
「どうにかして連絡をとれないかな…。あっ…」
アキは、『相談と回答』のページをスクロールする手を止め、連絡先を探すために、ユーザー情報のページにアクセスしてみると、
■ オフ会のお知らせ
・日時:5月7日(日)13時~
・場所:シグナス駅南口→駅前のカフェ
・定員:5名(残りの枠、あと1名!)
・参加費:各自の飲み物代
・参加希望者は以下のメールアドレスまで
soudan.bros_ash@…
なんと、このチャンネルのオフ会を行うらしい。しかも、なんと明日開催で、さらに定員5名の横には『残りの枠、あと1名!』の文字。おまけに、明日はスピードスターのバイトもお休みだ。参加してくださいと言わんばかりのナイスタイミングな状況に、アキは慌てて参加メールを送った。
件名:オフ会参加希望
本文:はじめまして。天道アキといいます。アッシュさんの配信いつも見てます。急ですが、明日のオフ会に参加したいのですが、大丈夫でしょうか。よろしくお願いします。
普段配信など見てないし、そもそもチャンネルページを覗いたのすら初めてだったが、正直に書いて断られでもしたら、せっかくのこのナイスタイミングを逃しかねないので、とりあえずいつも見ている
程なくして、返信が返ってきた。
件名:参加希望承りました
本文:はじめまして、天道さん。ちょうど残り1名だったので、大丈夫ですよ。明日お会い出来るのを楽しみしています。
これまたテンプレのような返事が返ってきて、アキはアッシュと思しき人のオフ会に参加することとなった。もし、日比谷アッシュ本人とは全然違う同じ名前の別人だったり、ヤバい事件に巻き込まれたらどうしようという不安が一瞬頭の中によぎって、躊躇しそうになったが、
「ま、そのときは、
足の速さには圧倒的な自信があるし、未来で体験した〝ヤバさ〟に比べれば大したことないかと思い直し、参加することにした。
シグナス
ジュエルの出土量と回復のスピードは各地区で差があり、ジュエルの出土量が多い――つまりは〝よく採れる〟地区は、『アーバンエリア』と呼ばれ、フロンティアの中心部に固まって位置している。第8地区から第15地区がそれにあたる。一方で、第1地区から第7地区は、ジュエルの出土量は少ないが、〝回復力の強い〟土壌を持ち、それらは、アーバン(=都会)の反対の意味で、『ルーラルエリア』と呼ばれている。ジュエルが〝よく採れる〟アーバンエリアは、ジュエルを消費することで発展し、消費し終えたジュエルを〝回復力が強い〟ルーラルエリアの土壌で寝かせて、その力を回復させることで、バランスをとっている。
アキの住む第11地区のアクセル地区や、これからアキが向かう第8地区のシグナス地区は、アーバンエリア内にあり、アーバンエリアの各地区はそれぞれ独立して浮遊しているとはいえ、かなり密集していて距離が近い。高い建物からなら、隣の地区が見えるくらいには近い。また、アーバンエリア内は、シップの往来頻度も高く、乗船料も安いため、移動する敷居も低く、ちょっと隣街まで遊びに行く感覚で行けてしまう。
一晩明けて。
「さて、シグナス行きは…と」
商業区の端っこにあるアクセルのステーションで、乗るべき船を探すアキ。ステーションには電光掲示板が設置されており、シップの発着の時刻と行き先が表示されている。発着場には、シップの昇降口に操縦士が立っており、目的地行きの船に乗る際に、操縦士に対して金額を支払うシステムになっている。アクセル地区の土地柄から、シップのデザインがアニメキャラ一色の広告仕様になっており、アキは、それらを見ているだけでテンションが上がってくる。
(ん~! 最高ね…!)
いくつか停まっているシップに目移りしていると、
「あ、シグナス行きだ! お願いします!」
シグナス行きのシップを見つけ、操縦士に運賃の180クレジットを支払い、乗り込む。シップの中は、300人は余裕で収容出来るほど広く、客室の両サイドに配置された座席に座ることが出来る。お昼過ぎということもあり、割と空いていて、席も選び放題だったので、アキは入口から比較的近い席に座ることにした。
「シグナス行き。シグナス行き、出航します。出航時の揺れにご注意ください」
船内アナウンスが流れ、シップが出航した。
船に揺られながら、アッシュに会ったら何を話そうかと考えるアキ。
(いきなり、未来で助けてもらったお礼を言いたくてとか言い出したら、頭おかしい人とか思われちゃいそうだし…。3年後に大規模な『詐欺』を働いて、フロンティア中の人を消しちゃうって話も、そもそも真実なのかどうかもわからないし。向こうからしたら初めてあった人にそんなこと言われても、何のことかさっぱりだろうし…。うーん…)
どうしたものかと、腕組をして考え事をしていたら、船の揺れも手伝ってか、眠気が襲ってきて、ウトウトし始める。
(あ…、でも、アッシュは心が読めるから…、心を読んでもらえば…、ちゃんと…理解してくれる…か…)
アッシュの異能力を思い出し、まあ会えば何とかなるだろうと安心したところで、アキは眠りについた。
「…グナス駅。シグナス駅に到着しました。ご乗船ありがとうございました」
ウトウトし始めてから、15分ほど過ぎた時、船内に到着のアナウンスが耳に入ってきて目をさますアキ。シップはシグナス駅の発着場に到着し、乗客がぞろぞろと降りていく。ある程度の乗客が降り終わった後、アキも座席を立ち、シップから降りた。
シグナス駅を出ると、人でごった返していた。
「ふぁー、よく寝た…!」
(にしても、相変わらずの人混み…。久々にシグナスへ来たけど、アクセルと違って、みんなどこか暗い顔してるから、この人混みは、どうにもなれないなぁ…)
アキは、そんなことを考えつつ、オフ会集合場所の南口へと向かう。南口のゲートをくぐると、そこには見覚えのある顔があった。キレイな銀髪の癖っ毛に、ポロシャツにハーフパンツ。
(間違いない…! アッシュだ!)
まずは第一関門である『本人かどうか』のラインをクリアし、ほっとすると同時に少し興奮気味のアキ。気持ちを落ち着けて、ゆっくりとアッシュの元へ近づき、恐る恐る声をかける。
「あのぅ…、アッシュさんですか?」
「はい。こんにちわ。えっと、あなたは…?」
「あ、えっと、はじめまして…。昨日、メールでオフ会に参加表明いたしました、天道アキと申します…」
こっちは知っているが、向こうは初対面という気まずい関係で、思わずかしこまった挨拶をしてしまうアキ。
アッシュはアキの目をじっと見て、少し沈黙し、
「ああ、昨日の! ようこそ来てくださいました」
と、アキに合わせるようにかしこまった返事でアキを歓迎する。
「他の参加者もそろそろ来ると思うので、一緒にもう少し待ってもらえますか?」
「はい…」
どうやら、少し早く着いてしまったアキは、今のうちに本題を切り出そうかとも思ったが、開始前にオフ会をぶち壊してしまっては、他の4人の参加者に申し訳ないと思い、アッシュの言葉に従って、一緒に待つことにした。
(こちらの思考が読まれてるとしたら、どちらにしてもアッシュには筒抜けなんだろうけど…)
そんなことを考えながら、待っていると、人混みの中から、数人こちらへと向かってくる。
一人目は、淡いピンク色のフリフリしたワンピースに、ショッキングピンクの手提げポーチ、うっすら茶髪のロングヘアにピンクのリボンをつけた、メルヘンチックな女性。
「アッシュくーん? ヒナ、また来ちゃった♪」
「ああ、お久しぶりです。ヒナコさん」
どうやら、ヒナコという名前らしい。ぶりっ子を絵に描いたような仕草のヒナコを見て、アキは、どうにも合わなそうな相手だと思いつつ、軽く会釈する。
二人目は、こげ茶色の短髪に、メガネをかけた男性。赤いネクタイに、どこかの高校の制服のようなセミフォーマルな格好をしている。
「あ、あ、あの、ど、ども、田中ハジメといいます。今日はよろしくお願いします!」
「ああ、田中さん。そんな緊張しなくても大丈夫ですよ。この前の配信ではどうも。こちらこそよろしくお願いしますね」
三人目は、金髪に垂れ目、ヘッドフォンにリストバンド、七分丈のTシャツをだらんと肩から着崩して、ショートパンツ姿の女の子?だろうか。バンドでもやっているのか、キーボードを持ったままこちらに近づいてきて、にへらと笑う。
「ああ、アッシュさんっスか! やっと会えましたね! 本当、自分、ずっと会いたかったんスよ。ユウキです」
「キーボード抱えてるから、見た瞬間にユウキさんだとわかりました。僕も会いたかったです」
そして、四人目。白のフリルの入ったシャツに、ワインレッドのロングスカート、胸元には大きな赤いリボン。薄茶色の髪にも赤い小ぶりのリボンをつけている。瞳は青く透き通っていて、まるで人形のような女性。
「レオナ…。よろしく…」
「レオナさんですね。よろしくお願いします」
参加者全員が揃ったところで、アッシュから一言。
「皆さん揃ったことですし、とりあえず、会場のカフェに移動しましょうか」
そう言うと、アッシュは全員に満遍なく気を回しながら、目的地のカフェまで先導を始めた。
アキは、よくよく考えるとオフ会なるものに参加したのは初めての経験で、アッシュ以外とは完全に初対面という微妙な空気感に若干の居心地の悪さを感じながら、アッシュに導かれるまま、トボトボと後ろをついていった。
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