⑭ オフ会@シグナス駅南口

 シグナス駅から徒歩数分のスターボックスカフェの2階席でアッシュ主催のオフ会は開催された。日曜の昼過ぎということもあり、店内はそれなりに混雑していたが、ちょうど団体客が退店したタイミングだったこともあり、オフ会メンバー一行は、6人がけのテーブル席を確保することができた。テーブル席といっても、長めの低いテーブルに、一人がけのソファが3席ずつ向かい合って配置されている、ゆったりした〝リッチな〟席で、ゆっくり話すのにもってこいの快適空間だ。テーブルには、入店時に注文したドリンクが各々の席の前に置かれている。

 席順は長テーブルの中央にアッシュ、その右隣にヒナコ、左隣にハジメ。アッシュの向かい、真ん中の席にアキ、その左隣にユウキ、右隣にレオナが座った。アキは、何かあったときのために階段近くの角の席に座りたかったが、アッシュ側はヒナコがぴったりとアッシュの横をキープしていたので断念し、仕方なく向かい側の角に座ろうとしたが、ユウキの「キーボード置きたいんで、自分、角の席でもいいっスか?」との言葉に、仕方なく真ん中にずれることにした。

 各自席に着き終わったところで、主催のアッシュから挨拶が入る。

「今日は集まってくれてありがとうございます。一応今日のオフ会は、普段配信でやっている『お悩み相談室』をリアルの場でやってみようという趣旨の会なんですが、肩肘はらず気軽にお喋り出来たらなーくらいのゆるーい感じで行こうと思いますので、気楽にいきましょう。今日はよろしくお願いしますね」

 アッシュの挨拶に、それぞれよろしくお願いしますと返事をする。

「えーと、それでは、まずは一人ずつ簡単な自己紹介をしてもらいましょうか。みなさん、僕のことは配信で知っていると思うんですが、みなさん一人ひとりは互いに初対面だと思うので。あ、自己紹介と言っても気構えず、簡単な感じで大丈夫です。それでは、まずは…」

 と、アッシュが自己紹介のトップバッターを決めようとしていると、

「はーい♪ ヒナでーす。北条ヒナコでーす。見ての通り、かわいいだけが取り柄の女の子でーす。ヒナはー、前に一度アッシュくんと会ったことがありまーす♪ アッシュくん、ヒナの悩みを真面目に聞いてくれるから大好き! だからー、今日もつい参加しちゃいました♪」

 割り込むように自己紹介を終える北条ヒナコほうじょうひなこ。自分のことをかわいいだけが取り柄・・・・・・・・・・とか言い放つ強烈な自己紹介に一同は苦笑いをする。

「ヒナコさん、ありがとう。こういうのって一番手は緊張するので、率先してやってくれて助かりました。そしたら、このまま反時計回りで行きましょう。次、ユウキさんよろしくお願いします」

「はい。あ、えーと、自分、ユウキっていいます。友達とバンドやってて、キーボード担当っス。今日参加したのは、バンドメンバーとの人間関係の悩みを相談しようと思いまして…。あ、人間関係って言っても、そんな深刻な問題でもないんスけど…。まあ、とにかくよろしくっス。あ、一応こう見えて、女っス。よく男の子と間違われるんスよ…。へへ…」

 ユウキは、にへらと表情を緩め、愛想笑いをして、自己紹介を終える。次はアキの番だ。

「天道アキです。特技は走ることです。足の速さには自信あって、アクセル地区で『運び屋』のバイトやってます。あと、甘いものが好きです。アッシュのことは前から知っていた・・・・・・・・んですけど、実は配信は見たことなくて…。今日はアッシュと直接会って話をしたいなと思って参加しました」

 アキは、未来での出来事を話そうかと思ったが、初対面の相手への自己紹介で未来に行ってきましたなんて話をしたら、確実に頭おかしい人だと思われるなと、あえて伏せて無難に仕上げた。多人数を前に話をするのが、あまり得意ではないアキは、自己紹介の緊張から解き放たれ、ほっと一息、目の前のキャラメルラテに口をつけた。スティックシュガーとはちみつのトッピング入りだ。

「あれー? アキちゃん、アッシュくんのこと、『アッシュ』って呼び捨てにするなんて、ヒナ、そういう抜け駆け良くないと思いまーす♪」

 ヒナコは首をかしげながら、くりっとした目でアキに抗議の視線を向ける。顔はニコニコしているが、目の奥は笑っていない。カフェに来るまでのヒナコの態度から、なんとなく察していたが、ヒナコはアッシュ自身を目当てにオフ会に参加しているようで、さっきの自己紹介で、アッシュのことを呼び捨てにしたのが気に食わない様子だ。

「えっと、ヒナコさん、ごめんなさい。つい…」

「つい…って、アキちゃん、アッシュくんと、いったいどういう関係なのー? ヒナ、気になるー♪」

 実に面倒くさい勘違いをされて、少しうんざりするアキ。この北条ヒナコという女、苦手だ。未来のことを話すわけにはいかないし、どうしたものかと困っていると、

「まあまあ、ヒナコさん。落ち着いて。僕はアキさんとは今日が初対面だよ。アキさんは僕に会ったことがある・・・・・・・・・・ようだけど…。あと、呼び方は呼び捨てでも何でも、僕は気にしないよ」

 助け舟を出してくれるアッシュ。

(ん、会ったことがある・・・・・・・・なんて、私言ってないぞ…って、ああ…、心を読んだのか…)

「えー、なになに? それって、つまり、もしかして、ストーカーってやつ? アッシュくんに一方的に会ったことがあるって、そういうことでしょー?」

 が、ヒナコの口撃・・は止まない。ストーカー呼ばわりされたアキは、少しカチンと来て、むっとした表情でヒナコを睨む。

「まあまあ、ちょっと落ち着こう。ヒナコさんも、僕のこと呼び捨てにしていいから」

「え、本当!? じゃあ、ヒナ、アッシュくんのこと、アッシュって呼んじゃうー♪ ありがとう、アッシュ♪」

 アッシュの提案に気をよくしたヒナコは、アキの睨みなど一切気にせず、アッシュを呼び捨てに出来るという、アキと同じ立場に並んだという事実だけで満足した様子だ。

「そしたら、仕切り直しで、自己紹介の続き、やりましょうか」

 アッシュは、アキの隣に座る赤いリボンの少女へと視線を向ける。

「…私? 名前はレオナ…」

 …。

 ……。

 ………。

「って、え!? そんだけっスか!?」

 思わずツッコミを入れるユウキ。

「…何か問題でも?」

「いや、問題っつーワケでもないんスけど、普段何やってるとか、なんでこの会に参加したのかとか、そういうのないんスか?」

「ああ、そういうこと…。普段何をしているのかは言えない…。参加した目的は、日比谷アッシュの生態調査」

 これまた、ヒナコの逆鱗をギリギリかすめる危うい発言をするレオナ。

「レオナさん…でしたっけ? 生態調査というのは一体どういうことですかー? ヒナ、知りたいなー♪」

 ほら、やっぱり。面倒なことになる。というか、この北条ヒナコという女がいると、話が面倒な方向にしか進まない気がする。アキはいよいようんざりしてきた。

(未来では人工知能による人間の支配という大変なことが起こっていて、そもそも、その阻止のためにアッシュに会いに来たというのに…)

「ほらほら、ヒナちゃん。まだ自己紹介終わってないし、とりあえず今は噛み付くのは、やめとこう、ね?」

「ヒナ…ちゃん…!!!」

 なだめるように発したアッシュの言葉の中で、『ちゃん付け』にされたことにびっくりしたヒナコは、そのクリクリの目をアッシュに向けて、ぱちくりさせていた。

「うん、まだ、田中さんの自己紹介終わってないから、今はやめておこう? ヒナちゃん・・・・・

 追撃するように、『ヒナちゃん』を強調するアッシュ。気がつけば、口調も恋人のように馴れ馴れしいものになっている。

「え…あ…、はい…」

 『ちゃん付け』の衝撃で、顔を赤らめてぼーっとするヒナコ。

(おいおい、さっきまでの『ヒナはー』ってキャラはどうしたよ?)

 と、心の中でツッコミを入れるアキ。左隣のユウキを見ると、同じようなツッコミを脳内で入れているのだろうか、アキと同じように呆れ顔をしている。

「あ、あの、僕の番ってことでよろしいでしょうか?」

 すっかり蚊帳の外になっていた、気弱そうな男が口を開く。

「田中ハジメといいます。えっと、こ、高校生です。その、今回参加したのは、学校でイジメというか、き、厳しい先輩がいまして…。どうしたものかと…。まあ、そんな感じです。よろしく…お願いします!」

 メンバー全員の自己紹介が終わった。北条ヒナコのせいで、場がかき乱されたが、かえってそれが他のメンバーの緊張を解きほぐし、話しやすい空気を作り出していた。

「それでは、誰からでも構わないんですが、相談を受けていきましょうか」


 それから、ユウキ、田中、ヒナコの順にお悩み相談が始まり、アッシュは、相手の話を親身になって聞き、時折言い換えてあげることで、相手に気づきを与えながら、問題点を明らかにしていった。他のメンバーの発言もうまく取り入れながら、より良い解決策を出していく様は、まさにファシリテーターといった感じであった。

 3名の問題解決が済んだところで、結構な時間が過ぎ、そろそろお開きにしましょうという流れになり、一行はカフェを出て、シグナス駅へと向かう。


 シグナス駅で一行は解散となり、アッシュ以外のメンバーはシップ発着場へと向かい、アッシュはシグナスの人混みの中へと消えていった。

 アキは、結局、未来での話を切り出すことも出来ず、アッシュとじっくり話をすることもできなかった。ただ、お悩み相談を受けているときのアッシュの問題解決手法、会話手法などを見る限り、人心を誘導する、大衆を扇動するというのも可能なのではないかということは、なんとなくわかった。

 次は複数人じゃなくて、一対一で話をしようと心に決めて、アクセル行きのシップ発着場へ向かおうとすると、誰かに肩を叩かれた。ビクッとして振り返ると、

「天道アキさん、あなたはなぜ僕が心を読めることを知ってるんです?」

 そこには、こちらを貫くような冷たい視線で見つめるアッシュの姿があった。

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