⑦ ショーコとの”再会”

 日比谷アッシュひびやあっしゅと名乗る見ず知らずの青年に声を掛けられて戸惑うアキだったが、今はとにかくショーコに電話をかけたい一心で、アッシュから携帯を借りようとすると、

「あ、使ってもいいんですけど、ちょっとこの場で電話するのはまずいので、場所を変えましょう」

「どういうこと…?」

 アッシュはアキの不安な表情から何かを読み取ると、少し言葉を崩して、

ここ・・で通信を行うと、『奴ら』の目に留まってしまうかもしれないからね。とりあえず安全な場所まで移動しよう」

 そう言うと、アッシュは、スタスタと居住区の方へ歩き出した。

 アキの不安は相変わらず拭えないままであったが、未来での奇妙な日常を目の当たりにしてきた今のアキにとっての唯一の光明は、今手にしている『本物』のショーコの連絡先であり、その連絡先への通信手段であるアッシュの持つ携帯電話であり…。とにかく、アキはアッシュの後ろをついていくしかなかった。

 アキは、先程までの奇妙な出来事が頭から離れず、警戒して少し距離を置いて歩く。そんなアキに対して、

「そんなに警戒しなくても、僕はバグったり・・・・・二人以上に増えたり・・・・・・・・・はしないよ。そういうのは、『奴ら』の特権だ。まあもし、仮にそうなったら、得意の加速・・・・・でまた逃げればいい」

 と、見透かしたように声を掛けるアッシュ。

「…え? なんで…そのことを…」

「ああ、驚いたかい? 僕も君と同じ異能持ちホルダーなんだ。僕の異能力は『人の心を読む』能力。その人が考えていることが手に取るように分かるんだ」


 自分以外の異能持ちホルダーを見たのは初めての経験だった。しかも未来で遭遇するとは思わず、戸惑うアキ。未来に来てから色々なことが起こり過ぎて思考の整理が全然追いついていない。

(………………)

未来で起きる出来事に・・・・・・・・・・かなり混乱してるみたいだね。まあ、道中、ゆっくり整理するといい。おっしゃる通り・・・・・・・、『同類だから大丈夫ってことにはならない』んだけど、『とにかく本物のショーコさんに連絡をとるのが先決だ』ってことは事実だろう?」

(………)

「本当に全部、筒抜けなんだ…。あなたの言うとおり、もう私にはそれしか選択肢がないみたい。やんなっちゃう…」

 普段のアキだったら、『なにその力、すごい!』とテンションMAXになるところだが、状況が状況だ。ため息をつくしかなかった。

 アッシュはかつての居住区―今では不気味なクレーター地帯となってしまった地区―をどんどん進んでいく。

「まあ、安心してよ。僕は君の味方だ…なんてことは言わない。ただ、携帯電話を貸してあげる心の優しい通行人さ」

「はぁ、それはどうも…」

 選択肢を奪われたアキは、もうごちゃごちゃ考えるのをやめて、黙ってアッシュの後ろについていくことにした。


「さ、ついた。中へ入ろうか、アキ」

 アッシュに案内された場所は、居住区のクレーター群の中でもとりわけ大きく深い『穴』の目の前であった。『穴』の大きさからか、ここだけは、人が入り込めないように『穴』の周りに工事現場で目にするような簡易式のバリケードが張り巡らされている。

「ここを下った先に『入口』があるんだ。もう少しだよ」

 そう言って、アッシュはバリケードをひょいとまたぐと、そのまま穴の中心へとゆっくり滑り降りていく。アキは、蟻地獄に飲み込まれる蟻になった気分で、正直良い心地はしなかったが、仕方なく黙ってついていく。

 『穴』を滑り降りること数分。かなり深いところまで来て、もはや外の景色は見えず、『穴』の側面しか見えない。上を見上げると、夕日が沈みかけて、やや暗くなってきていた。深層へ進むにつれ、地質が変化し、徐々にゴツゴツとした岩場のようになっていく。岩場地帯を降りきると、ついに底が見えてきた。クレーターの中心部は、少し開けた空間になっており、上からは確認が出来なかったが、壁面に頑丈そうな鉄扉があった。扉の横には、ショーコの研究所で見た量子テレポ装置の電子パネルのようなものが設置されている。

「お疲れ様。そうそう・・・・。ご存知の通り、量子テレポってやつ。操作するから、ちょっと待ってて」

 アッシュは額にうっすらと滲んだ汗を手の甲で拭って、パネルを操作し、

「僕は僕だ。それ以上でもそれ以下でもない」

 パネルに向かって謎の『宣言』をすると、鉄扉が開いた。

「今のは…」

そのとおり・・・・・。『奴ら』と『本物』を見分けるための『暗号』みたいなものだね」

 思考を先読みされるのってあまりいい気持ちはしないけど、こっちが思う・・だけでいいからアッシュとの会話は楽ね、なんて思いながらアキは扉をくぐる。

 扉の中は、エレベーターほどの広さの個室になっていた。

「キミみたいに素直な人ばかりならいいんだけどね…」

 アッシュは少し淋しげな表情で、そうつぶやき、扉を閉めるスイッチを押した。

 扉が閉まると、アッシュとアキの周りを淡く黄色い光が包み込み、転送が始まった。


 暗転した視界が開けると、辺りは青白い光に満たされていた。どうやら転送に成功したようだ。アッシュが扉を開けると、そこは、デパートや駅の地下街を思わせるような空間が広がっていた。

「アッシュ…。ここは…?」

「フロンティア第0地区。通称ノア。僕ら『本物』の人間の〝最後の砦〟だよ」

「第0地区?」

「ああ、そう。キミのいた時代にはなかった場所だ。地区と言っても、この地下街が全て。人類の居住区域も随分と狭くなってしまったよ…」

 立ち話もなんだからと、アッシュはアキを連れて近くの喫茶店へと入った。

 入口付近のテーブル席に座るなり、アッシュはブラックコーヒーとロイヤルミルクティーを注文し、スティックシュガーを5本つけてほしいと付け加えた。もちろんすべてミルクティーに入れるためのものだ。

「まずはアキ。はい、電話。ここなら『奴ら』から通信を傍受されることはないから」

「ありがとう」

 アキは、二つ折りの旧式の携帯電話を受け取ると、ショーコのメモに書かれていた番号を入力し、発信ボタンを押した。

 プルルルル…プルルルル…。

 電話の発信音が聞こえてきて、ちゃんと発信出来ていることに安堵するアキ。

 プルルルル…プルルルル…。プルルルル…プルルルル…。

 が、中々繋がらず、少し不安になりかけたその時、

 ガチャ。

 (…繋がった!)

「もしもし、ショーコさんですか…!」

「………その声は、アキさんね…!」

「……はい! アキです! ショーコさん…ショーコさぁん…!」

 安心感から少し涙声になるアキ。

「とりあえず、今からそっちへ行くわ。そこで待ってて…!」

「あ、はい…! えっと場所は……」

 アキが自分の居場所を伝えるために、アッシュに確認を取ろうと言葉に詰まっていると、

 プツッ。ツーツーツー。電話は切れてしまった。

「あ、切れちゃった…」

 すぐにもう一度かけ直すが、発信音が鳴り続けるのみで、一向に出る気配はない。

 注文したコーヒーとミルクティーがテーブルに置かれる。

 不安げな表情のアキに対して、

ショーコさんは天才・・・・・・・・・なんでしょ? なら大丈夫じゃない? すぐに駆けつけ…」

 と、アッシュが言葉をかけようとすると、喫茶店の入口に人影が現れた。

 その〝人影〟は白衣姿でこちらに背を向けて仁王立ちをしていた。よく目を凝らすとぜぇぜぇと肩で息をしているように見える。

「……ショーコさん…!」

 アキは、後ろ姿ですぐにショーコだと分かり席を立って駆け寄る。

 ショーコは、振り返って、駆け寄るアキを包み込むように、両手をいっぱいに広げて一言。

「はぁ…はぁ…。ようこそ…未来へ…アキさん。しょぅましょぅきょ・・・・・・・・・。本物よ…」

 感動の再会のシーンに、これでもかというほど名前を噛み倒すショーコ。

 が、アキにはそれがたまらなく嬉しくて、未来に来てからの不安や緊張の糸がぷつっと切れ、堰を切ったように涙が溢れ出し、そのままショーコの胸に飛び込んで泣きじゃくった。

 そんなアキをショーコは優しく抱きしめた。

「不安な思いをさせて、本当にごめんなさい。アキさん…。ここまで、よく頑張ったわ」

「うぅ…うっ…えっぐ…。…よかった。やっと会えた…ショーコさん…」

「さあ、今は思う存分、このフロンティアが生んだ稀代の天才、しょぅみゃしょうきょ・・・・・・・・・の胸の中で泣くといいわ…」

「うっうぅ…。ふふ…。ショーコさん、噛みすぎ…。ふふふ…」

 ショーコのあまりの噛み倒しっぷりに、泣きながらも、思わず笑みを溢すアキ。

 アッシュは、そんな二人の様子を、遠くのものを眺めるように見つめ、冷たいレモネードを追加で注文した。


 アキはショーコを席に案内し、これまでの経緯を話した。未来の研究所のショーコに例の質問をしたら、ショーコが『わからない』と答え、おかしくなったこと。それを平然と運び出す高遠の様子。不安になって、その場から逃げて、スピードスターの事業所を頼ったが、テツオや未来の自分が複数存在し、気味が悪くなり、またも逃げ出したこと。自宅に戻ろうにも、居住区が穴ぼこだらけになっていて途方に暮れたこと。そんな中で、アッシュと出会い、ノアまで連れてきてもらったこと。アッシュは自分と同じ異能持ちホルダーで、人の心を読む異能力を持ち、電話を貸してくれた恩人であるということ。

 一連の説明を、ショーコは、深く頷きながら聞いた。その様子はまるで、学校で起こった一日の出来事を話す我が子の話に頷く母親のように、優しさに満ちていた。

 ひとしきり話し終えたアキは、安心しきって、少しぬるくなったミルクティーにスティックシュガーを5本まとめて投入し、飲み始めた。

「それにしても、やけに気が利くと思ったら、心が読めるとはね、アッシュくん」

 ショーコはアッシュが頼んでいた・・・・・レモネードを一口だけ飲み、話しかける。

「お初にお目にかかります。相馬博士。噂は聞いていますよ。それにしても、今回、アキさんを未来へ送ったのは大きな賭け…でもないですね…」

 ショーコの心を覗いたアッシュは、アキが未来へ来て取る行動とその結果起こるであろう出来事の組み合わせを大きく8つ想定し、さらにそのシナリオごとに起き得る小さなノイズのような出来事―すべて組み合わせるならば、実に256パターン―をすべて想定していていたことが読み取れた。

「アキさんが不安になることは想定していたけれど、まさかあんなに泣くとは思ってなかったわ」

 ショーコの言葉を聞いて、アキは照れくさそうに笑う。

「あと、日比谷アッシュ、あなたの存在も想定外よ」

 ショーコは真剣な面持ちでアッシュをまっすぐ見つめる。

「……やだなぁ、相馬博士。そんなおっかない選択肢・・・・・・・・まで用意しないでくださいよ…」

「ショーコさん、アッシュは大丈夫だと思う…。最初は怪しい人だと思ったけど、今こうして私がショーコさんと会えたのは、アッシュのおかげだし…」

「アキさんの素直なところは、とても素敵だと思うわ。ただ、この男は信用してはダメ。フロンティアきっての『詐欺師』なのだから…!」

「……あくまで徹底抗戦の構えですか…」

 アッシュは取り付く島もないと判断したのか、やれやれと肩をすくめて、

「ま、今日のところは退散することにしますよ…。アキ、またどこかで…」

 そう言い残し、三人分の飲み物代をテーブルに置いて店を出ていった。

 アキは、突如として訪れた険悪なムードに、どうしたらいいものか困った表情をしていた。

「ショーコさん…。どういうことですか? アッシュが『詐欺師』だなんて…」

「ごめんなさいね、アキさん…。あなたはこの3年で起こった出来事を知らないんだから当然よね…。あの、日比谷アッシュという男は、今のこの状況を―人類が追いやられている世界を―作った人間の一人なのよ…!」

「え…」

「順を追って話をするわ…。アキさんを未来に送った理由も含めてね」

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