⑤ 未来で見たもの
…ッドン!…ッドン!
ものすごい音が聞こえて、何事かと目を覚ましたアキは、すぐにその音が自分自身の心臓の鼓動の音だと言うことに気づいた。
と同時に、体中の血液が意思を持つ生き物のであるかのように全身を駆け巡る感覚に陥る。
「……あ…」
全身を虫が這い回るようなゾワゾワする感覚に気色悪くなって、ベッドから飛び跳ねた。
「いやっ…!」
すると、今度は、這い回っていた『虫』が後頭部のあたりに集まってきて、今まで感じたことのない欲求が押し寄せてくる。
(
加速欲求はどんどん強くなり、頭がおかしくなりそうになる。
「…しょ、ショーコさん…。わ…たし……もう…」
「高遠くん! 準備はできてるわね!」
ショーコは、時空転送装置を観察するためのモニター前にスタンバイしている高遠に最終確認を取ると、アキをトンネルの前に引っ張っていく。
全身をわなわなと武者震いさせて、内股でトンネルの前に立つアキの両肩をそっと掴んで、ショーコは耳元で囁いた。
「さ、思う存分、
その言葉を合図に、アキの体はビクンと跳ね、一瞬全身から力が抜けたかのようにうなだれると、ものすごい勢いで前方のトンネル内へ駆け出した。
あまりの勢いにショーコは後方に弾き飛ばされて尻もちをつく。
アキの体は、前傾姿勢のまま、どんどん加速する。
「…! 想像以上ね…」
そうつぶやいて、ショーコが起き上がる頃には、アキの後ろ姿は、豆粒のように小さくなっていた。
「高遠くん! どう?」
「すごいです。どんどん加速していきます。時速130、150、180、240…!」
初速の時点で、自己ベストのキロメートルアベレージ35秒(=時速102.85キロメートル)をあっさりと更新したが、そんなこと、お構いなしにどんどん加速していくアキ。
「300、380、420…! まだ伸びます! 500、610…! 5キロメートル通過時点でマッハ0.5突破!」
「このあたりが限界ね…。予定通り、転送を開始しましょう」
「はい!」
高遠がモニター前にある電子パネルのスイッチを押すと、赤みがかったトンネルの照明が淡く黄色い光に変わり、アキの体を包み込む。
量子情報の解析中も、アキはどんどん加速する。
「660、720…! 解析完了! 相馬博士!」
「いざ、未来へいってらっしゃい! 頼んだわよ…。アキさん…!」
高遠の合図で、ショーコは、転送スイッチを押す。アキの体は一瞬眩しく光ると、モニターから完全に消えた。
転送直前まで加速したアキの最高時速は800キロメートルを超えていた。
一瞬暗転した視界が開けると、トンネル内は青白く光っていた。
さきほどまで、音速に迫る勢いで加速していたが、今は、いつもの配達で加速しているくらいの速度にまで落ちていた。
そして、ゴールが見えたと思ったら、そこは、時空転送装置――トンネルの入口であった。
どうやら、転送時に方向が逆転して、トンネルを往復した形になったらしい。
ついさっきまで頭の中を支配していた、『加速欲求』は今はなく、糖分が足りない感覚もなく、意識もはっきりしている。コンディションとしては、良好だ。
転送装置の入口に立つと、モニターの前に相馬ショーコが立っていた。いつもの仁王立ちで。
そして、振り返って、ビシっと指をさして一言。
「ようこそ! 未来へ。
「あ…、その登場の仕方、3年経っても変わらないんですね…」
どうやら、転送には成功した?らしい。
「あなたが、過去から来ることはわかっていたわ。この天才!
「あ、今、実験って言いました…?」
「ええ、言ったわ。あれは、あなたを未来へ送る偉大なる
(………ん?)
「いえ、問題はないですけど…。ちゃんと未来に来ることができましたし」
「そう。これでよかったのよ。未来へ来た感想はどう?」
「んーと、なんか、研究所から研究所へ転送されただけなので、あんまり実感湧かないですね…。本当に未来なんですか…? ここ?」
「この電波時計を見なさいな。ほら」
時計は、2020年5月5日を示していた。転送〝実験〟は2017年5月5日だったので、たしかに時計上は未来へ来てるらしいことがわかった。
「んー、そっかぁ…。でも、なんかあんまり変わんないんですね。ショーコさんも、研究所も。あ、高遠さんもいるんですか?」
「高遠は、今、
(…………?)
なんだか、さっきからショーコさんと話をしていて違和感を感じる。
まず、登場時の私の呼び方が変だった。3年前のショーコさんは、私のことを『アキさん』とか『天道アキさん』と、名前を含んだ呼び方をしていたのに、『天道さん』と名字呼びだった。
次に、名前を噛まなかったこと。ショーコさんは、サ行が連続すると決まって噛み倒していたのに、気持ち悪いくらいスラスラと。あと、私の転送のことを『実験だ』と言い放ったのもおかしい。あの流れは、『言ってないわ』と言い放ってしらばっくれるショーコさんを期待した前振りみたいな感じで聞いたのに。
そして、今の高遠さんへの反応。「高遠くーん!」って呼ぶと思いきや、「奥の部屋」とだけ。しかも、「部屋
「あのぅ…。ちょっとショーコさんに質問があるんですけど、いいですか?」
違和感を覚えたアキは、過去のショーコからの課題を思い出し、例の『質問』をしてみることにした。
「なに? 何でも聞きなさい。この天才
(………また噛まなかった…)
『箱の中身は生きてますか?』
アキは、過去のショーコに言われた通りに質問してみた。
「…………」
咄嗟の質問に何かを考えるように一瞬フリーズして、
「え…、あ…。んー、ああ…。箱ね…。あの3年前の…!」
と、続けるショーコ。
「ええ。そうです。箱の中身は生きてますか?」
こんな質問に言い淀むなんてショーコらしくないと、アキは追撃するように同じ質問を繰り返した。
「中身を見ていないから、
(…………!!)
過去のショーコの言葉を思い出すアキ。
――もし、未来の私が『
(今、たしかに『
「天道さん、どうしたの? 箱の中身が気になるの? なら、開けて確認してみましょうか」
アキの様子を見て慌てて箱の元へ向かうショーコ。
箱は3年前の、あの日あの時のまま、研究所の入り口付近の床に放置されていた。自分で置いたからよく覚えている。
ショーコの姿をした『ショーコではない何者か』は何かに急かされるように、箱を開けた。
そして、再び、今度は先程よりも長めにフリーズした。
アキは恐る恐る近づいて、『ショーコではない何者か』の背後から、箱の中身を覗いた。
箱の中には、『赤ちゃんの人形』が入っていた。そう、生き物ですらなかったのだ。
そもそも、配達の時点で生き物だとしたら、事業所で山下から取扱の説明があっただろうし、配達した時に、『その辺に置いといて』なんて言い放ち、3年もの間、一切手をつけず放置してるなんておかしい。ショーコさんとはまだ短い付き合いだが、そういう不合理なことをスルーできるような人じゃないことは知っている。あの箱は、何か理由があって、
にしても、人形なんて…。
アキが思考を巡らせていると、
「天道さん、箱の中身は、そもそも生き物ではなかった。どうしてそんなことを聞いたのか、この天才相馬ショーコには、わからな…鏤帥カ繧ァ・コΤ4・コムア㊦ッ・・賢荳・アN・ア・昶 キ・H・сアN・・ア*・cアス・・ア盍N・・イH・オ盂「・ア盍)・若アサ・潟イ)・潟イ'・蚊アォ・帥イ-・・ア盂H・ウ盂オ・ウ痼アΤサ・潟イ)・コΤG・ケ盂ォ・ゃアス・・アゥ・アΤ2・・イ%・潟アウ・ゃアJ・・イI・・ア「・エΤォ・オ盂・≪ア・≪ア・≪ア・≪ア・≪ア・≪ア・≪ア・≪ア・≪ア・≒・・・・・・・キ」
『何者か』は、言葉にならない意味不明な『音』を発しながら、虚ろな目で、しかし、ものすごい眼力でこちらを見つめて詰め寄ってきた。
これはヤバイ…! アキは、さっと身を引いて『何者か』の伸ばしてきた手を躱し、距離をとった。
こちらに迫ってくる『何者か』は、幸い動きが速いわけではない。一気に避けて、入口を駆け上がれば、逃げられる…!
そう決意し、息を吸い込んだところで、入口とは反対方向にある部屋の扉が開いた。
「あらあら、相馬先生バグっちゃったか。仕方ないなぁ、もう」
奥から出てきたのは、高遠であった。手にはなにやら小さなリモコンのようなものを持っていて、『何者か』に向けて、スイッチを押した。
すると、『何者か』は糸が切れた操り人形のように、だらんと四肢を投げ出し、その場に突っ伏した。
一連の様子を見たアキは、緊張と困惑が混じり合った表情で、高遠を見つめる。
「あ、天道さん。安心して、相馬先生はバグっちゃっただけだから。新しいのと交換すれば大丈夫…!」
そう言い放って、『ショーコだったもの』を肩から背負って、奥の部屋へ運ぶ高遠。
アキは転送前の本当のショーコの言葉を思い出す。
――未来で起こることで、何かおかしいと感じたら、すぐにその場から逃げること。いいわね――
高遠が奥の部屋へ消えたのを見ると、アキは入口に向かって一気に駆け出し、研究所から逃げ出した。
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