③ 天才 相馬ショーコ
突然の告白に何が何だか分からず、状況を掴めずにいるアキは、きょとんとした表情で、目をぱちくりさせている。
「ああ、そうだったわ! 自己紹介がまだだったわね。私はフロンティア随一の量子力学研究者にして、稀代の天才、いえ、ある意味秀才…にして天才科学者の!」
『天才』という単語が二度も使われてる件はツッコミ待ちなのだろうか。
「シょぅまショーキョよ!」
大事なとこで噛み倒す『天才』。
「相馬ショーコよ!」
名前を噛んだという事実をなかったことにするかのように、真顔で二度目の自己紹介をする
「は、はぁ…。って何であたしの名前知ってるんです?」
「ほほほ。この『フロンティア随一の量子力学研究者にして、稀代の天才、いえ、ある意味秀才…にして天才科学者』の! この私に知らないことはないわ!」
(なんだか面倒くさそうな人だなあ…)
「あ、えーと…、受取のサインをもらっていいですか?」
さっさと受取のサインをもらって帰ろうとするアキに対して、
「待って待って、お願い、待って。あなたのことは、よーく知ってるの。3年前から目をつけてい…って、言い方が良くないわね。3年前から仲良くなりたいなーと思っていまして、いえ、仲良くというより、お知り合いになれたらなー…じゃなくて!」
なんだか煮え切らない様子のショーコをジト目で見つめるアキ。
「ええい、端的に言うわ。あなた、未来に興味ない?」
「…?…未来ですか?」
「そう。未来。あなた、
またも天才とやらは自分の名前を噛み倒したが、そんなことは歯牙にもかけず、本題の『時空転送装置』とやらは、さすがに噛み噛みで話を進めては、伝わらないと思ったのか、きちんと言い直した。
「『時空
「えっと…、ちょっと待ってください。全然話が見えないんですけど、要するに、私の
「そうそう! 物分りがいいわね。ますます好きになったわ…、天道アキさん。どう、協力してくれる? くれるわよね?」
ショーコは、目をキラキラと輝かせてアキに詰め寄る。
「…わかりました。とりあえず今、お仕事中なので、夕方からでも大丈夫ですか?」
「あ、そうね。そうよね。分かったわ。それで大丈夫。仕事が終わったら連絡ちょうだい」
そう言うと、ショーコは白衣のポケットから名刺を取り出しアキに手渡した。
名刺には「天才 相馬ショーコ」の文字と連絡先の電話番号が記されていた。
(職業欄、天才て…)
心の中でツッコミを入れながら、夕方再び来ることを約束し、アキは研究所を後にした。
ショーコのテンションに押し切られた、というのもあるが、アキ自身、未来へ行くなんていう、アニメ・マンガさながらのトンデモSF展開は、興味がないわけではなかったので、というより、内心すごく興味があったので、話だけでも聞いてみようと、協力を約束したのだった。
アキは午後の配達を終え、定時で上がり、再び量子力学研究所――相馬ショーコの元へと向かった。
余計な心配をかけさせたくないと思い、テツオと山下には行き先を告げず、こっそりと事業所を出た。
研究所の中へ入ると、ショーコは、またも仁王立ちのポーズから振り返って、こちらをビシっと指さし、
「ようこそ! 我が研究所へ! 来てくれて嬉しわ、天道アキさん!」
毎度毎度このお出迎えは儀式か何かなのだろうか。
「どうも…」
普段はテンション高めのアキだったが、自分よりもさらにテンションの高い人間を前にすると、どうにも萎縮してしまう。
「早速、本題に入るわね。まずは、色々と不安もあると思うから、サクッと『テレポ』っちゃいましょう!」
「テレポっちゃう…?」
「今朝話した通り、時空転しょ…転送装置は、量子テレポーテーションの応用だから、まずは量子テレポってのを体験してみましょうということよ!」
「いいですけど、大丈夫なんですか? 転送に失敗してゲル状になったりしないですよね…?」
「ふっふっふ。そんなこともあろうかと、テスターを用意してるわよ。いでよ! 高遠くーん!」
ショーコの掛け声と同時に、奥の方から、白衣を着た気弱そうな男性が出てきた。
「もう、ショーコさん…。人を悪魔召喚みたいに呼ぶのやめてくださいよ…」
「アキさん、あなたの不安を取り除くために、まずは今この場で、私の助手の高遠くんをテレポさせるわ。はい、高遠くん。さっさと入った入ったー」
ショーコは、人ひとりが入れるくらいのカプセルの中に、トントントンとテンポよく高遠を押し込む。
「ちょっ、ショーコさん、そんなに強引にしなくても、すぐに入り…」
などと、高遠が何かを話してる途中だったが、
「はい、スイッチオン! ポチッとな」
と高遠がカプセルに入るとすぐに転送ボタンを押すショーコ。
カプセルの前に設置された電子パネルに「量子情報解析中」の文字が流れ、カプセル内では、淡く黄色い光が高遠の体の周りを包みこむ。
解析は数秒で完了し、電子パネルには「情報転送準備完了」の文字が表示され、次の瞬間、カプセル内の高遠は一瞬にして消えてしまった。
アキは、目の前で人が消えてしまったという事実に、驚きと興奮がないまぜの状態で、ショーコに尋ねる。
「あ! あの! 高遠さんはどこへ?」
「んっふっふー、あっちよ!」
ショーコはアキの後方に位置するもう一つのカプセルをビシっと指さした。
カプセルを見遣ると、青白い光とともに高遠が姿を現す。
「…ますから! って、あれ? もう転送されちゃってたのか…」
強引な博士にこき使われることに慣れてるのか、高遠はやれやれといった表情でカプセルから出てきた。
「これが量子テレポーテーションよ! どう? アキさん?」
「………すごいです! こんなことができるなんてアニメやマンガの世界だけだと思ってました!」
「よろしい。至って素直な反応、素敵だわ。今見てもらったように、量子テレポの研究自体は、すでに実用化に耐えうる段階まで来ているのだけれど、倫理観がどうのこうのって、文系学者の連中がうるさくって、実用化されるには至ってないのよ」
やれやれとため息をつき、肩をすくめるショーコ。
「…量子情報を読み取って、別の場所で再構成するという仕組みだから、厳密には真の意味でのオリジナルは消失してしまってるんですよ…。言ってしまえば、コピー&ペーストのようなもので、倫理上の問題があるようです…。ってそんなこと言い出したら、僕なんて、相馬博士に何回転送させられたか…。オリジナルの欠片も残ってない〝コピペ人間〟ですよ…」
虚ろな目で斜め下を見つめ、自嘲気味に、そう付け加える高遠。
「ま、そんな感じで、アキさんもテレポってみる?」
「はい! やってみたいです!」
二つ返事でOKするアキに対して、ショーコはニコッと微笑むと、量子テレポのカプセルを開いて、ホテルマンのような紳士的な振る舞いで、アキを中へと案内した。自分のときと扱いが全然違うことに高遠は苦笑いを浮かべ、やや不安そうな表情を浮かべるアキに軽く手を振った。
カプセルに入った瞬間、完全密閉空間で音が遮断され少し不安になったが、淡い黄色い光が体を包むと、落ち着いた気分になり、そのままフワフワした状態に心地よさを感じていると、一瞬だけ視界が暗転し、次の瞬間には、青白い光の眩しさで目を覚ましたような感覚に陥る。
アキは自分の入った方
「どう? 初テレポの『お味』は?」
「…はい。最初は不安な感じだったんですけど、光に包まれてフワフワした気分になって、一瞬目の前が暗くなって、目を開いたら瞬間移動してて…。とにかく新鮮でした!」
「いい感想ね。その調子なら大丈夫そうね。さて、『テレポ処女』を捨てて貰ったところで、本題に入りましょうか」
「相馬博士、『テレポ処女』って…」
高遠のツッコミの意味することがピンと来ていない表情のアキは首をかしげ、ショーコの話に耳を傾ける。
「時空転送は、量子テレポの応用で、高速で移動する物質の量子情報を解析したらどうなるのかという疑問から生まれたわ。きっかけは、初めてテレポで高遠くんを転送したときに、嫌だ嫌だとジタバタする手足が一瞬だけ遅れて転送されたように見えたことよ」
「あのときは、相馬博士を心底恨みました…。失敗したら死ぬどころか、この世から消失していましたよ…」
「それから、小型のドローンや、小さな虫で実験を重ねたところ、速度に比例して、転送されるまでの時間も長くなったわ。物質の状態はそのままで時間を超えて未来へと転送されたということね。理論上、転送される物質の速度が高ければ、その分、時間跳躍の『距離』も伸びる。そこで、アキさん。あなたの『加速力』の出番よ」
「待ってください。理屈はなんとなく理解できたんですけど、こんな狭いカプセルの中じゃ走れませんよ…、私」
「大丈夫よ。これは量子テレポーテーション装置。時空転送しょ…装置は、これとはまた別のものだから」
そう言って、ショーコはモニターやら大型コンピュータの奥にある扉の前にアキを案内した。扉は強化ガラスで出来ており、中を見渡すことが出来た。
扉の向こうは、長いトンネルになっていた。
「これが、『時空転送装置』よ!」
珍しく、サ行を噛まずに、ババンと紹介するショーコ。
「仕組みとしては、量子テレポ用のカプセルをながーく引き伸ばしたものね。トンネルは全長10キロメートルあるわ。天道アキさん、あなたには、このトンネルを
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