第4話

出会いが突然であれば、別れも突然である。

その事件は唐突に起きたのだ。


「な、なんだこれ……!?」


午前の授業が終わり、少し教室の外に出て、午後の授業のために戻ってきた俺と明美を待ち受けていたのは異様な光景だった。

琥珀と堅土を除く、クラスの全員が一様に眠って倒れていた。


しまった―――!!


そして、俺は原因に気づく。


「口を閉じろ明美!!」

「う、うん!!」


俺は明美にそう言って口元を押さえさせ、俺自身も手で口を押さえる。

原因はクラスに充満した匂いを嗅いだ瞬間、なんなのかわかった。

すると、後ろから琥珀と堅土がやってきた。


「「な、なんだこれは…… !!」」


そう言って琥珀と堅土は青ざめていた。

俺は咄嗟に琥珀の口を片手で押さえて、堅土も気がついたようで、口を押さえる。


「ん、んー!!?」


突然の行動に悶える琥珀。

しかしすぐに理由を察した琥珀は、俺の手を跳ね除けて自分で口を押さえる。

俺はそのまま教室の窓を開けて新鮮な空気を教室内に取り込み、換気をする。


「よし、これで大丈夫だ。手を離して良いぞ明美、琥珀、堅土」


クラスメイトの皆が倒れていた理由。それは教室内に充満した催眠ガスのせいだった。

そうして安全を確保した後、俺の耳に背後からドサッと誰かが倒れる音が聞こえてきた。

慌てて俺は後ろを振り向くとそこには、倒れた琥珀の姿と、口元を押さえ明美を拘束している堅土の姿があった。


「んー!?んんー!!!」


必死に声を出そうと抵抗する明美。


「おい……?何してるんだよ堅土……?」


しかし、悲しげな表情をして、堅土は何も答えない。

二人の間に訪れる沈黙。睨み合い。

先に口を開いたのは俺だった。


「明美を離せ。でなきゃ殴ってでも取り返す」


静かに、しかし冷酷に俺は堅土に対して怒っていた。

そして、堅土は一言だけ発する。


「ごめんな。赦してくれとは言わない。でも、お前だけ傷つけたくはないんだ」


そして、堅土は俺の方に明美を抑えてる手とは逆の手を向けると。


拘束重力バインドグラビティ


「―――がっ…………っ!!!」


突如、俺は教室の床に身体ごと床に引き寄せられる様に押さえつけられた。

拘束重力―――バインドグラビティ。

一時的に術者の指定した範囲内に、強烈な重力場を発生させその範囲内にいるもの全ての行動を封じる魔法である。

だが驚くべき所はそこでは無い。


「おま…え、何故Bランクの魔法を……!!」


そう。この魔法はBランク。殺傷性がないが、術者に相当な負担を強いると言う、その魔法の特異さによりBとなっているのだ。そしてBランクの魔法は、Cランクの魔法しか使えない俺達生徒には、本来扱えない筈の魔法である。

明美は堅土にスプレーをかけられた後、眠りについてしまった。

そして一言、堅土は俺に警告をした。


「アルテミスを返して欲しければここに書いてある研究所に来い。……命の保証はしないけどな」

「なん……でお前がその名前を…………」


冷徹にただ一言そう言って、俺のズボンのポケットに紙をしまい込む。

すると堅土は俺にもスプレーをかけた後、再び教室の外に出ていってしまった。


「あ、明美……」


薄れゆく意識の中、俺は明美の無事だけを祈っていた。


※ ※ ※ ※ ※ ※


目が覚めるとそこには、心配に染まった琥珀の顔があった。


「み、みちる!良かったぁ、目を覚ましてくれて……先生!みちるが目を覚ましました!」


俺は未だに重い頭を上げる。

どうやら、ここは教室のようだ。

奥から琥珀に呼ばれた紫先生がやって来て、俺に質問をしてくる。


「視界は良好、特に後遺症等も見受けられない。気分の方どうだ、みちる君?」

「そんなもの最悪ですよ。最悪に決まってるじゃ無いですか」


怒りを孕んだ声で俺は半場、先生に八つ当たりするように話す。


「ふん…それだけ話せるなら大丈夫そうだな。堅土君と明美君が見当たらないがどこに行ったかわかるか?」


極めて冷徹に、そして冷静な声で紫先生は質問してきた。


「堅土は明美を連れて、研究所と言う場所に行きました」

「―――やはりか」


一人納得した様子で紫先生は言う。


「やはり……ってどういう意味ですか先生」


俺と琥珀は紫先生に問い詰めるように話を聞く。


「堅土君だよ。彼は有名な犯罪集団の一つである『神王教団しんおうきょうだん』の構成員だ」

「「なんだって!?」」


俺と琥珀の顔は驚愕に染まる。


神王教団―――魔法は神が与えたと諭し、魔法を神聖視している連中である。新しい魔法の開発や、その為の資材集め、新種の実験結果の為ならば、人であろうと殺戮し道具として扱う、非道で外道な国家犯罪集団。


先生は今、堅土はその外道犯罪集団の一員だと言ったのだ。


「先生なにかの間違いです!あいつは人殺し何てできるような人間じゃないです!!」

「そうですよ!先生だって知っている筈でしょう!?」


俺と琥珀は先生に怒鳴り散らす。それ程までに今の話は信じられなかった。

すると先生は胸元から一つの赤と黒の手帳を取り出した。


―――俺はその手帳をよく知っている。


「どうして先生が親父と同じ、軍人しか持っていない筈の、その手帳を持っているんですか……?」

「それは私が、君のお父さんにこの学校へと送り込まれた諜報員だからだ」

「諜報……員……。ってことは先生が協力者……?」

「そうなるな。ちなみに情報の裏付けは既に取れている」


俺は信じられなかった。信じたくなかった。

先生が親父と同じ軍人で、親友は国家犯罪集団の一員だったなんて。


「それで、君はどうする?この紙に記載された所へ行かないのか?」

「……え?」


茫然自失としている俺の目の前には、さっき堅土が忍ばせた紙があった。

どうやら、いつの間にか盗られていたらしい。


「恐らくここに記載されているのは敵の本拠地だ。堅土君が忍ばせたなら、彼はまだ思想に染まりきっていない。まだ救い出せる可能性はある。死ぬ覚悟があるならついて来るか?」


先生は俺に問いかける。

―――命を賭して、親友を、愛する人を助けだす気はあるのかと。

答えは考えなくても決まっていた。


「行きます。あの堅土バカに、どうしてこんなことをしでかしたのか、一発ぶん殴って問いたださなきゃ腹の虫が収まらない」


「それに、10年ぶりにやっと、明美に逢えたんだ。これからの楽しい毎日をあんな下衆野郎共に邪魔されてたまるものか」


俺の覚悟を聞いた紫先生はにやりと笑って。


「よく言った。では行くか」

「待って!良くわからないけど琥珀もついて行く」

「良いのか?下手しなくても死ぬかもしれないんだぞ?」


脅すように俺は琥珀に訪ねる。


ここから先は戦場なのだ。覚悟の無いものが来るべき場所じゃない。


「待っているだけだなんて嫌だ。自分が弱いせいで大切な人が死んで、後悔するだけは絶対にしたくない!!」


身体は震えていても、琥珀の意思と瞳が、断固として後悔したくないと拒絶していた。

それはまるで、願いにも似た心から叫びだった。


「だから先生、私も行かせて下さい!私は大丈夫です!少なくともみちるよりは、役にたちますから!」


先生は少し逡巡して。


「いいだろう。人手は多い方がいい。但しヤバくなったら即撤退しろ。死んでは隣にいる奴が悲しむからな」


琥珀はそう言われて、俺の方を見る。

泣きそうだが強い意思を秘めた琥珀の瞳に俺は吸い込まれるように見つめられた。


「よし。それではこれより明美君の奪還作戦を開始する!!」


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


十字架の形をした拘束具に俺は明美をはりつけにする。


―――何をしているだろうかと俺は思った。


アルテミスを連れ去った目的は、ひとえに家族の為だ。

そうしなければ、たった一人の家族である妹が死んでしまうから。

俺が契約を守る限り、こいつらの魔の手は妹には及ばない。

明日も病院に行けば、大事な妹の顔はみれる。


俺はその為だけに、生きている。

俺はその為だけに、親友を裏切ったのだ。


「くぅっ……!」


不意にはりつけにされた明美―――いや、アルテミスから苦悶の声が上がる。


「やっぱりアンタ、何処かで見たことあると思ったらコイツらの仲間だったのね…!」

「ああそうだ。良かったよ研究対象が戻ってきてくれて」


嘘だ。この研究所からアルテミスを脱走させたのは、俺が手引きしたのだ。でなければこの研究所から逃げ出すなんてことは十年前ならいざ知らず、今では不可能だ。


―――俺はあの日のことを思い出す。


新種の魔法実験の結果で、動物を扱うモルモットの実験までは良かった。まだ動物をモノとして見れていたからだ。


死体を扱った事もある。吐き気が止まらなかったがそれでも妹の事を思えば耐えられた。

けれどある日、上司に連れられて、緑色の液体に満たされた培養器の中で眠っているアルテミスを見た時、俺は自分自身の押し殺していた罪悪感に耐えられなかった。


命をこの手で奪うと言う業に、生命を弄ぶと言う業に耐えきれなかった。


故に俺はアルテミスを逃がした。親友のみちるが探していることも知っていたから。

無事に逃せた時はようやく、この地獄から解放されると思った。幸い未だに組織には、俺が逃がした事はバレてはいない。


―――アルテミスが俺を睨んで怒声を上げる。


「私達はお前らの道具なんかじゃない!!」


胸を突き刺す悲痛な叫び。


「黙れ。お前達は兵器だ。兵器は兵器らしく、黙って道具として使われるべきなんだ」


「……っ!! 」


泣くのを堪えて、ただ憎悪を孕んだ瞳で俺を睨むアルテミス。

不意にアルテミスは蚊の鳴くような声で、声を絞り出しながら呟いた。


「…………例え兵器でも、私には帰らなきゃ行けない場所が出来たんだ」


遂に堪えきれなくなったのか、アルテミスはぼろぼろと泣き出してしまった。


「……怨むなら兵器として生まれた自分自身を怨むんだな」


見ていられず、俺はアルテミスに背を向ける。


「おやおや、堅土研究員。駄目ですねぇ…研究対象を雑に扱っては。感情もしっかりバイタルに影響するんですからねぇ……」


すると奥の扉から、一人の白衣に身を包んだ見た目は初老の男性研究員と、まだ10歳にも満たない幼い容姿の、神伐兵器である女の子が現れる。


藤堂とうどう主任。いらしてたんですか」


雑に扱うなと言う割には、自分の連れているその女の子には、清潔ではあるものの粗悪な白い患者が着るような服を着させ、裸足のまま連れ出している。


藤堂とうどうと言うこの男の言葉は、している行動とまるで一致していなかった。


「では、オーディン。アルテミスの解析をよろしく頼みましたよ」

「………………はい。かしこまりました」


オーディンと言われた、まだ10歳にも満たない容姿の女の子は怯えた様子も無く、ただ機械的に返答し、解析作業を始める。

難航してはいるが次々と明るみになっていくアルテミスの情報。

その解析速度は、俺など足元にも及ばないくらい速く、そして正確だった。


「オーディン。解析はどのくらい済みましたか?」


藤堂主任がオーディンに解析状況を聞く。

すると今度は怯えた様子で、オーディンは解析結果を話し出す。


「…ざっとまだ5%と言ったところです。私の力を持ってしてもこれだけ解析が難しいのは初めてです」


彼女は研究対象ではあるものの、元々速い処理能力に加えて、同時に並列解析を可能とするその能力で彼女は組織に多大な貢献をしてくれた。

その並列処理能力は、世界最高のスーパーコンピューターですら足元にも及ばないらしい。


…………オーディンも昔は無邪気に笑う、歳相応の子供だった。しかし、服の上からでは見えないが、あの男は自分に従順にさせるために、オーディンの体の至る所に見るも無惨な生々しい傷をつけたのだ。


その結果、オーディンから笑顔は消え、正しく文字通りの意味で機械的な道具となってしまったのだ。


不意に研究所の入口から大きな地鳴りと爆発音が響く。


「……おや?どうやらネズミが三匹入り込んだようですね。迎撃に行きますよオーディン」

「かしこまりました」


そう言って藤堂主任はオーディンと共に、侵入者の迎撃に向かった。


「やっぱり来たか……」

「来たって……まさか、みちるが?」

「ああ、場所は教えたからな」

「どうしてそんな事を……貴方あの白衣の連中の仲間なんでしょう?」


俺が場所を教えたと伝えると、アルテミスはそのまま不思議なものを見るような表情で、俺に問いただしてきた。


「さあな。俺自身一体、何であんな事をしたのかわからないんだよ……」


自分の心を苛む数多の感情と、渦巻く偽善的な感情。


「なんにせよ、来たってことはあいつももう、覚悟は出来てるんだろう」


それらの感情を押し殺し虐殺して、今日も俺は仕事をする為に、胸に一つの決意する。


―――今日は、親友を殺す決意を。

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