第2話

「あれ……?」


ふと目が覚めると、俺は女性の手を繋いだままリビングのソファーに一緒に身体を預けていた。


「ん……?」


寝ぼけてた直後は気にもしなかったが、俺と女性の両方に薄い毛布がかけられていた。

どうやら、寝落ちしてしまった後に母親がかけてくれたらしい。


「そうだ……。この人の熱はどうなってる?」


俺は女性の額に手を当てて、暫定的にではあるが、女性に熱が残っているかどうかの確認の為に体温を測る。


既に熱は引いていて、むしろ俺の方の体温が高く感じる。


……どうやら熱は完全に引いてくれたようだ。


ホッと安心に胸を撫で下ろすと、ゆっくりと

、女性の重いまぶたが開き始める。


「う、うぅん…」


うなされるように女性は目を覚ます。


「おはよう。あ、今はこんばんはだな」


俺は目を覚ました女性に目覚めの挨拶をかける。


「あ、あれ。ここは……どうして私はここに……」


どうやら、女性の意識は混濁しているようで、自分が今いる場所がわからないようだった。


俺は女性の疑問に答える。


「ここは俺んちのリビング。で、君は俺が風呂に入っている間に、何処からとも無くいきなり高熱を引き起こした状態で現れた」


ざっくりとした説明で一旦区切って、女性がちゃんと理解したと感じた所でもう一度話し出す。


「その後、母さんと一緒に君を介抱してるうちに俺は寝落ちしてしまって、今は夜の九時くらいに目が覚めたって事だな」


女性は部屋にある時計を見ると針は丁度九時くらいを指していた。


「そっか、私……外に出られたんだ」


何やら、まだよく分からないことを言っている。


「取り敢えず、母さんを呼んでくるよ」


そう言って俺はリビングを出て、二階にある母さんの部屋を訪ねようとすると、インターホンが唐突に家に鳴り響く。


すると二階から、もの凄い勢いで母さんが降りてきて、扉を開けて一人の男性の帰りを祝福する。


「そっか、今日は帰ってくる日だったっけ」


母さんは隣にいる男性にべったりとくっつき、見ているこっちが恥ずかしくなる程デレているが、当の本人もどうやら満更でもない様子で母さんの頭を撫でている。


そして、俺も珍しく帰宅した男性の帰りに答える。


「久しぶり。おかえりなさい父さん」


仕事疲れに顔を滲ませ、シワを寄せながらも、快活な笑顔で父は穏やかに返答する。


「ただいま。母さん、みちる」


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


帰ってきた父はリビングに入るなり、ソファーに座っている知らない女性を見た途端に、石像のように凍りついていた。


「ん?父さん、どうした?おーい」


俺は手を父さんの前で振るが、父からの反応は一向に帰ってこない。


「あら、目が覚めたのね。見た感じ熱も引いた感じだし、結構結構。あ、でも後でもう一度軽く体調を見せてね」


対して母さんは、女性の病気が治ったのを喜んでいる。


俺と母さんの反応を隣で見ている父さんは身体を震わせていると思ったら、唐突に俺の肩を掴み。


「みちるっ!お前いつから、こんな可愛い彼女が出来たんだ!?」


「彼女じゃないし、知り合ったのはこれで2回目だよ!」


勘違い甚だしいと思いつつ、俺は父さんの言葉を否定する。


「えっと……どなたでしょうか?」


女性は父さんに、怯えにも取れる目で質問する。


父さんは、これは失礼した、と前置きをして穏やかな微笑みを女性に向けて自己紹介し出す。


「私の名前は月影 誠真せいじ。この一家の主にして、みちるの父親。職業は軍人だ。こっちの可愛い俺の嫁さんは月影 翠璃みどり。君を看病してくれたのもみどりだな」


「あ、ありがとうございます、翠璃みどりさん」


自己紹介が終わったあと、女性は母さんにお礼を言う。


「では、お嬢さん。君の名前はなんというのかな?」


何気無い普通の質問をしたはずなのに、何故か女性は言いにくそうに顔を伏せた後、決意を固めた顔でとんでもないことを俺たちに言い放った。


「私に名前はありません。あるのは兵器としての固有識別名だけです」


「名前が…無い……?」


「はい。私には一個体としての名前はありません」


俺と母さんは何を言っているのかが理解出来なかった。


しかし、父さんだけは嫌に冷静になるほど女性を見て、女性の言葉に反論せずに話を聞いていた。


こともなげに女性は言い、自分の兵器としての識別名をさらけ出してきた。


「私の製造名もとい識別名は『Godゴッド Astralアストラル Weaponsウェポンズ operationオペレーション systemシステム

通称、神伐兵器しんばつへいきと言われていた、そのシリーズの廃棄個体ロストナンバーです。

研究所にて廃棄される前の名前は、codeコード『A』アルテミスと言われていました」


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「ふむ。つまり君は人間では無く、あくまでも兵器だと言うんだね?」


父さんはアルテミスと名乗った女性に対して、自身の存在について、今一度質問する。


「はい。私は……兵器です」


アルテミスは頷き、その疑問を肯定する。


一瞬、悲しげに自身の存在を認めたのは見間違いではないだろう。


「なるほどな。 いや、これで納得出来た。正直、さっきから生体スキャンの魔法をかけているんだが、君からは生きている人間の反応と、そうではない武器などの反応が一緒に検知されていたんだ」


いつの間にか父さんはそんな魔法を俺たちに気づかれずに使っていたらしい。


いや父さん。何そんなセクハラじみた魔法いきなり使ってんだ。


俺は父さんに講義するも、父さんは当たり前といった表情で俺に反論する。


「まず、良く分からない存在に対しては知ることと見ること。軍人なら目の前に脅威が現れたなら、撤退か調べるかのどちらかは当たり前だろう?」


父さんは再度、アルテミスに向き直り、二つ目の疑問を詰問する。


「それで、アルテミス君。君はいったいどう言った兵器なんだ?」


父の質問にアルテミスは流暢に話し出す。


「私自身は様々な武器になれる換装兵器です。能力は『適合者の魔力を代償に、あらゆる魔力に帰属するものを破壊、無効化する』チカラです」


父は今の説明で納得して、更に追加の質問をする。


「なるほどな。何個か質問しても良いかな?」


「どうぞ」


断る理由も特に無いため、アルテミスは父さんの質問を許可する。


「魔力に帰属するものと言ったな。それはつまり、人の体に流れる魔力、つまりは精神、人格ですら破壊可能なのか?」


鬼気迫る顔で静かに、父は兵器としての危険性を見極めるために、アルテミスに質問する。


しかし、アルテミスは難しい顔をして、少しばかり逡巡した後、言葉をつむぎ出す。


「試したことは1度も無いので何とも言えませんが……理論上であれば可能と思われます」


「―――ふむ。ならもうひとつだけ質問しても良いかな?」


今の質問で更に疑問が湧いたのだろう。


父さんはアルテミスに大元の理由を訊ねる。


「何故、兵器としては一級品の性能を持ちながら、君は廃棄されたんだ?私なら絶対に手放さない能力だぞ」


人の精神を破壊出来るとするならば、自白にも使える上、あらゆる諜報手段の飛躍、裏付けにも使える。


そうでなくとも、魔法を一方的に封殺することが出来るなら、現代の日本を下手をすれば滅ぼしかね無い兵器でもある。


「それは……」


しかし、アルテミスは言葉を溜めて、言いずらそうにしている。


「それは?」


父さんが再度聞き直し、食い下がる。


「それは、私が小さい頃…。ちょうど十年前に研究所を脱走した際に、研究所の外で適合者を作ってしまったからです」


そうしてアルテミスは自分が棄てられた一番の理由を話し出した。


「適合者を作った?自発的に作れるなら研究所でも作れるんじゃ無いのか?」


アルテミスは首を横にふり、父の疑問を真っ向から否定する。


「私の適合者になる条件は、私が自身の能力を始めて使った時に、私の魔法を見ていたことが条件なんです」


「つまり、この世で一人にしか扱えない兵器という訳か。そりゃ兵器としては一級品でも廃棄されるわな」


いくら能力が強くても使える人がいない兵器には意味がないとの事で、すてられたのだと、アルテミスは父さんの言葉を肯定する。


「はい」


その後、アルテミスは更に申し訳なさそうに、俺に向かって話し始めた。


「そして、適合者の人には申し訳無いのですが、私の適合者になると、脳の処理容量が私で埋まってしまうので、代償として魔法が使えなくなります」


ここまで言われて、ようやく俺は、全てが噛み合ったような感覚に襲われる。


恐る恐る、俺はその違和感の原因をアルテミスに聞いてしまう。


「じゃあ、もしかして……アルテミスがあの日の約束の女の子なのか?」


すると、アルテミスは突然、それまでの剣呑を隠して、柔らかな微笑を浮かべて、みちるの言葉を肯定する。


「久しぶりだねみちる君、十年間、私のことと約束の事を覚えていてくれてありがとう。凄く嬉しかったよ」


にこやかにアルテミスは告げるが、俺の中ではもっと重要な答えに行き着いていた。


「え、じゃあ俺は、初恋した人の前で初恋のことを相談してたのか……?」


とんでもない事実に俺の思考回路はショート寸前だった。


顔を赤らめながら気恥しいそうにアルテミスは思いの丈をぶつけてくる。


「聞いていて凄く恥ずかしかったけど、同時に凄い嬉しかったです……。まさか、告白されるとは思わなかったから」


「なんだなんだ、何の話だ?」


突然、話が変わったことにより、話についていけなくなった父さんは取り残されていた。


「う、うわぁあああああああ!!!」


絶叫が部屋に響き渡る。


俺は羞恥で軽く発狂してしまった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「さて、話を戻そう。アルテミス君を兵器として使える者は今現在、みちるしかいなくて、害はないという事にする」


「ありがとうございます」


丁寧にお辞儀をして自分に対して偏見のない評価を嬉しがるアルテミス。


その様子を見て、父さんは最後に根本的な理由を訪ねた。


「最後にひとつ。何故、君は作られた?」


アルテミスは、息をするかのように、さも当然と言わんばかりに、自分の作られた理由を話し出す。


「私の作られた理由はただ一つ。現存する神様を殺し、適合者を神様にする為です」


あっけらかんと言い放つアルテミス。


だが、それを聞いた俺達は驚愕という感情に支配された。


「……ちょっと待て。今聞き捨てならない言葉が聞こえたぞ?『現存する神様』だと?神様が実際にこの世にいるって言うのか?しかも神様は殺せるだって?」


「はい。全て事実だと肯定致します」


ありのままの素直な疑問を全て真実とアルテミスは言い、自分が作られた経緯をアルテミスは語り出す。


「私を設計した人は、その界隈では有名な科学者だったようです」


「ある日、私の設計者は、神様は我々の目には見えないだけで、確実に存在していると奇しくも立証してしまったのです。そして、彼にとっては、それが神様への復讐の第一歩だったのでしょう。当時、彼は妻と子供に先立たれ絶望の淵に立っていたらしいです。何とか死者を蘇生させようとあらゆる手段をとった結果、クローン技術と平行世界の魔法を用いて復活させることが出来ることを突き止めました」


「そして、遂に彼は子供を蘇らせる事に成功しました。……子供の死体の一部を培養して肉体を作り出し、そこに子供の記憶の一部を埋め込むことで」


「けれど、神ではないただの人間が過ぎた神の御技を使えば自滅するのはいつも世の常。……結果として一ヶ月も経たないうちに子供は人格崩壊を引き起こし、設計者の腕を一本食いちぎったあと、ドロドロに体が溶けて消滅したそうです」


「その後、設計者は神様を怨み、神様を殺すことで自分が神に成り上がろうと考えました。そうすれば今度こそ完全な形で蘇らせることが出来ると思い込んだんでしょうね」


「なにはともあれ、そうして科学と魔法の両方を結集させて、神を殺す為に作られたのが私達、神伐兵器という存在の正体です」


話し終えたアルテミスはどこか寂しそうにも、懐かしむようにも取れる表情で、語り終えた。


「……なるほどな。大体、君達の存在の重要度、危険度、その他色々はわかった」


「それを踏まえてだ、アルテミス君。君はこれからどうするつもりかね?研究所にはもう、帰れないんだろう?」


今までの話しを整理して、提案する父さん。


「………………」


けれど、アルテミスの表情はどこか浮かないまま、沈黙が続く。


父さんは長い沈黙を破るように、更に話を進める。


「……君さえよければ、家に居候という形でここに泊まらないかね?幸い、部屋は余ってるし、不自由は無いはずだ」


「……良いんでしょうか?私は兵器なんですよ?人と同じ生活に埋もれてしまっても」


申し出に素直に応じられないアルテミス。


その根幹にあったのは、自分は兵器という自分自身に対する卑屈さだった。


けれど、父さんはそのどうでもいいアルテミスの卑屈さを笑い飛ばしながら、優しく話す。


「構わないだろう。穏やかな生活を送る権利は誰にだってある筈だ」


―――父さんは手を差し伸べて。


「君がそれを望むなら、私達は全力で君を守ろう」


アルテミスにもう一度聞き直す。


「みちるはどうだ?同じ屋根の下で初恋の女の子と一緒に住みたくはないか?」


煮えきらないアルテミスを見て、後押しするように父さんは俺に話しかける。


聞くまでも無くOKなのだが、今必要なのは感情ではなく、アルテミスがここにいてもいい理由だった。


「そもそも、俺はアルテミスにまだ、命を救ってもらった恩返しが出来ていない。恩には恩で返せってのは父さんから教えて貰った事だ。私的な理由を含めても、断る理由なんか無いよ」


満足したように父さんは俺に微笑みかける。


「母さんは……って聞くまでも無いか。相手が息子の彼女だもんな」


母さんの方を向いた瞬間、隣で母さんはずっと笑っていたので、それで父さんは全てを察したようだった。


「よし、それでアルテミス君。どうするかね?」


存在を肯定されたアルテミスには、断る理由がなく、気付けば返事を返していた。


「不束者ですが、これからよろしくお願い致します」


そう決意したアルテミスの頬には、一滴の涙か伝っていた。


俺とアルテミスは向き合って、手を繋ぎあい、温かな温もりを感じ合う。


「これからよろしくな、アルテミス」


「こちらこそよろしくね、みちる」


そうして、俺は初恋の女の子と一緒に同棲する事になった。



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