第50話 猫の意地(終話)

 猫とは基本的に寝ているものだ。しかし、これは決してサボっているわけではない。その証拠に常に耳が動いているだろう? 周辺警戒は決して怠らないものだ。寝ている理由は簡単で、いざという時に力を出すためである。ただでさえ持久力はないからな。

 というわけで、私はいつもの窓際で午睡を楽しんでいた。アリスは魔法薬作りのために例のボロ小屋に、ルーンは鍛錬、エリナは私の様子見も兼ねてこの家に残っている。

「時に、人はなぜ生きるのだろうな……」

 エリナがポツリとつぶやく。

 しばらく黙っていたと思ったら、いきなりメガトン級の哲学的な事をぶっ込んで来た。知らん……。

「原宿とやらに行ってクレープでも食ってこい。無駄に頭を使うな」

 私は半分だけ目を開けてエリナに言って、私は再び目を閉じた。生きる理由? それは生きているからだ。他に何がある?

「いや、なんとなく思っただけだ。蘇生術などやっていると、たまに考えてしまうものでな」

 蘇生術は死霊術と並んで気味悪いものとして見られる。命を扱うからだ。エリナも色々思うところがあるのだろう。

「しかし、暇だな。私は構わんがお前は大変だろう」

 いつも大体なにか起きているこの家だが、今日は珍しく暇である。

「いや、私は構わん。本来、アクティブな方ではないからな」

 ……なるほど。

「しかし、こう暇な時に限って、何かが面倒事が飛び込んで来るというお約束が……」

 言わんことではない。玄関のドアがノックされた。

「私が出よう」

 エリナがドアを開けた。すると、そこには白いローブという、この村の人間ではない誰かかが立っていた。一見すると普通の淑女だが……。

「なんだ、喧嘩でも売りに来たか?」

 そう、その小脇にはアリスとルーンが抱えられていた。グッタリとはしているが、命に別状はなさそうだ。

「私はリリス。あなたと事を構えるつもりはありません。ここでは詳しい話しが出来ません。ついて来て下さい」

 言うが早く、リリスと名乗った女は空に舞い上がった。では……くっ!?

 とんでもない胸痛が私を襲った。その場に倒れ込んでしまったほどだ。

「霊魂定着!!」

 すかさずエリナが魔法を放ち、何とか私は立ち上がる。そして、比較的負担が少ない「契約召喚」という手法を取った。これは、お互いに納得して契約した召喚獣で、今の私にはレッドドラゴンとグリーンドラゴンのブリザードがいる。その中で、私は飛行に適したグリーン・ドラゴンを召喚した。

『お久しぶりです』

「挨拶は後だ。仲間がさらわれた。後を追う手伝いをして欲しい」

 私は何とかそう返した。

『お安いご用です。背中に乗って下さい!!』

 ブリザードは背を低くして乗りやすいようにしてくれる。私を抱えたエリナがその背に飛び乗ると、ブリザードが風の結界で包んでくれる。そして、家の屋根をブチ破って一気に上空に舞い上がった。後でアリスに殺されるな……。

『体調は大丈夫ですか? 伝わってくる情報が、ただならぬ状況を示していますが?』

「大丈夫だ。気にするな。思い切り飛ばせ!!」

 心配そうに聞いてきたブリザードに、私は短く返した。

『分かりました。本気で行きます!!』

 ブリザードの言葉が終わらないうちに、飛行速度が一気に増した。先行するあの女の背中が徐々に接近してくる。急旋回を繰り返し、こちらを振り切ろうでもしているかのようだったが、ブリザードはしっかりシックス・オア・クロック……真後ろをキープをし続けている。さすがだ。

「おい、魂の乖離が抑えきれない。いつ死んでもおかしくないぞ!!」

 背後のエリナが、珍しく感情を乗せた声を発した。それだけまずい状態ということか。……。しかし、私はまだ死ねない。アリスとルーンを取り戻すまではな。

 飛びつつけるのそうちに、リリスはいかにも今は使われてはいない古城に降り立った。迷うことなく、私たちもリリスが降り立った古城に降り立った。そこで、召喚解除をする。

 城の奥に向かう白ローブを追い、辿り付いた先はちょっとした広場のような部屋でリリスは足を止めた。

「さすがですね。しっかりついて来られたのは、あなた方が初めてです」

 リリスが小さく笑みを浮かべた。

「そんな事はどうでもいい。早く二人を返せ。私にはもう時間がない」

 エリナの魔法援助も限界だろう。こんな馬鹿な事に付き合っている場合ではない。

「もちろん、先ほども言いましたが、危害を加えるつもりはありません。狙いはあなた自身です」

 何だと?

「ああ、私はこういう者でして……」

 リリスが名刺を差し出してきた。



天界第一人事部 リクルート課 課長


 虹の神 リリス



 とりあえず、受け取ったものを捨てるわけには行かず、手に持ったまま話しを進める。

「今天界では神が不足しておりまして……。もう寿命間近な人間たちを神にしようと、こうやって動き回っているのです。あなたは類い希な才能を持った猫です。これを見逃しては、スカウトの名が廃ります」

 ……なるほどな。

 私は先ほどもらった名刺をクシャと丸めた。

「生憎、私は生ある者として生涯を閉じたい。これは決意だ。それを曲げたら、それこそ私の名が廃る。アリスにもらった名がな」

 何がおかしいのか、リリスは小さく笑った。

「噂通りの頑固な猫ですね。しかも、中身は意外と熱い。もちろん、再三言った通りこの二人には危害は加えません。しかし、もう時間がないのでは? 私の見立てでは、もう間もなく魂が肉体を離れます」

 さすがに神を名乗るだけの事はある。お見通しか。

「あなたが死んだ後にまた来ます。二人の意識は回復させておきますね」

 リリスの姿が光の中に消えるのと、アリスとリリスが意識を取り戻すのは同時だった。

「あれ、ここは?」

 アリスが間抜けな声を上げた。

「二人とも早くこちらに来い!!」

 エリナの声にただならぬものを感じたか、慌てて駆け寄ってきた。

「これまずいよぉ。エリナ、アレやるからなんとか時間稼いで!!」

 ルーンが私の周りに石を置き始めた。魔法石……魔力増大効果がある。何らかの大規模魔法を使う準備だ。その間にも、アリスがあの酷い味の魔法薬を飲ませてくれたが、効果は全くない。

「なんで効かないの。なんで!!」

 涙を流しながら、アリスが次々に違う薬を飲ませてくれるが、効果はなかった。

「出来たよ。アリスちゃんは待避して!!」

 珍しく強い口調でルーンが言い放ち、アリスは私から離れた。そして、エリナが強烈な魔力を放った。凄まじい蘇生の応用魔法が炸裂している事は分かったが、強烈な胸痛が収まる事はなかった。そして……。


 先生(キジトラ)、享年推定六歳。平均年齢の約半分での、早すぎる死だった。


「ほう、霊体というのも、なかなか面白いものだな」

 皆が私の体を囲んで、それぞれの動きをしている。アリスは私の体を抱きかかえて、辺り構わず泣きちらし、ルーンはやや離れた場所で茫然自失、エリナは淡々とした様子だ。

「あなた、ずいぶん慕われていたみたいね」

 いつの間にかリリスが隣に立っていた。

「さぁ、どうだかな……」

 私はリリスに返した。

「全く素直じゃないわね……。さて、こうやって霊体になったわけだけど、さっきの質問をもう一度するわ。神になる気はない? 文字通り猫の手も借りたいくらい、忙しくて忙しくて……」

「もし、その話しを受けなかったら、私はどうなる?」

 なんとなく分かっていたが、私はリリスに聞いた。

「そうね。霊体の状態はかなり不安定なの。一日ももたないうちに霧散して消えてしまうかな」

 ……やはりな。

「神になりたいのは山々だがな。それは反則だ。私は地上の生き物として産まれ、そして生涯を閉じる事を選ぶ。悪いな」

 リリスは小さく笑った。

「そう言うと思ったわ。スカウトとしては、ぜひ欲しかったんだけれど、あまり無理をさせるなっていう規則があるからね」

 リリスは素直に引き下がってくれた。ありがたい。

「あの子たちは、責任をもって私が元の家に転送します。あなたも残り少ない時間を楽しみなさい。念じるだけで好きな場所にいけるから」

 リリスはフィンガー・スナップをした。その瞬間、どこかへと消えてしまった。眼下を見ると、もう皆の姿はない。言葉に違わず転送したようだ。

「さて、家まで転移するか……」

 ここにいても意味がない。私はアリスの家を強く念じ転移したのだった……。


◇◇◇◇◇


 ルーンとエリナの強い勧めがあって、私は村の中を目的もなく散歩していました。つい猫を探してしまうのは、まだ傷が癒えていないのでしょう。

 あれから一週間。先生の埋葬を行い、やっと立ち直ってきたところです。しかし、新たに使い魔を召喚する気にはなれません。また、先生に会えるかもしれない。そんな気がしてならないのです。

「あっ、キジトラ!!」

 この村では珍しいキジトラ猫に出会い、私は思わず声を上げてしまいました。そばに近寄ろうとした瞬間に逃げてしまいました。そう、先生はもういないのです。 そろそろ、その事実は飲みなければいけません。いつまでも引きずっていたら、先生に猫パンチをされてしまいます。でも……。

「もう少しだけ、噛みしめさせてくださいね。先生」

 私は、誰ともなくそうつぶやいたのでした


END

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