第49話 初鰹

 ある日の夜……。


「ちっ、また来たか……」

 今が皆寝静まった深夜でよかった。何とも言えない胸痛をぐっと堪え、私は収まるのをじっと待つ。最近、頻度が多くなってきた。しかし、行動を自粛するつもりはない。私が守りに入ったら、こんなにつまらないことはない。だったら死を選ぶ。

 しかし、今回は長いな。いよいよか……。そんな時だった。私の口に水差しの吸い口が差し込まれた。

「味は酷いですが飲んで下さい。一時しのぎにはなります」

 見ると、真剣な顔をしたアリスが立っていた。

「うっ、確かに酷い味だな……」

 吐き出してしまいたいところだったが、アリスの用意した薬だ。それをやったら紳士として失格である。不思議な事に薬を飲んでしばらくすると、胸痛がスッと引いてきた。

「おっ、、なにか知らぬが治ってきたぞ」

 私は指定席から下りようとしたのだが、アリスに止められた。

「あくまでも一時しのぎです。今、ルーンちゃんが先生を呼びに行っています。エリナさんはそこに……」

 気が付かなかったのだが、エリナがすぐ近くにいた。杖を片手になにか魔法を使っている。

「まずいぞ。いよいよ魂と肉体の乖離が……。まだ、薬と魔法でなんとかなるが……」

 ……すまんな。

「アリスにエリナ、そして、医師を呼びに行っているルーンにも伝えてくれ。もう、私のために力を使わなくてもよい。いずれ近いうちに……」

「はいはい、患者に拒否権はありませんよ。黙って治療を受けて下さい!!」

 目を真っ赤にしたアリスが、手をパンパンと鳴らしながら私の言葉を遮った。

「お前なぁ……」

 私はそれしか言えなかった。どうやら簡単には死ねないらしい。

「先生連れてきたぉ!!」

 玄関のドアが勢いよく開かれ、ルーンと先生が飛び込んできた。

「ヒラル30CC、経口投与してあります!!」

 こちらに向かって突進してくる医師に向かって、アリスが告げた。普段とは別人だな。

「それでいい。どれ……」

 医師が「詳細探査」で診ていく。

「現状でできる事はなにもないな。魔法薬師のアリスが頼りだ」

 そして、医師は私には分からない薬品名と処方をアリスに伝えていく。アリスの方からもいくつか質問を返し……不覚だが、アリスが格好良く見えてしまった。いつものポンコツに戻れ。なんだか気持ち悪い。

「では、わしはこれで……」

 医師はアリス宅から出ていった。

「先生、大事な話があります」

 ……ほれ来た。

「派手な動きをするなとか、家で大人しくしていろと言うんだろう? はっきり言って……」

「そんな事は言いません。それでは、先生が先生ではなくなってしまいます」

 ……なに?

「私たちは全力でサポートします。先生は全力で生きて下さい」

「……」

 かえって返しにくいな。なんと言えばいいのだ?

 一瞬戸惑った隙を突いて、アリスが私を抱き上げた。言葉はない。涙もない。ただそのまま時間が過ぎて行く。ただそれだけだった。


 ある日、私たちは簡単な荷物輸送の仕事を受けて、レオポルトから隣町に移動し、荷物を受け取ったあと王都方面へ向かっていた。旅は順調だったが、時折出現する魔物は主にルーンが魔法で吹き飛ばしていた。

「お前、ちゃんと魔法使えたんだな」

 私がつぶやいた瞬間、派手にルーンがコケた。

「あ、あの、私これでも王宮魔法使い……。今までも魔法見せた気がするし……」

 そうだったか?

「いや、投げナイフのイメージが強くてな。それは失礼した」

 ルーンと言えばこれなので、つい魔法のイメージがない。

「失礼なんてもんじゃないよぉ。全く……」

 馬車はガタガタと進んで行く。そして……。

「推定30名。不穏な反応あり。3時方向距離750メートル!!」

 最近になって使えるようになった「探査」の魔法で、アリスが声を上げた。よし、いいだろう。750メートルとなると、メガブラストを使うほどでもない。

「ファイア、レイン!!」

 私が両前足を突き出した瞬間、巨大な火球が撃ち出され、放物線を描いて飛んで行き……集団の上空で派手に弾けたはずだ。

「攻撃評価、命中。敵は全滅……いえ、1人残っています!!」

 ほう、気合い入った奴がいるもんだ。ならば、こちらも応えよう。

「メガブラスト・改!!」

 少しばかり研究して、消費魔力20%減にも関わらず、威力は30%増しという最強攻撃魔法を放った。3秒後、私の魔法は目標に命中した。そこには、無慈悲な破壊が撒き散らかされたはずだが……」

「ダメです。目標健在!!」

 なに!? どんなバケモノだ?

「……バハムート!!」

 問答無用の召喚術。最強の召喚獣の吐息が、たった1人を打ち据える。

「ダメです。全く効いていません!!」

 嘘だろ?

「……おもしろい。このまま進め」

 馬車はガタガタ進み、やがてそのバケモノが待ち受けるポイントに辿り付いた。

「……なんだ、お前か」

 見覚えがありすぎるその相手に、私が発した言葉はそれだけだった。

「ハハハ、また会うとはな。愉快愉快!!」

 そう、そこにいたのは、あの禁止薬物工場で出くわしたあのオッサンだった。

「誰です?」

 ああ、そうか。アリスが知るはずもないか。

「この前禁止薬物工場潰しに行っただろう? その時のボスだ。てっきり爆発で死んだと思っていたんだがな……」

 ため息をついて、私は馬車から飛び降りた。

「今度は盗賊団でも作ったのか? 懲りない奴だな……ああ、ルーン。コイツに投げナイフなど通用しないぞ」

 私は「背後の目」でその動きを捉え、すかさず制止した。ルーンがピタリと止まった。

「なんだ、また一戦やろうという事か?」

 正直、コイツとはやりたくない。勝てるルートが思いつかない。

「ハハハ、やはり漢と漢は出会ってしまうものだな!!」

 ……今絶対「漢」と言ったろ。私は絶対言わないからな。

「さて……。こい!!」

 ファイティング・ポーズを決めるオッサンに、私はモードをカチリと切り替えた。嫌だが、本当に嫌だが……敵となるなら排除しないわけにはいかないだろう。どこを狙えばいいか……。

「霊魂剥離!!」

 背後でいきなりエリナの声が聞こえ、オッサンは倒れた……。汗腺が肉球にしかないため、本来は出るはずのない冷や汗を顔から流しながら背後を振り向くと、彼女は杖でトントンと肩を叩いていた。

「なに、肉体から魂を強制的に引き剥がす魔法だ。もちろん、禁術なので念のため」

 ……怖いぜ。姐!!

「ふぅ、助かった。また、あんなヘビーな肉弾戦かと……」

 私が馬車に戻ろうとした時だった。

「ハハハ、なかなか効いたぞぉ!!」

 私は反射のレベルでその場から横っ飛びに逃げた。そこに、ズズーンと拳を半分地面に埋めて、オッサンのパンチが飛んできた。

 ……気のせいか、パワーアップしてないか?

「お前、本気で不死身か!?」

 コイツはもう人間じゃない。本物のバケモノだ!!

「悪いな。これでも人間だ。ちょっと頑丈だがな」

 ちょっとか? 重戦車並のくせに。

「さて、仕切り直しといこうや」

 オッサンは素早く距離を開け、再び構えた。

「はぁ、やむを得んな……」

 私も地面に後ろ足の爪を食い込ませた。

「そういえば、お前の名は? 俺はフリッジだ」

 いきなりオッサンが名乗りを上げてきた。フン……。

「1度目なら名乗らんがな、2度目となれば名乗っておかねばな。私は先生という」

「先生だと? これはまた変わった名前だな」

 そう言って大笑いするフリッジに、私は殺気を尖らせた。

「……名付け親は、そこのアリスだ。この名を馬鹿にしていいのは私だけだ」

 それを合図に、私は一気に間合いを詰めていく。やはり両目は潰れているようだが、人間というものは、顔面に対する攻撃には弱い。杭打ち機のようなフリッジのパンチが地面に食い込んだ瞬間、私はその腕を素早く駆け上り、渾身の猫パンチで袈裟懸けに顔面を切り裂いた。そして、素早く飛び降りると再び間合いを開ける。こんな程度では、致命傷どことか蚊に刺されたようなものだろう。

「お前、クールなようで中身は熱いもの持っているじゃねぇか。名付け親の女を泣かせるような真似は許さねぇか。いいぞいいぞ!!」

 なんだ、結構泣かせている気もするが、ここはそういう事にしておこうか。

「と、お前と戦っていると楽しいのだがな、実は俺には目的があってな」

 フリッジは突然構えを解いた。

「目的?」

 怪訝に思い、戦闘態勢は維持したまま、私はフリッジに聞いた。

「初鰹だ!!」

 背後の馬車で盛大に色々なものが崩れる音が聞こえた。

「……アリス。目的地はどこだったか?」

「は、はい、西の港町ポート・オッズです。今がちょうど初鰹のシーズンですね」

 すっかり気の抜けた声で、アリスが答えて来た。

「なんと、これは渡りに船というものだな。お前たちの馬車に乗せて欲しい。対価は護衛を引き受ける。どうだ?」

 断れるか? こんなバケモノの頼み。

 かくて、私たちは破壊力抜群で装甲の厚い重戦車を獲得したのだった。


 レオポルトの村を発ってから2週間。私たちは、無事にポート・オッズの街に到着した。適当な宿に部屋を取り……男部屋の相棒はこの重戦車だったが……。一息ついた途端、重戦車がさっそく市場に突撃した。

「うぉぉぉ、初鰹ぉぉぉぉ!!」

 なぜだ。この男ほどの者が、ここまで熱くなる初鰹なるものはなんなのだ?

「何か……凄い人ですね」

 アリスがポツリと漏らした。

「ああ、工場での戦いを見せたかったな……」

 なにか、妙に複雑な心境ではある。初鰹……。

「私の霊魂剥離が破られとはな。驚くしかない」

 パラパラと書物を捲りながら、エリナが納得いかない様子で魔法の勉強をしている。ルーンに至っては、なにも出来なかった事がよほど悔しかったのだろう。狂ったようにナイフの練習をしている。

「やめろ。アイツはもはや人間ではない。気にする方が損だ」

 私は馬車の上で必至になっている2人に声を掛け、自分の部屋へと戻った。やる事はないが、一応身を安静にしておきたかったのだ。また、発作を起こしても困るしな。

「好きに生きろか。アリスの奴も、もう少し言い方を考えろ」

 つまり、それは余命が僅かという事。心臓だけではない。色々悪そうなのは医師から聞いている。ならば、やりたいようにやるだけだ。

 今回簡単ながらも、移動距離が長い仕事を受けた理由はそれだ。先が短いならもっとこの国のあちこちを周りたい。私の考えに誰も異論を唱えなかった。

 その時、階下で悲鳴のような声が上がった。

「ハハハ、市場の鰹を全部買い占めてきたぞ。今日は初鰹をパーティーだ!!」

 ……やる事がいちいち派手な奴である。まあ、ある程度予想はしていたが。

「やれやれ、それでも私は猫缶か……」

 悲しいかな、私はいつも猫缶である。目の前にご馳走があってもだ。これが、結構なストレスになるのだが、ただでさえおかしな体調をこれ以上崩したら厄介だ。

「さて、今夜は私だけ猫缶パーティーだな。やれやれ」

 猫とは悲しい生き物である。初鰹、ああ初鰹……。

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