第46話 余命……
王都からの救援が到着したのは、ちょうど3日目の事だった。アリスの強烈な怒りにより、結界から出る事すら出来なかったのだ。
コイツが本気になると真面目に怖い。滅多にない事だが、その滅多にない地雷を踏んだらしい。
「あわわ、さすが王家ですね」
アリスが救援の馬車を見て、いつも通り慌てている。まあ、無理もない。ただの荷馬車なのに綺麗に塗装が施され、さりげなく王家の紋章まで描かれている。車体も若干大きくなったようだが、これは気のせいかもしれない。
「お待たせしました。これが新しい馬車です。ここにサインをお願いします」
宅配便か?
「はい、確かに。では、よい旅を」
ここまで馬車を牽引してきた馬に跨がり、宅配便は去っていった。
「さて、荷物の積み替えをしましょう!!」
やたらと元気にアリスが叫び、無駄に多い荷物の積み込み作業が開始された。といっても、これは人間の仕事。私はやる事がない。下手に手伝おうものなら、かえって邪魔だろう。私は周辺警戒という名のサボりに入った。
慌ただしく動く皆を見ながら、私は適当な場所に腰を下ろして様子を見ていた。なにもない平和な日……だったはずが、私自らぶち壊してしまった。
手にしていたパイプをポロリと落としてしまった。なんだ、この胸痛は.……。
しかし、私とて猫の端くれ、皆に悟られるわけにはいかぬ。素知らぬ顔をして収まるまで待つ。それが猫の流儀だ。
「あれ、先生。どうかしたんですか?」
ちっ、こんな時だけ鼻が利く。アリスが声を掛けてきた。
「ああ、何でもない。最近寝不足が続いていてな。若干疲れ気味なのだ」
私は適当に答えた。もし本当の事を言えば、大パニック必至だ。
「そうですか。分かりました。そろそろ荷物の積み込みが終わります。先生は荷台でいいですよね?」
その方が助かる。私はうなずいて答えた。こうして、アリス・ルーンが御者台に乗り、私とエリナが荷台に乗るという編成で、新調された馬車での移動が開始された。私は荷物の影で、こっそり胸を押さえて痛みに耐える。
ちなみに、よく猫は死ぬ前に姿を隠すといわれるが、あれはちょっと違う。体調が思わしくないので、静かな場所で回復を待っているうちに、死んでしまったというわけだ。断じて、死に場所を探していくわけではない。
「魂と肉体の繋がりが薄くなっている。これ以上は言わんがな」
いつの間にやってきたのか、エリナが小声で耳打ちしてきた。
「こういうことは、お前には隠せんか……。皆には内緒だぞ」
私はエリナに返した。
「ああ、分かっている。村に帰ったら、さっそく医師の診察を受ける事を勧める」
エリナはあくまでも冷静だった。これは助かる。
「では、バレないうちに引っ込んでおこう。何かあったら呼んでくれ」
エリナはそう言い残して去っていった。あとは孤独な戦いだ。強烈な胸痛はなかなかのものだったが、幸い収まってきた。まだ、生きていることが出来るようだ。
猫年齢で6歳ちょっと。まだ早すぎるが、私はついていなかった。ただそれだけだ。医者に診せるまでもない。自分の死期が近い事くらいは分かる。
こうして、馬車はひたすら村に向かって走っていったのだった。
「あの、先生。なんで病院に?」
村に帰った翌日、私はアリスを引き連れて一軒しかない病院に来ていた。ここで診るのは人間だけではない。農耕用の馬なども診察する、何気に凄い場所なのだ。
「悩んだのだがな。主であるお前には、事実を知っておく義務があると思ってな」
アリスに言った時、ちょうど順番が来た。
「はいはい、今日はどうした?」
診察室に入ると、医師が軽い口調で聞いてきた。
「ちょっと、胸の辺りが……」
「えっ、聞いてないですよ。そんな事!!」
アリスが予想通りの反応をした。当たり前だ。言ってないのだから。
「なるほど……。胸だけじゃないかもしれん。一応、全身を診てみよう……」
なにか思うところがあるのか、医師はそう言って魔法を放った。……詳細探査。これで、私の体を診ようというらしい。
「……これは、なかなか厳しいな」
医師の顔が険しくなる。
「な、なにが厳しいのですか!?」
その一言に噛みついたのはアリスだった。私は察していたので、別に驚きはしない。予想が現実になっただけだ。
「簡単に言おう。寿命だよ。通常六歳ではまだ早いが……アリス。彼は使い魔召喚で呼び出したのだな?」
「はい……」
アリスが思考停止で機械のように返事した。
「あれは不完全な召喚魔法なのは知っているだろうが、使い魔の寿命はせいぜい五年程度。それ以上は術がもたずに勝手に解除されてしまう。これが、召喚獣に対して一般的に言われる『寿命』。しかし、彼の場合は……」
医師はいくつかの画像を虚空に浮かべたが、何が何だかさっぱり分からない。
「恐らく先天的なものだろうが、心臓がかなり弱っている。それと、腎臓と肝臓、脾臓も良くない。はっきり言おう。治療の手立てはない。余命一年といったところだ。激しい運動は厳禁だぞ」
……ふむ、そんなところか。
私は素直に現実を飲み込んだ。ジタバタしても始まらない。それで治るわけではないのだ。
「そ、そんな……一年で……。使い魔が永遠ではない事は知っていましたが、余命一年……」
アリスは完全にどこかに「お出かけ」してしまった。こうなると、なかなか戻ってこない。
「アリスよ。次の患者が治療を待っている。早く帰るぞ」
しかし、反応はなかった。ダメだ、これは……。
「いや、ゆっくりで構わん。今日は暇でな。まあ、色々と話しは聞いておるが、君が元いた世界とこちらの世界。どちらが住み心地がいい?」
医師が私に聞いた。
「そうだな。一つ言える事は、元の世界と答えたら、今この場で強制的に使い魔の術を完全解除されるという事だな」
医師は小さく肩をすくめた。
「ふむ、バレたか。残り一年。どちらで過ごしたいか……まあ、分かるがな」
分かるなら聞くな。全く。
「私もすっかりこちらの世界に染まってしまってな。今さら元に戻ろうとは思わんよ」
そう言うと、医師は小さく笑い。そして、真顔になった。
「アリスの手前、先ほどは一年と言ったが、もしかしたら明日かも知れないし半年かもしれない。そういう状態である事を忘れないで欲しい。肉弾戦は元より、あまり強力な魔法も使わない方がいいぞ。体に負担をかけるからな」
そう医師が忠告してきた。
「分かっているさ。だがな、いちいちビビって行動するような私ではない。必要であればなんでもする」
ショックはなかったと言えば嘘になるが、元々は一介の野良猫だ。ほとんどが自分の死期など知る事もなく死んでいく。それに比べたら、私は恵まれているだろう。
「さて、アリス。いい加減起きろ!!」
私は思いきり往復猫パンチ(ほんのり爪入り)を繰り出した。
「ぎゃぁぁぁ!?」
顔面を押さえ、派手に床を転がり回るアリス。その彼女の顔面を前足と後ろ足でしっかりホールドすると、猫族最強の猫キック(爪全開)をぶちかます。
「ほぐわぁぁぁぁ!?」
そうこれこそが私たちの日常だ。何ら変わることがない。
「ああ、すまん。患者が一人出来た」
私は医師に言った。
「お前もな。派手に動くなと言ったのに。さて、アリスの治療に入るか……」
こうして、病院での時間が過ぎて行く。推定余命一年か。面白い。
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