第45話 プチ探索
「ふむ、いい趣味をしているな……」
玄関のドアをそっと開けた途端、いきなり三本の矢が飛んできた。私はもちろん、エリナも地に伏せてそれをかわす。私とほぼ同等の反応速度。やるな……。
「まあ、こんな物だろう」
服に付いた土を払いながら、エリナが立ち上がった。
「全く、気の利いた挨拶はなしか。こんな典型的な罠に掛かる馬鹿はおるまい」
私は鼻を鳴らしながら屋敷に一歩踏み込もうとして……やめた。
「エリナ、杖でその辺りの床を突いてみてくれ」
「ああ、分かった」
エリスが杖で床をトンと叩くと、今度は無数の矢が飛んできた。
「ふん、芸がないな……」
「だが、死ぬには十分だ。これでもういいだろう」
エリナは立ち上がり、私も起き上がる。念のため床を叩き、天井に注意しながら私たちは屋敷内に入った。
「元々はそれなりに上流階級の建物だったようだな……」
辺りを見回しながら、私はポツリとつぶやいた。
ここは玄関ホールといったところか。無駄に豪華なシャンデリアが吊されていたり、表に出せば一財産は出来るであろう様々な彫刻や石像が並んでいた。
「金持ちの匂いを感じるな。まあ、今はどうだか知らないが……」
私がつぶやいた時だった。
「ほぅ、これはなんの真似かな……」
いきなり、建物内の明かりが全て点いた。床に矢印まで点々と描かれて行く。親切な事だ。
「まるで遊ばれているようだな……」
エリナが殺気さえ纏いながらつぶやいた。
「落ち着け。まあ、遊ばせておけ。楽でいいではないか」
当然のごとく罠などのチェックは怠らず、矢印に沿ってゆっくり進んで行った。
「最初に派手にやってくれたわりには、罠の1つもないな……」
簡単なものとはいえ、罠は玄関だけだった。魔物の一匹も出ない。もちろん警戒は怠らないが、ただかつて豪奢だったであろう屋敷内を歩かされているだけだ。
「エリナよ。この建物について何か知らないのか?」
私は隣を歩くエリナに聞いた。
「さぁな。こんなところに建物がある事自体が初耳だ。今のところ、特に妙な気配は感じないが……」
やがて、奥まった場所に場所にある階段に到着すると……。
「……いるな」
私は足を止めた。
「ああ、数が多すぎて頭痛がする程だ。お前の攻撃魔法で……」
エリナの言葉に、私は首を横に振った。
「このぼろ家だ。攻撃魔法など使ったら崩落する可能性が高い。地味に物理で行くしかないな……」
私はエリナに両前足の爪を立てて見せた。久々だな、ガチの殴り合いは……。
「多勢に無勢。どれ、私も本気を出すとしよう……」
それは、まるで夢でも見ているような光景だった。杖とクロスボウを背負って固定したエリナは、見る間にその姿を犬に変えていった。
「久々だな。この姿も……」
ぶるぶると体を振るうと、エリナが静かにつぶやいた。
「……1つ聞くが、東京とか新幹線というのが何か分かるか?」
「ああ、当然だ。なぜそのような事を聞く?」
エリナが不思議そうに聞いてきた。
「いや、大した事ではないのだが、私のいた『東京』では人間しかいなくてな……」
エリナは少しだけ首をかしげた。
「そうか。では、渋谷のスクランブル交差点にオークの大群が無駄に押し寄せたり、DJゴブリンがいたり、日暮里・鶯谷でグールの女……いや、やめよう。つまりだ、人間だけの街ではなかったのだ。非常に似ているが微妙に違う。お前から見たら「1.1」の「地球」ということか……」
エリナはなにか感慨深げにつぶやくが、どうでもいいといえばどうでもいい。
「ああ、ちなみに私はオオカミに変われる獣人だからな。『犬』と言ったら殺す」
……危なかった。もう少しで死ぬところだった。
暗くてよく見えないが、その全身を覆う銀色の毛はなかなか威厳に溢れている。
「さて、行こう」
「ああ」
それ以上の言葉は不要だった。オオカミ状態のエリナは、文句なしに強かった。蘇生術とこれさえあれば、もう他には要らないのではないか?
さて、私もサボっている場合ではない。出てくる魔物は様々だったが、蝙蝠などの空を飛ぶ系統はエリナより私の方が有利、地面を駆けて突っこんで来る系統は腕力に勝るエリナの独壇場だ。エリナとは一度も組んだことがないが、これはなかなかイケるかもしれない。肉弾戦を強いられる場面は、決して少なくはないだろうからな。
「それにしても、キリがないな……」
飛んできた巨大蝙蝠を叩き落とし、何とも形容しがたい形をした昆虫のようなものを踏み潰す。全く、パーティーをやってくれるなら、事前に教えて欲しいものだ。
「おい、生きてるか?」
「死んでいたら返事などしない」
雑魚との戦いをいちいち語っても面白くもない。エリナとそんなやり取りをしながら、二階の通路を駆け抜けて三階に駆け上ると、そこは打って変わって静かな場所だった。ただ、一直線の廊下が続いている……が。
「エリナよ。お前なら分かるだろう?」
強烈な寒気を覚え、私は思わず身震いしてしまった。
「ああ、これほど強力な霊気はそうそうないな……」
オオカミ状態のままで、エリナはゆっくり歩みを進める。廊下には不自然なほどの絵画が飾られており、それがかなり不気味である。
「絵に近づくな。強力な霊力を感じる」
エリナが警告してきた。
「分かった、気を付けよう……」
通路をゆっくり進むうちに、ふと気が付いた。絵に描かれた人物の目が、こちらを追って来ている気がしたのだ。
試しに少し戻ってみると、やはり追いかけてくる。これはなかなか楽しい。
「こら、何をしている。魔物で遊ぶな」
私の頭にゲンコツを落とし、エリナが鼻を鳴らす。
「いや、これはなんだ……すまん」
バツが悪いとはこの事か。やれやれ、これだから猫は……。本能には勝てんのだよ。
「全く……真面目にやれ。この気味悪い廊下を抜けてしまおう」
「分かっている。さっさと進もう」
不気味な絵画の視線を浴びながら、私たちは無事に廊下を抜けたのだった。
「生きて獲物を待つ魔物か……。話しには聞いていたが、見るのは初めてだな」
エリナがポツリとつぶやいた。
「私は何もかも全てが初めてだ。分かるやつがいるのは心強い」
私がそういうと、エリナは少しだけ顔を逸らした。
「ただ少しだけこの世界に長くいるだけだ。あまり当てにするな」
……照れてやがる。フン。
「大いに当てにさせてもらおう。さて、行こうか……」
私たちが廊下を抜け、階段へと辿り付こうかというときだった。明らかに異常な「力」が、行く手に収束し始めた。そして……。
「なんだ、あの緑の巨人は?」
私はエリナに聞いた。そう、目の前に立ちふさがったのは、出来損ないの人間のような姿をした、薄気味悪い緑の巨人だった。
「分からん。ただ、かなり強力な霊魂の固まり……言ってみれば『霊ゴーレム』か」
……なんだその奇っ怪な呼び名は。まあよい、霊関係はエリナの専門だ。物理攻撃が効かないのなら、私の出る幕などない。
「かなりの相手だぞ。お前は避ける事に専念しろ!!」
いつの間にか人間に戻ったエリナが、杖を片手に巨人と対峙する。霊関係は門外漢な私だが、それがかなりの力を持っている事くらいは分かる。
そして、戦いは始まった。先手を取ったのは霊の巨人だった。口から何か気色悪い光が吐き出され、エリナに向かって凄まじい速度でエリナに直撃しそうになったが……。
「フン!!」
「おわぁ!?」
エリナはその緑の物体を杖で弾き、急激に軌道変更。私に向かって飛んできた。咄嗟に身を伏せて避けたが……。
「今度から、やる前に言え!!」
全く危ない。あんな気色悪い緑の物体など食らいたくない。
「ああ、すまん。今度も行くぞ!!」
再び発射された緑の何かを弾き飛ばし、私は反射神経でその場を飛んで逃げた。
「おい、遊んでいないでなんとかしろ。なにかいいアイディアはあるのだろう?」
さらに三発ほど同じ事を繰り返し、私は少しキレた。いかん、冷静に。
「正直に言おう。ない」
「うぉい!!」
いかん。またペースが崩れた。
「……というのは冗談で、あるにはあるが準備に時間が掛かる。アイツの気を引いてくれないか?」
……コイツ。
「分かった。適当に暴れる。あまり長くはもたぬぞ!!」
私はそう言うと、あらゆる攻撃魔法を一斉にばらまいた。
「おい、でくの坊。狙いはこちらだ!!」
声を掛けて意味があるのかどうか知らないが、私は叫びながら様々な攻撃魔法を放ち続ける。効果がないので適当だ。
しかし、鬱陶しかったのだろう。緑の巨人の攻撃が私に向くようになった。陽動は成功だ。
ちらっと様子を伺うと、エリナが呪文を唱えている。頼むから早くして欲しい。
「……よし、いくぞ。伏せろ!!」
私は反射的に伏せた。瞬間、緑の巨人の動きが止まった。そして、分解してあっという間に小さくなっていく。
「強引に『蘇生』させたのだ。どこの誰か知らんがな」
エリナの言葉が終わると同時に、緑の巨人は音もなく消え去っていった。
「まあ、こんなところだろう。少々荒っぽかったがな」
エリナが杖を背中に背負い、ポツリと漏らす。
「ああ、全く。さすがに疲れたな」
ゆっくり休みたいところではあるが、そんな場合ではない。
「さて、行くか」
「ああ、魂と肉体が切り離されている時間が長いほど、元に戻せる確率も低くなる。急がなくてはな……」
隠していても分かる。エリナは明らかに焦っている。確かに、暢気にやっている場合ではないが……。
「お前、よく見ると美人だな。オオカミになった時の毛並みも美しい……」
これも今後のためだ。時にはこういうことも言うさ。
「ななな、なんだいきなり!?」
予想通り、顔を赤くしてエリナがパニクった。まあ、いいだろう。肩の力を抜くには。
「こんな時だからだ。肩に力が入りすぎているぞ。それではいい仕事は出来ない。ああ、ちなみに嘘ではないからな」
最後にそう言って、私は先に進んだ。
「馬鹿者、そういうことは場をわきまえて言え!!」
……照れているな。この上なく。
「なに、ちょっとした気分転換だ。さて、急ぐぞ」
私はエリナを置いて先に続く階段をを上り始めた。
「こら、待て!!」
慌ててエリナがすっ飛んで来た。
「ほう、お前もペースを乱す事があるのだな」
私はわざといやらしくそう言った。
「うるさい。当たり前だろう。私だって半分は人間だ!!」
……ふむ、いい感じで力が抜けたな。
「分かっている。だから言った」
私とて無駄な行動はしない。人間? などこんなものだ。
「なにか、おちょくられたような気分だが……まあ、いい。とにかく先に進もう」
階段を上り上の階へ。
すると、かなり汚れてはいるが、赤い絨毯が敷かれたフロアだった。
「明らかにいままでと違うな……」
私は改めて様子を探る。特に変わった感じはしない。今のところはな。
「さて、行こう……」
足を踏み出そうとしたその時だった。
「まて、止まれ!!」
私はストップを掛けた。
「どうした?」
エリナがつんのめりそうになりながら、声を上げた。
「なに、これは結界の一種だな。今解術するから待て……」
そう、当然のように目には見えないが(見える結界もある)、そこには妙な「力」の動きを感じたのだ。
「ん? なんだこの結界。こちらに害をなすわけでもなく、何かを守るものでもない。一応解術はするが、このまま通過してしまっても、特に問題なかったな」
程なく結界を解除し、私たちは廊下の奥へと進んで行った。障害はない。魔物も出なければ罠もない。
そして、一際大きな鉄の扉の前に付いた。軽く罠チェックしたが問題なし。鍵も掛かっていないようだ。不用心だが助かる。
「さて、行くぞ!!」
「ああ!!」
ドカンと扉を蹴り開け、私は無数の攻撃魔法を乱射した。本能が語る。ここがゴールだと。
「どわぁ、お前らちょっと待て!!!」
何かそこそこ歳がいった男の声が聞こえたが、私はシメのメガ・ブラストを叩き込んだ。
「痛いではないか……何をする。いきなり」
ほう、消えなかったか。なかなかのバケモノぶりだな。
「全く、我が名は『不死王 ドラキュラ』。今宵は獲物が三匹もかかるとはな。愉快痛快とはこの事だ」
「……」
「……」
いや、それはいい。そのくらいの方がいい。
なんなのだ。このどこかの着ぐるみのような、どうしようもなくユルく可愛い姿は……。何が起きた?
「エリナよ。これはそっちの微妙にずれた地球の存在か?」
可能性があるとしたら、それしかないと思ったのだが…… 。
「いや、さすがにあれはない」
だよな。ホッとした。
「……貴様らの言いたい事は分かっている。だから、言うなよ」
……面倒臭そうだな。聞くのはやめておこう。
「コホン。それで、なぜお前がここにいる。ドラキュラといえば吸うのは血液だろう?」
私はドラキュラと名乗る着ぐるみに問いかけた。
「なんだか偉そうな猫だな……まあ、よい。こんなフニャフニャのフザケた牙では吸血行為など出来るわけがない。そこで、色々考えたのだ。血液ではなく魂を吸ってみたらどうかとな。まあ、時間は掛かったが何とかその術を得る事に成功した。その途端、どこととも知れぬこの世界に飛ばされたが、何の問題もない。まあ、そういう事情だ。お前たちも仲良く我が体となれ」
……馬鹿野郎。
「メガ・ブラスト!!」
とりあえず挨拶だ。私は最大級の攻撃魔法を放った。
「のぉぉ!?」
翻したマントで私の攻撃魔法をあっさり弾き飛ばし、ただの着ぐるみでない事を示すドラキュラ。なるほど、見た目はともかくさすがにやるな。
「私が気を散らす。お前は召喚術で!!」
エリナがクロスボウを撃ちながら、鋭く声を飛ばす。
「分かった。やってみよう」
生半可な召喚獣では、呼ぶだけ無駄である。選択肢はない、バハムートだ。さて、仕事に掛かろうか……。
高位召還術はとにかく手間が掛かる。実戦では使いにくいが、やるしかない。
「超高速詠唱。あまたの……」
通常の三倍速で一気に呪文を唱え、三十倍の魔力消費と引き替えに放たれたのは、神竜バハムート。そして、吐き出された強烈な吐息によりボロい城ごとあらゆるものを消し去っていく。……そして、勢い余って森林地帯も巻き込み、辺りは焦土と化した……。
「あっ、ルーン!!」
地面に横たわったままのルーンを見つけ、エリナが駆け寄る。
「まずい、魂が弱りすぎている。今すぐ蘇生しないと……」
これは私では分からぬ。エリナの術を見るだけだ。
「ふぅ、とりあえず魂は無事だ。だが、しばらくは目を覚まさないだろう」
とりあえず、当初の目的は果たした。とりあえず、ぶっ壊れた馬車まで戻ろう。どのみちキャンプの予定だ。
「思いの外、濃い散歩だったな。アイツはどこへ行ったのやら……」
アイツが簡単に消滅するとも思えない。大体しつこいと決まっているのだ。
「そんな事はどうでもいい。とりあえず、戻る事が優先だ」
こうして、私たちはプチ探検を終えたのだった。
……アリスが今まで見たことがないくらい激怒したのは言うまでもない。
ちっ、融通が利かぬやつめ。
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