第44話 事件

「なあ、エリナよ。一つ聞くのだが、馬車に蘇生術は効かぬのか?」

 エリナが静かな視線を送ってきた。

「まあ、気持ちは分かるがな、答えはもう分かっているだろう?」

 草原をそよぐ風が心地いい。ここは私たちの村までもう半分ほどの距離といったところである。そこで車の左側車輪が外れて飛んだ。まあ、それだけなら、これだけ頭数がいれば何とかなる。しかし「孫の代まで使える」大量の物資のせいで、傾いた馬車の車体が勢いよく斜めに街道の石畳に突く刺さり、そのまま盛大に横転した。

 飛び散った物資の回収は大体終わったが、こういうときに限って誰も通らない。時間は多分昼過ぎだろう。明るいうちにレオポルトの村に着くためには、かなり厳しい状況である。

「いやー、参ったねぇ。これじゃここでキャンプだねぇ」

 なぜ人事なのだ。ルーンよ。

「いやもう、本当にごめんなさい。ちゃんと管理していれば……」

 アリスが謝りまくっているが、今さら怒る気にもならん。というか、謝ってどうにかなる話しではない。

 こういうときは……一家に一人、便利な国王だ。

「国王!!」

 私は召還術を使った。地面に描かれた魔方陣から、意味もなくポーズを取った国王が出現した。

「おう、久しいな」

 ただの挨拶なのに、いちいちポーズを決めるな。

「挨拶している余裕がないのだ。馬車が壊れてしまってな……」

 とりあえず、国王に用件を伝えた。

「なんと、それは難儀な。どれ、見せてみろ……」

 私は馬車の状態を国王に見せた。

「なるほどな。この馬車は残念ながら廃車だな。王宮に数台馬車が余っているはずなので、それを持ってこさせよう。三、四日掛かるが待っていてくれ。

「ああ、助かる」

 私は国王を元に戻した。それだけ日数があれば、徒歩でも村に到着すると思うが、この荷物を運ぶとなると、やはり馬車が必要になるだろう。結局、同じ日数が掛かってしまうなら、ここで待つのも一手である。

「アリス、話しは聞いていたな。テントを張れ。しばらくここで泊まりになるぞ」

 その間に、私は小さな石を置いて回る。もちろん、ただの石ではない。魔法石と呼ばれるもので、儀式魔法という大規模魔法に使う。呪文だけの魔法より強力だが、手間が掛かるのが難点だ。

 魔法石をキャンプ地全体に置くと、私は全力で呪文を唱えた。本来なら複数名で使う結界魔法である。私とてまた捕まるのは嫌なので、馬車だった残骸とキャンプ地を囲むように強固な「壁」を作ったのである。

「ひゃあ、さすがにスリーSレベルの使い手。これだけの結界を一人で張るとは……」

 ルーンが声を上げた。コンコンと結界の壁を叩いてみたりしている。

「なに、造作もない……と言いたいが、さすがに疲れたな」

 その間にもテントの設営が終わり、たき火が焚かれる。強力な結界の中ではあるが、空気はちゃんと通すので問題ない。まだ日も高いがこれ以上移動出来ないので、今日はもうやる事がない。

「うーん、暇ですね。隠し芸大会でもやります?」

 ……馬鹿か。アリスよ。

「よけい暇になるだけだ。さて、どうしたものか……」

 頭を捻ったところで、何か出るわけでもない。私は何気なく辺りを見回すと、すぐ近くの森に隠れるように、なにか城の尖塔のようなものが隠れるように見えた。

「あそこになにか建物があるようだが……アリス、地図になにかあるか?」

 ちょっとした暇つぶしに、私はアリスに聞いた。

「えーっと……特になにも書いていません。ただ、あの森に入る事自体が、王令で禁止されています」

 ……ほぅ、なかなか面白そうだな。

「よし、ちょっと探検するか?」

 私が提案すると、皆がそれぞれの反応をした。ルーンとエリナは概ね肯定的だったが……。

「ダメです!! バレたらただではすみません!!」

 アリスだけはいつものくそ真面目さを遺憾なく発揮した。

「なんだ、つまらんな。そんな事だから、いつまでも召喚術が仮免なのだ」

 フンと鼻を鳴らし、私はアリスのツボを突いた。

「召喚術と関係ないです。ってか、もう仮免ではありません!!」


召喚術士登録証(クラス:D---)


氏名:アリス・センチュリオン 性別:女 年齢:19 種族:人間


上記の者、召喚術士と認め、召喚術を行使する事を認める。


 なんと、「D---」だと? 今まで見たことがないような最低ランクだ。逆に凄い。まだ、仮免の方がマシな気がするが……。

「アリスよ。お前も召喚術士なら、ちゃんと勉強しろ。そんなランクでは……」

 アリスの笑顔が固まった。見る間に滝のような冷や汗を掻き始めた。

「い、いえ、勉強はしているんですよ。でも、実技が……」

「言い訳無用。私も実技はあまりやっていないが、ちゃんと結果は出している」

 そう言ってやると、アリスはその場に轟沈した。

 まぁ、私はちょっと努力したぞ。ほんのちょっとな。

「さて、アリスをからかっていてもつまらん。プチ冒険と行こうではないか」

 アリス以外の全員がうなずき、テコでも動かないという態度のアリスを置いて、私たちは森へと向かったのだった。


 森に1歩踏み込むと、明らかに空気が変わった。なんとも気味が悪い気配があちこちからする。

「知っているか? ある国では『猫は九つの命を持つ』と言われている。つまり、なかなか死なないということだ」

 空気に飲まれてはいけない。私はわざとポジティブな事を言った。

「でもこういう言葉もあるよぉ。『好奇心は猫をも殺す』って。九つ命がある猫でさえ殺すのが好奇心。怖いねぇ……ぎゃあ!!」

 余計な事をいうルーンに鉄拳ならぬ鉄爪制裁を加え、エリナがただ一つため息をついた。

「いたたた……。アリスちゃん、凄すぎるよ。よくこれに耐えられるねぇ」

 右頬にくっきり爪痕を残したルーンが、なぜか楽しそうに言った。どうにも、ペースがおかしくなるな。

「あのなぁ、ルーンよ。もう少し怒れ。私が望んでいるのはその反応だ」

 何を言っているのか、自分でもよく分からなくなってきた。

「でしょ? だから怒らなーい。私を攻略しようなどと考えなーい」

 クスクス笑いながらいうルーンに、私は戦慄すら覚えた。コイツに手出ししてはならぬ。それだけは分かった。

「あまりこの馬鹿は気にしない方がいい。先を急ごう」

 エリナの言葉に従い、私たちはさらに森の奥を目指す。

 どうと言う事はない森なのだが、やはり気持ち悪い何かを感じる。

「なあ、気のせいかも知れないが、なにか視線を感じないか?」

 すると、ルーンが一瞬驚いた顔を浮かべ、小さく笑みを浮かべた。

「なーんだ、気が付いていたんだ。怖がらせちゃいけないと思って、あえて言わなかったんだけどねぇ」

「私も似たようなものだ。どうにも薄気味悪いな。ここは」

 ……なるほど。皆が皆感じているなら問題無い。その正体を現状で突き止めるのは困難なので、私たちはとにかく先へと進む。すると、今にも崩壊しそうなボロボロの屋敷に辿り着いた。往年は豪奢な建物だったのだろうが、今は見る影もない。

「なるほど、ちょっとしたお化け屋敷だな……」

 エリナが目を細めながらつぶやいた。確かに、そんな雰囲気である。

「とりあえず、中に入りましょー」

 やたら元気よく古錆びた大きな門にルーンが手を触れた瞬間、辺り一面暴力的な閃光が包み、そして消えた。地面には倒れたルーンの姿……。

「おい、どうした!?」

 エリナと2人で慌てて近寄ると、完全に正体のないルーンと地面に血文字のような物があった。


『多くは語らん。屋敷の奥までこい。そいつの命は丁寧に預かっている』


「ルーンの魂が綺麗に抜かれている。それも、現代は禁術とされている『黒魔術』でな」

 彼女の様子を観察していたエリナがポツリとつぶやいた。

「……面白いではないか。喧嘩売った相手が、どんなものか見せてやろうではないか」

「うむ、せいぜい楽しませてもらおうか」

 ガシャッとクロスボウを構え、エリナがニヤッと笑った。ちょっと怖い。

「ルーンの肉体はどうする? このまま放置というわけにはいかないだろう」

 いくらなんでも森の中。さすがにこのままというわけにはいかないだろう。

「抜かりはない。どんな動物や魔物も嫌がるという、最強の臭い魔法薬を全身に塗っておいた。これで問題はない」

 エリナが胸を張ってそういう。確かに、猛烈な臭い空気が辺りに撒き散らかされている。これは、堪ったものじゃないな……。

「起きた時怒られるぞ……」

 意識を取り戻したときに、いきなりこんな有様ではぶち切れても文句は言えない。

「喰われるよりマシだろう。さて、行くぞ!!」

 エリナは慎重な足取りで屋敷の敷地内に入っていった。私は黙って付いて行く。

「さて……定番だな」

「ああ……」

 中庭にある一見すると石像。しかし、その実は……。

「……呪文省略。まとめて爆砕!!」

 私は攻撃魔法を放った。そう、これはガーゴイルという魔物だ。見た目はよく出来た石像のようだが、私とエリナの目は欺けなかった。

 石像のほとんどは粉砕されたが、魔法から逃れた数体が上空に舞い上がり、一斉にこちらに遅い掛かってきた。材質は石。普通の物理攻撃は通用しない。私は急いで次の攻撃魔法を準備したが……。

「どれ、ちょっと時間稼ぎしよう」

 ジャキっとクロスボウを構え、エリナは矢を放った。普通の矢なら弾かれて終わるが、今回の矢はあのオヤジ特製のものだ。こちらに迫ってきていた1体に命中し、粉々に砕け散った。その間に準備を終えた私は、向かってくる3体を攻撃魔法で粉々にした。

「連射出来ればいいのだがな……」

 先端のペダルに足を掛け、思い切り力を込めて弦を発射位置にしたエリナがつぶやく。クロスボウの弱点はこれだ。一発当たりの攻撃力は通常の弓よりも高いが、それと引き替えに再装填に時間が掛かるという、使い方が難しい武器だ。絶対にサポート役が必要になる。

「お前も『あっちの世界』から来たのなら知っているだろう。銃が発明されるまでは、攻撃力の上では最強だったと。使い方次第ではいい武器だぞ」

 前もちらっと言ったが、こういう事に詳しい奴と知り合いだったのだ。どこで仕入れてくるのか分からないが、武器・兵器関連方面に無駄に明るかった。

「使い方次第か……まあ、そうなのだがな」

 ガチャリとクロスボウを構え、エリナがつぶやく。

「さて、急ごう。あまり遊んでいる場合ではないからな」

「ああ、行こう」

 こうして、私たちは庭を抜け、屋敷の無駄に豪華……だったと思われる玄関のドア前に立ったのだった。

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