第43話 そして……
「おい……って、起きていたのか」
「はい、下であんな騒音出されたら、嫌でも起きますよ」
アリスが笑った。
「蘇生術の関係で霊の扱いは心得がある。任せて貰おう」
エリナが自信満々にそう言った。普段はどこか控えているので、こういう彼女は珍しい。
「ううう、私ってお化け関係は苦手なんだなぁ……」
ほぅ、珍しい事もあるものだ。あのルーン様の腰が引けている。
「よし、急ぐぞ。話しは大体聞いている。現場に行きながら説明する」
ある村はずれの墓地近くに、アリエスという名の17歳の少女が住んでいる。彼女は死霊術を使うため、村人からは嫌悪の目で見られ、定期的に暴走するそうだ。
自らを『ノーライフクィーン』と名乗り、墓地の死体や漂う霊魂を使って死霊軍団を作りって遊んでいるとの事である。
別に危害を加えてくるわけではないので、放っておいても問題はないのだが、気持ち悪いので駆除を行うのが通例となっているらしい。
「なんとなくだが、そのアリエスとやらが不憫でならんな」
走りながらエリナがポツリとつぶやいた。
「それは、私も思うが……まあ、事態を収拾しなくてはな。急ぐぞ!!」
村といってもそう広くはない。たちまち墓地に到着した私たちは、一瞬目を疑った。
「ほぅ、これは壮観だな……」
村の規模からして分かる通り、それほど広い墓地ではない。しかし、その全面を幻想的とさえ言える緑色の何かが大量に覆い、地上には先に話したゾンビや似たようなもので、スケルトンという動く骨格標本のようなものもいる。
「さて、取りかかろうか……」
エリナがうなずき、私の知らない呪文を唱え、私たちは燐光に包まれた。全員の防具が淡く光り、私以外の武器を持つ皆の得物が目映く光る。私の両前足もちゃんと光っている
「通常、ゴーストやリッチと言った実体のない霊体には、物理的な攻撃など全く効かないのだが、これで大丈夫だ……。蘇生の前段階に使う魔法の応用だよ。それにしても、なんだこの異常な霊密度は……」
それほど広くない墓地は、薄緑を色をしたバケモノのパーティー会場だった。
「見ているぶんには、なかなか幻想的だがな」
私は薄明るく光る両前足を見つめ。私は再び前を見た」
「行くぞ!!」
私たちは一気に墓地になだれ込んだ。
「私と飛び道具が使えるルーンは主にゴーストを、残りはゾンビやスケルトンなどを叩け!!」
……断じて腐臭を放つゾンビに、この手で触りたくなかったわけではないからな。断じて。
「ぎゃあ、来るな。気持ち悪い!!」
たまたま近くにいたゾンビを、包丁でみじん切りにするアリス。意外とやるな。
「ほーらよっと!!」
ルーンが放つナイフに当たった緑の一団が消滅した。むろん、私も仕事をしている。エリナはせっせと杖を振り、ほどなく私たちは墓地の最奥部に到達した。
「ほぅ、もうきたか。私はモガ!?」
エリスがなにか口上を述べようとした少女にツカツカ近寄り、その口にゾンビの体液混じりの杖先を突っこんだ。
「お前も死霊術士なら、蘇生術者がどれだけ嫌っているか分かっているだろう? ましてこんな無駄な使い方……。生きている者に蘇生術をかけるとどうなるか、知らぬはずはないよな?」
凄みのあるエリナの声に、少女は半泣きでコクコクうなずいている。
「あーあ、キレちゃったか」
ルーンが頭に手をやりながら言った。
「な、なんだ、あんなエリナ見たことないぞ?」
声すら掛けられないほど、異常なほど増大した怒気。これはエリナか?
「ああ見えて、エリナは唯一使える蘇生術に誇りを持っている。元々霊を丁寧に扱ってあるべき場所に戻す蘇生術士と、霊を乱暴にそのまま使役する死霊術士は仲が悪いんだけど、特にエリナは異常なほどその傾向が強いんだな……」
「あの、エリナさんが怖い事を初めているのですが……」
アリスの声に見るとその辺に落ちていたのか、ボロボロの縄で適当な立木に少女を縛り付けていた。少女はバンザイをするような格好になっている。
「なあ、知っているか? 死ぬ直前に苦痛を受けた霊魂は綺麗な色だそうだ。お前はどうかな?」
……ちっ、柄でもないが!!
私は思いきりエリナが杖を振った瞬間、少女との間に飛び込んだ。エリナは一瞬杖を止めてタイミングをずらしたが……甘い!!
「ぐっ……」
私の……瞬発力を……甘く見るなよ。着地後瞬時にジャンプする。
「先生!!」
アリスが声を上げるが、こちらはそれどころではない。フルスイングのエリナの杖を受けに受けて、少女に当たる事を防いだ挙げ句、私はもう限界を迎えた。
「なぜだ……なぜそこまで……そいつをかばう? これは私の問題だ……」
幸いな事に、こちらも限界だったようだ。肩で息をしながら、エリナが言った。
「ば、ばか……もの!! お前をかばっていたのだ……!! 気が付かないのか!?」
エリナはハッとした表情を浮かべ、慌てた様子でポカンとした表情を浮かべている少女の縄を解いた。
「……この村から去れ。その方が身のためだ」
私の高性能な耳が、少女にそっとつぶやいた声を聞いた。
「……ありがとう」
少女はそれだけつぶやくと、墓地から出てどこぞへと消えていった。
「さて、これはお説教だな。エリナよ」
「……はい」
完全に萎縮しまくっているエリナが、口調まで変えてそう言った。
かくて、村で定期的に起きていた「お祭り」はなくなったのだった。
「お前がキレた理由は聞かん。ただ事ではないだろうしな。しかし、あれはやり過ぎだ。少しは話すになったら聞くぐらいなら構わんぞ」
宿の部屋の床に正座している。全く、とんだポンコツだ。
「エリナさんにしろ先生にしろ無茶しすぎです。特に先生、頑張りすぎです!!」
アリスのキンキン声が耳に響く。うるさい。
「皆すまなかった。もし、先生のカバーがなければ、私はあの子を……」
エリナがポツリと言った。
「済んだ事はいい。ボコボコにされた甲斐があればな」
私が嫌みを言ってやると、エリナは黙ってしまった。体を張ったのだ。このくらい言っても良いだろう。
今回の私の行動は一石二鳥だ。普通に見ればあの少女を守ったように見えるが、裏を返せばエリナを守った事にもなる。あんな無益な殺生など私は望まないし、人の道にも反するだろう。まあ、私は猫だがな。
「すまん。相当な怪我をさせてしまった事だろう。回復魔法が使えれば……」
エリナが苦悩の表情を浮かべた。いい感じで薬は効いたようだ。しかし、痛かったぞ。全く……。
「気にするな。私が気まぐれに勝手にやった事だ。気まぐれだから二度はないぞ」
全く手が掛かるポンコツ三号である。
「ありがとう……」
エリナはそうつぶやき、そのまま黙り込んでしまった。
「……エリナはね。王宮魔法使いになったばかりの時、死霊術士に仲間を大勢殺されているんだ。蘇生出来なかった無念もあるし、人並み以上の恨みもあるんだよ。だからといって、今回はやり過ぎだし、先生の行動は賞賛すべきことだと思うよぉ」
ルーンが珍しくトーンダウンした声で言った。
……なるほどな。しかし、いちいちこれをやっていたら身がもたん。
「エリナさん……あの子、許せませんか? 霊を操っていただけで、暴れているわけではありません。過去になにがあったかは、今さっき聞きました。その時のエリナさんの気持ちは分かですが、あの子は別人です。全て同じに考えるのは狭量というものでうは?」
珍しくアリスはまともだ。こんな時もあるのだな。
「分かっているのだがな、体がいう事を利かないのだ……。確かに、今回はやり過ぎた。猛省している……」
エリナは肩をすぼめてそう言った。……よし、今ならいいか。
「そういう事で、そこで気配を消していても無駄だ。中に入ってこい!!」
「ひゃい!!」
部屋の入り口付近から感じる気配を見逃す私ではない。恐る恐るといった様子で、あの少女が部屋に入ってきた。そして、なにも言っていないのに、エリナの隣に正座する。
「お前……早く村から出ろと……」
エリナが声を掛けると、黒髪の少女は深刻な表情を浮かべた。
「村から出ても行き場所がありません。どうしたらいいか……」
「そこまでは面倒を見切れないな。この村にいられなくなったのも、めったやたらに死霊術を使ったお前のせいだ」
私はわざと突っぱねた。これは事実だ。
「それは……」
少女は黙ってしまった。
「どんな事情であれ、やってしまった事には変わりがない。もう結果を負えぬ年齢ではなかろう。自分で考え、行動しろ」
「……はい」
少女は力なく部屋から出ていこうとした。
「……王都ならエリナの名を出せば、そう悪くはされん。田舎暮らしがしたければ、少し先のレオポルトという村でアリスの名を出せばよい」
エリナがそう言って、少女に小さく笑みを向けた。
「あの、なんでエリナさん。そこでなんで私の名前を……」
アリスは無視しておこう。面倒だ。
「そういうことだ。あとは好きにしろ。留まるのも策のうちだ。自分で決めろ」
少女は何も言わず部屋から出ていた。
「エリナよ。こちらとしてはこれで解決だ。いい加減立て」
エリナにいうと一つうなずき、そしてこう言った。
「一つ問題がある。足が痺れてしまってな。はっきり言うと痛い」
「知らぬわ!!」
こうして、時間的に厳しくなってしまい、再びこの宿に一泊する事になった私たちだった。無論、トラブルは起きなかった。いつもこうありたいものだ。
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