第42話 先生回収

 洞窟の中では時間が分からないが、周りの動きで大体の時間は分かる。朝だな……と思った時、再び「お頭」が現れた。

「起きていたか。さすが猫の警戒心だな」

「……」

 言い返したかったが、舌が麻痺しているので出来ない。代わりに鼻をフンと鳴らしておく。

「そろそろ商会の連中が来るな。短い間だったが、またな」

 そう言い残して、お頭は去っていった。さて……

『アリス、起きてるか?』

 私は思念通話で話しかけた。

『寝ていません。昨夜から、ずっと洞窟の入り口付近で待機しています。もちろん、全員』

 ……よし、上出来だ。

『賊から買い手の商会に手渡された瞬間に仕掛けろ。引き渡した瞬間から、もう賊は関わってこない』

 これは私の直感だが、あの「お頭」は徹底的にビジネスライクだ。「商品」を相手に渡してしまえば、あとは手出ししてこないだろう。もし、読みをはずしたら……私は毒のせいで戦力にならない。最悪の事態になるだろう。それだけは起こらない事を祈るだけだ。

「よし、商会の馬車が来た。達者でな」

 お頭は私が入ったカゴのような檻を持ち上げ、洞窟の出入り口に向かった。そこには、いかにもという感じの、恰幅のよい仕立てがいい服を着込んだオヤジが立っていた。

「ほれ、コイツだ。今は毒が効いていて喋れないが、この首輪を取って30分も経てば元通りだ。確かに引き渡したからな」

 お頭が私をオヤジに引き渡した。その瞬間……。物陰から発射された攻撃魔法が、オヤジの馬車を粉々に吹き飛ばした。

「な、なんだなんだ?」

 そして、物陰に潜んでいた私の仲間が一斉に襲いかかる。

「お、おい、なんとかしろ!?」

 オヤジがお頭に言うが……彼はそのまま洞窟へと引き返していった。

「俺たちの仕事は、『喋る猫を捕獲すること』だ。やれというなら別料金になるが、あいにく仕事は前金でね。馬車を吹き飛ばされた今のお前は持っていないだろう?」

 ……よし、推測通りだ。

「グヌヌ……」

 そんなやり取りの間にも、アリスが私の入った檻を確保し、エリナとルーンが生き残ったオヤジの手下を次々に倒していく。最後にあのアリスが怒り任せの攻撃魔法でオヤジを粉砕し、事の全ては終わった。

『キャンプ地に戻れ』

 私が指示を出すと、アリスは皆に撤退の合図を出し、私たちは山頂へと戻った。

 一息つく間もなく、アリスは檻の扉をそこらにあった石で叩いて壊し、歩けない私を引っ張り出すと、首輪を外して思い切り抱きしめてきた。

「よかった。生きていて……」

『物騒な事を言うな。三十分は毒が抜けないらしい。少し待て』

『はい』

 それからの三十分は長かった。アリスは私を抱いて放そうとせず、ルーンとエリナにテントの片付け方などの指示を出すだけ。その間、1秒たりとも私を手放そうとしない。まあ、悪い気はしないが……。ひたすら「ごめんなさい」を連呼されてもな。そして、ようやく毒が抜け、私は動けるようになった。

「ふぅ、喋れるということは実にありがたい事だな」

 今回の件で心底思った。これで魔法が心置きなく使える。

「こら、アリスよ。『ごめんなさい』は一回でいい。あんまり言うとありがたみがなくなる」

 しかし、その勢いは止まるところを知らなかった。こういう点がアリスの弱さであり美点なのだが……。

「あはは、さすがに勝てないや」

 ルーンがちょっと寂しそうに言った。野暮なので、どんな話しをしていたのかは聞かない。

「アリス、いい加減この山を下りよう。準備も出来たようだし、行くぞ」

「は、はい……」

「いつまで落ち込んでいる。私はこうして帰ってきた。それでは不満か?」

 アリスはぐいっと涙を拭いた。その顔には笑顔が浮かんでいる。

「分かりました。行きましょう」

 アリスが馬車に乗り、ゆっくりと山道を下り始めた。途中にあの洞窟があるはずだ。なんとなく予測はしていたが、あの「お頭」が道の真ん中に立っていた。皆が一斉に戦闘態勢に入るが……。

「待て、用があるのは私だ」

 殺気全開の一同を止めて、私は馬車から飛び降りた。

「もし私に何かあったら逃げろ。絶対に戦おうとするな!!」

 それだけ言い残して、私は「お頭」に近づいていった。挨拶の言葉は要らない。しばし見合った後……。


『キン!!!』

 

 私が着込んでいる鎧に、お頭が抜き打ちで放って来た細身の剣が火花を散らした。

「ほぅ、噂に聞いた通りだな。今の一撃はお前の首を狙ったのだがな」

 お頭が静かに語った。

「なに、簡単な事よ。剣を見てから避ければいい。動体視力と身のこなしには、少し自信があってな」

 フンと鼻を鳴らす。まあ、ちょっとした挨拶代わりだ。

「では、本気で行かせて貰おう……」

 私は宙を飛んだ。そこを狙ってお頭の剣が突き出されるが、空中で体勢を微妙に変えて体勢をかえて避け、剣を突きだしたままのお頭の顔面めがけて右前足を振った。確実な手応えと共に左目を抉った。そのまま、顔面に蹴りを入れて距離を取る。

「なるほど、やるな……」

 血まみれの顔を押さえながら、お頭がニヤリと笑う。

「本気で行くといっただろう。勝負はあった、これ以上は意味がないだろう」

 私は右前足の血をふるい落として、静かにお頭を見やる。

「そうだな、意味はない。だがな、盗賊団の頭としては、負けは許されんのだ!!」

 全くの不意打ちでお頭は剣を振ってきたが、明らかに太刀筋が甘い。私は苦労せずその剣を避けた。そして、地を駆けて飛び、健在な方の目も潰す。理由はよく分からないが、掛かってくるなら応えるのみ。私は容赦はしなかった。

「……ふっ、ここまでか」

 両目を潰されたお頭は、そのまま山道から崖下に向かって身を投げた。

「フン、なにも死ぬことはあるまい……」

 私は馬車に戻った。

「行くぞ。早く帰宅して休もう」

「は、はい……」

 アリスは馬車を進めた。狭い山道をガタガタと下り、大事を取って山の麓にある小さな村に一軒しかない宿を取った。まだ日も高いが今日はここまでとした。全員の疲労を考ええれば当然の事だ。

 この世界の宿は大体二人部屋なのだが、ここは四人部屋が三部屋あるだけ。場合によっては相部屋の場合もありらしいのだが、首尾よく私たちは一部屋キープ出来た。もっとも、他の部屋は空き部屋だったが。

「へぇ、二段ベッドなんて学校の寮以来だねぇ」

 ルーンが楽しそうに言った。

「そうだな、懐かしいというかなんというか……どうせお前が上なのだろう?」

 エリナが口角を少し上げる。

「もちろん、二段ベッドといったら上でしょ上!!」

 よくは分からないが、そういうものらしい。

「やれやれ、変わっていないな。私とベッドの上段を賭けた、学食オールメニューコンプリート大会をやったのが懐かしいな」

 エリナが軽くため息をついた。

「またやる?」

 ルーンはエリナに問いかけた。

「やらんよ。もう、そんなガキじゃない」

 エリナは、二段ベッドの下段でささっと寝床作りを開始した。

「アリス、頼んだ」

 悲しいかな。猫にはこの作業が出来ない。アリスに頼むしかない。

「はい、今やりますね。ところで、上と下どちらにします?」

 アリスが聞いてきた。

「どちらでも構わん。任せた」

 私はアリスに返した。

「じゃあ……この梯子は人間用なので、下段にしておきますね」

 アリスが素早くベットベイクする。どこで覚えたのか、異常に手際がいい。

「はい、出来ました!!」

「うむ、自分のもやってしまえ。皆で少し散策でもしようか?」

 アリスは首を横に振った。

「このまま談笑しましょう。この村に見て面白いところがあるとは思えません」

 ……おいおい、住人が泣くぞ。

「分かった。昨日はゆっくりしよう。お前たち徹夜だったのだろう? ゆっくり寝るがいい」

 私はベッドに入った。といっても寝はしない。他の面子が寝息を立て始めた。

「ここ最近、どうも妙な話ばかりで疲れたな。そろそろ、強引にでもいつもの調子に戻さねば……」

 今の私たちはどうもおかしくなっている。色恋沙汰も大概にせんとな。

 しかし、珍しい。寝るのが仕事のような私なのに、全く寝付けない。滅多にない事だ。仕方なしに部屋を出て、受付前のロビーと言っていいのか分からない狭い空間で、ゆっくりパイプをくゆらせる。やはり、人の生き死にに関わったあとは、あまり気分のいいものではない。どちらに義があったにせよだ。

「やれやれ、私も歳を取ったな。前は気にすることもなかったのに……」

 1人つぶやき1人笑った。他に誰もいない。少々喋ったところで問題あるまい。ゆっくりとした時間の流れを楽しんでいると、宿に青年が飛び込んできた。

「アリエスがまたやりやがった!!」

 奥に引っ込んでいた宿の主人が出てきた。

「またかい。困ったもんだね」

 人の良さそうな顔の主人がカウンターの下から取り出したのは、巨大なチェーンソーだった。な、何が起きたのだ。いったい!?

「ああ、悪いね。お客さん。ひと狩りしてくるよ」

 爆音をまき散らすチェーンソーを肩にかけ、主人は宿の外に出て行こうとした。

「待て、そんな物で何を狩るのだ?」

 さすがにまずい気がして、私は主人を呼び止めた。

「なに、大した事ではないよ。ちょっとゾンビをな。こう、グシャッと……」

 ……ただ事ではないな。それ以前に、ゾンビを倒すのにあんなバカデカいチェーンソーなどいるか?

 ああ、ゾンビとはいわゆる生ける屍。色々種類がいるので一言では言い表せないが、積極的に襲いかかって来る奴から、ただ立っているだけの温厚なやつまで色々いる。

「私たちに仕事を依頼するつもりはないか? 報酬は払えるだけで構わない」

 こうして、私たちは滅多にない死霊軍団退治へと向かう事となったのだった。

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