第41話 捕らわれの先生

 夜になり、私たちは山頂でキャンプを張っていた。夜空には満天の星。下界では絶対に見られない光景だ。

「アリスよ。明日は帰らないか? もう気が済んだだろう?」

 私はじっとたき火を見つめていたアリスに、そっと声を掛けた。

「そうですね。取り乱してすいませんでした!!」

 アリスが立ち上がってペコリと頭を下げる。

「全くだ。こんなところまで来て……」

 アリスはいきなり私を抱き上げ、そのままたき火に当たった。なにか考えているようだが、それを伺い知る事は出来ない。まぁ、いい。今は放っておいてやろう。

 しばらくそうしていた後、アリスはポツリとつぶやいた。

「やっぱり、ルーンちゃんと付き合うのは断ろう。私は先生が好き。代わりにしたら申し訳なさすぎる!!」

 おいおい……!!

 時として、竹を割ったかのような勢いで、スパッと決断するのがアリスである。故意か事故か知らないが、私をたき火の中にブチ込み、そのまますたすたとどこかに行ってしまった。

「この馬鹿者!!」

 慌てて日の中から火の玉になって転がり出たところに、ルーンが大雨のような大量の水を降らす。肝心のアリスはどこ行った!!

「あはは、聞いちゃった。振られちゃったねぇ」

 ……顔が笑ってないぞ。ルーンよ。それ以前に、回復してくれるとありがたいぞルーンよ。

「ああ、振られたな。好きなだけ泣け!!」

 本気でどうでもよくなってしまい、結局私は自分で回復魔法を掛けた。どこいった、アリスの奴は。寿命前に殺す気か!!

「泣いていいの? 私はしつこいよぉ……」

 もう泣いてるではないか。馬鹿者。全く、アリスの馬鹿野郎が!!

「好きにしろ。恋愛事は私の守備範囲外だ。なにも出来ないし、やらないがな」

 私は珍しくヤケクソになっていた。もうこの色恋沙汰はうんざりだったのだ。

「なにもしなくていいよ。但し、勝手にあなたの体は使うよ。私の恋人奪ったんだからねぇ」

 知らん。好きにしろ。

 ルーンは私の体に顔を埋めて泣いた……アリスよ、どこに行った!! ええい、鼻をかむな!!!

「全く、揃いも揃って困ったものだな、お前らときたら……」

 呆れてものも言えん。これが恋愛というものなのか……?

「ルーン、そう短絡的に考えるものではない。本気なら一気にアタックだ」

 唐突にエリナが割り込んできた。おお、なんと心強い!!

「でも……」

 さすがにショックだったのか、ルーンが珍しく二の足を踏んでいる。

「ゴー!!」

 なんだ、今一瞬衝撃波と閃光が走ったぞ?

「はぃぃぃ!!」

 ルーンはアリスが消えたテントに突っ走って行った。

 残された私とエリナ異世界転移組で、自然と見張りを行う事になった。先ほどルーンがど派手に水を撒いたので、たき火が消えてしまった。新たに乾いた地面を見つけ、そこで火をおこす。そして、一応様子見も兼ねてアリスとルーンが入ったテントの側にもたき火を起こし、キャンプ地全体を囲むように「アラーム」の結界を張っておく。

「これでいいか。さて、我々はゆっくりしようか……」

「ああ、たまには「元の世界」の話しに更けよう」

 さすがにアリス、ルーンのテントの前は気が引けたので、改めて焚いたたき火の前にあった、手頃な倒木に二人並んで座る。私はパイプを口に咥えた。

「渋谷がどうとか言っていたな。ということは、我々は『同じ世界』からきたという可能性が高いな」

 私はそっと切り出した。

「ああ、恐らくそうだろうな。この世界に来てもう十年以上か……。住めば悪い所ではないものだ」

「十年か。我々の一生分だな……」

 長いようで短い。それが、我々の一生だ。

「なるほどな。短くとも、中身が濃ければそれでいいのではないか?」

 エリナが小さく笑った。

「そうだな。この世界に来た事自体、もうミラクルだがな。それだけで言う事はない」

 これ以上の事件はあるか? ただの野良猫が異世界だぞ? 何回生き返ってもこんなことは滅多にないだろう。これだけで十分だ。それなのに、今や召喚士で名うての魔法使いでもある。やり過ぎだ。

「ミラクルか。確かにな。こんな経験をする確率はコンマ以下だろう。最初は戸惑ったが、慣れてしまえばどうという事ではない。ああ、私は十五才でここに来た。今は二十五才だよ」

 ふむ、ほぼ我々の平均的な一生分だな。

「それにしても、まさか同胞に会うとは思わなかったよ」

 エリナは珍しく声を出して笑った。

「全くだ。孤独でないということがこれほど心強いとはな」

 私は小さく笑みを浮かべた。たまには人間に寄り添ってもいいだろう。ほんの少しだけな。

「それは私も同感だ。同胞がいるのは心強い。ただの猫ではないとすればなおさらだ」

 エリナは笑った。

「ちょっと特技が増えた猫に過ぎん。特に肉体的に屈強になったわけではなし、猫は猫だ」

 エリナはさらに腹を抱えて笑った。

「ちょっと特技か。なるほどな。バハムートや神まで召喚し、最強クラスの攻撃魔法を操るお前が言うと嫌みだぞ」

 それもそうか……。

 その時だった。「アラーム」がけたたましい音を立てた。望まざる客だ。

 言葉はいらなかった。私とエリナは同時に立ち上がり、テントの方に向かった。反応箇所がそこだったのだ。

「おう、来やがったな。異常に強い猫っていうのは。黙ってついてきてもらおうか。こいつらの命がかかっているぜ?」

 それは、いかにも柄の悪そうなオヤジと、アリスとルーンの首筋にナイフを当てているこれまた柄の悪い男が二人。倒せなくはないが……。

「いいだろう。まず、二人を離せ。でなければ、人質もまとめて吹き飛ばす……」

 たまには余興に興じるのもよい。この時はそう思っていた。

「分かった。おい、放せ!!」

 ルーンとアリスが開放された。ここで一発撃ち込むのが常だが、それでは芸がない。

「約束通り来てもらおうか。おい……」

 男の一人が私に首輪を付けた。

「簡単な魔封じの道具だ。暴れなければ、命までは取らねぇから安心しろ」

「フン、どうだか……」

 少なくとも、首にナイフを当てていうセリフではない。

 私は程なく小さな荷馬車に乗せられ、ガラガラと山を下って行く。てっきりそのまま山をを下りるのかと思いきや、その中腹で止まると、なんの変哲もない洞窟の前に止まった。

「下りろ」

 私は馬車から降りようとして、体の異変に気が付いた。力が入らないのだ。

「やっと効いてきたな。その魔封じの首輪にはヒソクラシンっていう猛毒が塗ってあるんだ。失敗すると即死だが、極少ない量なら全身の力が抜けるだけだ。量に苦労したんだぜ、猫に使うなんて初めてだからよ」

 男たちの一人がそう言った。私はこの時初めて焦りを感じた。魔法を封じられても体術があるそう思っていたのだ。しかし、これでは馬車から降りるのもやっとという有様だ。まずいな……。

「おい、そいつは商品だ。丁寧に運べ!! 筋骨隆々の男にそっと抱かれ、私は洞窟の奥に連れていかれた。どうにも汗臭いな。コイツ。

「お頭、捕獲してきましたぜ!!」

 そこにいたのは、目つきが鋭い男だった。……こいつ、できるな。

「ご苦労。『商品』はその檻の中へ。明日にはゴザレルス商会が来るだろう」

「はい」

 私は小さなカゴのような檻に入れられ。お頭と呼ばれた男の足下に置かれた。

「お前たちは下がっていい。この状態では喋る事もままならぬだろう」

 手下たちがでていき、私は「お頭」と対面する形となった。毒さえなければ、その好かした顔をグチャグチャにしてやるところなのだが……。

「ほぅ、この状況でも慌てぬか。さすが、噂に聞くだけの事がある。ならば、これからが楽しみだ。仲間思いの連中が放つ「探査」の魔法が、先ほどからしかとお前をロックしている。ここに来るのも時間の問題だろう」

 エリナかルーンか……。いずれにしても、このままではまずい。あいつらが勝てる相手ではない。

『アリス、聞こえるか?』

 私は思念通話を試みた。

『あわわ、先生。どこにいるんですか!!』

 予想通り、泡食ったアリスの声が聞こえた。

『どこかの洞窟だ。それより、今は追跡を待て!!』

 私はアリスにストップを掛けた。

『えええ、なんでですか!?』

 予想通りの反応が返ってきた。

『こちらは大事ない。お頭と呼ばれる男の前にいるが、コイツは相当腕が立つ。お前らでは太刀打ちできぬ!!』

『そんな事を言われても……』

 全く……。

『お前たちが殺されていく様を、目の前で私に見せたいのか?』

『……』

 アリスは黙ってしまった。

『案ずるな。明日商人に引き渡されるらしい。商人を狙え。この意味が分かるな?』

『……分かりました。今日は待機します』

 しばらくの間が空き、アリスの声が聞こえてきた。

『それと『探査』の魔法はやめろ。逆探知されているぞ』

『えええ、わ、分かりました!!』

 私も感じていた、妙な魔力の流れが消えた。

「おや、探す事を諦めたようだな。あるいは明日の夜明けを待ってか……賢い選択だな。夜の山など探すものではない」

 どうやら、思念通話で止めたことまでは、さすがに分からなかったらしい。

「さて、こんな仕事の上、名乗る事は出来んが命を奪うつもりはない。今夜はここでゆっくり過ごせ」

 お頭はそう言い残して部屋から出て行った。さて、どうしたものか……。

 こんな状況で寝られるほど、私は自信家ではない。かといって、満足に体も動かず魔法や召喚術も使えない。出来る事は待つ事だけだ。

 こうして、私の長い夜は過ぎていったのだった……。

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