第40話 エリナの秘密
馬車は馬に任せた速度でガタガタと街道を行く。手綱を操るアリスの隣にはルーン。それを背後から見守る私。周辺警戒に当たるエリナと、自ずと役割分担が決まっていた。
「左前、六十キロ先、スライム三匹!!」
エリナが叫ぶと同時に、私は攻撃魔法を放った。こいつらには物理攻撃は効かない。最弱といわれているが、実は意外と厄介な魔物だ。
遠雷のような音が聞こえ、全てが片付いた事を示す。肉弾戦は最終手段だ。出来ればこうして、相手に見つかる前に一方的に叩くのがベストである。
「さすがだな。スリーSクラスはダテじゃない」
エリナがポツリと言った。
「大した事ではない。誰だって訓練すれば出来るようになる」
これは自慢でも嫌みでもなく本当の事だ。
「お前が言うと本当に出来そうな気がする。不思議だな」
エリナがそう言って苦笑した。
「ただの猫が出来るのだ。出来ないのは練習不足だな」
これも本当の事だ。猫に出来て人間に出来ぬはずがない。魔法も召喚術も蘇生術も人間のものだ。
「そうでもない。これでもこの世界にきて相当練習したのだが、物になったのは蘇生術だけだった」
……今なんと言った?
「この世界?」
私の耳は聞き逃さなかった。まさかとは思うが……。
「使い魔召喚でここに?」
私の問いに、エリナはしまったという表情を浮かべた。
「これは誰にも内緒だぞ。私の本当の名前は「村瀬恵里菜」。色々あってチャーチル姓を名乗っている。使い魔召喚ではない。誰が呼んだのか分からないので、帰ることが出来んのだ。渋谷が懐かしい」
……なんと、世の中は何が起きるか分からない。エリナというこの世界では珍しい名前はそういうことか。
「これからは何と呼べばいい?」
私はエリナに聞いた。
「普通にエリナで構わん。今さらだしな」
まあ、確かにそうか……。
「して、エリナよ。「お約束」でこちらに来ると様々な能力は付与されるようだが、なにもなしか?」
私はエリナに聞いてみた。
「なにもない。まあ、強いて言えば蘇生術くらいだ。これは難しいらしいからな」
それはそうだろう。死者を生き返させる魔法など、私も知らない。
「十分立派な能力だと思うがな……」
引く手あまただと思うが……。
「そう言ってもらえると嬉しいものだ。なにせ、なかなか使う機会がなくてな。最近は、ちょっと増えたが」
エリナは自嘲気味に笑った。よく分からないが、苦労しているのだろう。
「しかし、ちょっと驚いたぞ。まさか、こちらの世界に「呼ばれた」のがもう一
人いたとは……」
「それはこちらも同じだ。しかも、猫だぞ。ほぼ最強の……」
……猫で悪かったな。
「さて、この話はここまでにしよう。ルーンに聞かれるとまずい」
エリナがそう言って、前方を指差した。二人とも完全にラブラブ状態だ。
「ああ、これは内緒にした方がいいな」
あまりこういう事は知られない方がいい。これは二人だけの秘密である。
「アリス、次の村が見えてきたぞ。通過するか?」
私は大きな声でアリスに声を掛けた。
「はい、まだ日も高いですし、次の村まで行っちゃいましょう!!」
私はなにも言わずカンテラを手に取った。高速進行の合図。すぐに許可の合図が返ってきた。私たちを乗せた馬車は村を通り抜け。続く街道をひた走る。
「この先にちょっとした山があります。それを越えて麓の村で一泊しましょう!!」
出たこのパターン。今夜は野営だな。
私はあえて何も言わなかった。言うだけ無駄だからだ。
馬車はガタガタと進んで行く……。
「これはもう、「山道」というよりは「山」だな。
私はため息をついた。馬車は比較的急坂をせっせと登っていた。例によって「ショートカットします!!」だ。そして、案の定迷っているまっ最中である。
「アリス、気持ちは分からんでもないが、たまには人が造った道を走るのも悪くないぞ」
「……」
アリスはなにも言わなかった。ただひたすら地図とにらめっこだ。
「この先に沢があるよぉ。迂回した方が良いと思うよ。言ったからね。私は」
横から地図を見ていたのだろう、ルーンが一言助言したが、アリスは聞く耳を持たなかった。そして、問題の沢が現れた。大した水量ではないが、こちらは馬車である、渡れるのか?
「突っこみます。どこかにつかまっていて下さい!!」
さすがアリス。やる事が大ざっぱでよろしい。
そして、水しぶきを上げながら、馬車は沢に突っこんだ。ガッタンバッタン馬車が跳ね回る中、沢渡りは成功した。
「みんな無事?」
アリスの声に、異口同音に答えた。
『一回死んでこい!!』
本気で死ぬかと思ったぞ。全く……。
「さて、みんな無事みたいだし、行くよ~!!
まあ、アリスが元気になったのなら、それでいい。湿っぽいのは嫌いだ。
こうして、私たちの馬車は道とは言えない道を突き進んでいくのだった。やれやれ……。
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