閑話

 長い冬も終わり春が訪れ、雪も消え去った頃……。

「気のせいか、村に見知らぬ連中が増えたな」

 私は隣にルーンを従えたアリスの肩に乗り、村の中を歩いていた。

「ああ、これは……」

「はい、『キャノンボール』の皆さんですね。今年は集まりがいいですなぁ」

 アリスのセリフを横取りしたルーンが、上機嫌で語る。

「なんだそれは?」

 聞き慣れるぬ事に、私はさらに聞いた。

「いつも春先になると始まる勝手に集まって勝手に始まる長距離レースです。この最南端の村レオポルトから、最北端の町ノースチェレンジャーまで一気に駆け抜けるんですよ。経路は自由、手段も自由。とにかく辿り付けばいいんです。まあ、非合法なんですけどね」

 アリスが答えた。ふむ、面白そうではないか。

「どうだ、一つ参加してみては。退屈しのぎにはなりそうだ」

 勝負とあらば私の血が騒ぐ。これも猫故だな。

「えー!!」

「ほほう、いいねぇ!!」

 アリスとルーンが同時に叫ぶ。

「ちなみに、参加資格なんて面倒なものはないよぉ。毎年建国記念日にスタートだから、ちょうど明日だね。ちなみに、当たり前だけど怪我と弁当は自分持ち!!」

 なるほど、これは楽しそうだ。

「アリス、さっそく準備しろ!!」

「ええー!?」

 こうして、私たちは無理・無茶・無謀なレースに参加する事となった。


 スタートとゴールは、1本の線になる。つまり、ひたすらこの線を辿るのが最速だ。

「大丈夫かな。ちゃんと整備はしたはずですが、なにしろ元がボロボロだから……」

 ガタガタと石畳を突っ走る馬車は頼りないが、これしか足がないので仕方がない。私たちは現在トップグループの最後尾辺りだ。途中の町や村は高速走行で切り抜けたが、どうしても邪魔なものがある。

「王城か……」

 そう、ルートの真ん中には城がある。さすがにこれは迂回……というのが普通の考えだ。しかし、私は違った。まあ、その時が来たらご覧に入れよう。

 馬車上では基本的に2交代で休憩と運転を回している。ルーンには悪いが、ここは馴染みのある私とアリスペア。ルーンとエリナペアだ。当然食事も寝るのも走行を続ける馬車の上。ノンストップでとにかく走り続ける。

「やはり、16頭立て馬車には勝てませんね。まさか、あんなバケモノが出てくるとは……」

 馬車を操りながら、アリスが汗を手で拭った。

「ああ、あれは手強い。しかし、あんなの町中に入れないだろう。どうしても迂回が必要なぶんまだチャンスはある」

 私たちは王都に接近していた。通常は3日掛かるところを1日で駆け抜けた。先頭を走る馬車群が一気に町を回避していく中、私たちの馬車はカンテラを4回横に振って、「最高速進行」の合図を出す。馬車に付いた王家の紋章がバタバタとはためいている。そう、これが第1の武器だ。王家関係は最優先だ。

 すると、町から「承諾」の合図が来る。想定内だ。まあ、拒否されてもぶっ飛ばすつもりだったがな。

「アリス、行け!!」

「はいい!!」

 おおよそあり得ない速度で、門を抜けて町の目抜き通りをひたすら駆け抜ける。そして、現れた。そびえたつ荘厳な建物。王城だ。立派なものだったが、今の私たちには障害物でしかない。さて、やるか……。

 私は呪文を唱え、そして叫んだ。

「バハムート!!」

 青白い光線が城に大穴をあけ、城の反対側まで通路を作った。これでよし。

「あわわわ、本当にやるとは……」

「手段は問わないのだろう。なにか文句あるか?」

 馬車は大穴の空いた王城を駆け抜け、再び普段は滅多に来ない、王城の反対側の目抜き通りを駆け抜ける。なんだか、キャノンボールっぽくていいだろう?

 町から出た瞬間、先頭を走る16頭立てと鉢合わせした。さすがにビビったようだ。ちなみに暗黙のルールで、お互いの攻撃行為は禁じられているらしい。

 1対16。さすがに馬力が違う。あっという間に置いて行かれた。他の連中などいい。アイツがターゲットだ。しかし……。

「もっと加速できんのか?」

「出来ればやってます!!」

 ……こればかりは、いかんともしがたいな。そのまましばらく進んだ時だった。追っていた16頭立てが立ち往生していた。

「止まれ!!」

 私はあえて強い声でアリスに指示を出した。

「はいいい!!」

 全力疾走していた馬車にブレーキが掛かる。ちょうど16頭立ての脇に止まった。立ち往生の理由はすぐに分かった。4輪ある中の1つがない。壊れたか、外れたか……。

「やっぱり16頭はやり過ぎたな。ハハハ!!」

 16頭立ての青年が笑い声を上げる。この明るさもキャノンボール的なのだろうか……。

「おい、車輪のサイズを教えろ」

 私は青年はニコニコ笑いながら言った。

「ああ、標準規格のSサイズだ」

 私たちの馬車と同じで、予備が2つある。

「エリナ、ルーン。予備車輪を1つ渡してやれ」

 私の一言に、辺りは一斉に「えっ?」と声を出した。

「ライバルがいなければ面白くないだろう。とっととやれ!!」

 私の声に押されたか、ルーンとエリナが車輪を1つ降ろした。

「手加減は無用だぞ。これはレースだからな」

「おう、助かったぜ。この恩はレースで返すからな」

 そして、私たちの馬車は走り始めた。最北端の町ノースチャレンジャー向けて。


 16頭立てを追い抜き、恐らく私たちがトップで爆走しているだろう。アリスと私は揺れまくる馬車上で食事を済ませ、軽く仮眠を取っていた。慣れとは怖いもので、こんな環境でもちゃんと寝られるようになってしまう。よし、時間だ。

「交代だ」

 私はアリスを蹴り起こし、エリナ・ルーン組と交代した。馬の癖なども把握しているアリスだ。さすがに速度が若干増す。

「先生、そろそろ馬を休めないとまずいかもしれません。さすがにこれは……」

 忘れてはいけないこれは馬車。当然馬がいるわけで……やむを得んな。

「次の町か村で1泊するしかないな。むしろ、よく1ヶ月ももったと思うぞ」

 そう、私たちは1ヶ月走り通しでここまで来たのだ。そろそろ馬車の整備も兼ねて、一時休止が必要だと思っていた頃だ。

「村が見えてきました!!」

 アリスが声を上げた。行く先には小さな村があった。勢いよく村に滑り込み、1軒しかない宿屋の前に止まった。じれったい気持ちだが、そろそろ休みは必要だ。

「エリナとルーンは、先に部屋に入っていてくれ。私とアリスは、馬車の整備をしてから行く」

「分かった。程々にな」

エリナがそう言い残し、ルーンを連れて部屋に入った。

「アリス、やるぞ」

 アリスに声を掛け、私たちは馬車の整備を始めた。今にも壊れそうだった車輪を換え、細かい補強やら何やらを行い、肝心の馬の具合を見る。特に問題はない、頑丈な馬だ。

「さて、私たちも部屋に行きましょう」

 私はアリスに抱きかかえられ部屋に入った。

「……寝ていますね」

「……ああ」

 先に部屋に入ったエリナとルーンは爆睡していた。やはり、馬車の上での寝泊まりは肉体的に堪えるものがあったのだろう。そういう私もクタクタだ。

「私たちも休みましょう」

「ああ」

こうして、私たちはしばらくぶりに休憩を取ったのだった。


 翌朝、太陽もまだ出ていない頃から、私たちは出発した。もはや、順位などどうでもよかった。目標は完走に変わっていた。とはいえ、全速力で駆け抜けている事に変わりはない。やれるだけの事はやる。それが私の信条だ。

「補強はしましたが、馬車がもつか分かりませんよ」

 ノースチャレンジャーの町まで最後の村を通過してから、アリスがポツリとつぶやいた。車軸が曲がり変な振動が出ているのだ。さすがに車軸のストックなどない。もう、馬車も人間も極限の状態だった。もってくれと何かに祈るしかない。

「見えてきました!!」

 アリスが指差す先には、ノースチャレンジーの町。ついにここまで来た。あとは、町外れの教会を目指すのみ。

 途中3台ほどに抜かれたが、もうそんな事はどうでもよかった。とにかく完走を……。

 そして、私たちはゴールした。順位? 野暮な事を聞くな。とにかく完走した。なんだ、この意味不明な達成感は。

「よう、あのときは助かったぜ」

 見覚えのある青年が近づいてきた。

「ああ、お前か。当然、トップで着いたのだろうな?」

 私がそう言うと、青年はピースサインを送ってきた。

「当たり前だろ。行ったはずだ。レースで返すってな」

 ……ふん、言いおるわ。

「おう、そのボロ馬車見たときはマジかと思ったが、完走しやがったな」

「やるねぇ。すげぇわ」

 ゴール組から次々と祝福の声が投げかけられる。これか。これがこの非合法レースの醍醐味か……。

「おっと、街道警備隊が来やがったな」

 誰かが言った・

「お前ら、毎年懲りずに……今年こそは」

 怒り心頭の警備兵に向かって、私は馬車の旗を示した。

「この者たちは護衛だ。急ぎの用事があってな。なにか問題でもあるのか?」

「うっ、その旗は……」

 警備隊のオヤジは、それ以上なにも言えなかった。そして、そのまま帰っていった。

「お前ら半端ねぇな」

 誰かがそう言った。

「帰りは安全運転でな。私たちはこの町でしばらく休憩する」

 人も馬車もボロボロだ。応急処置で済ませてあった場所も、しっかり直さねばなるまい。

 こうして、初参加のキャノンボールは幕を閉じたのだった。


……後日談


「はい、確かにボロ馬車に乗った4人組です。バハムートを呼べる召喚術士など限られています。ここは反逆罪を……」

「まあ、よい。すでに「復元」の魔法で直した。そうカッカするな」

 国王は悠然と構えて、怒りまくっている大臣を抑えた。

「全く、あの者たちは元気でいいのう。けしからんな」

 国王はポツリとつぶやいたのだった。

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