第38話 帰還

「色々世話になったな」

 翌日は国へ帰るという予定通り、私たちはニーナ隊長率いる護衛隊に送られ、再び港へやってきた。代表して挨拶すると、ニーナはピシッと敬礼してきた。

「今度はゆっくり遊びにでも来て下さい。それまで、隊員をビシバシ鍛えておきますので」

「……いい。お前らはもう十分以上に強い」

 敗戦の記憶も新しい。これ以上強くなられてたまるか!!

「では、またお会いしましょう!!」

「ああ、またな」

 ニーナに別れの挨拶を告げ、私たちは船に乗り込んだ。敬意を示す汽笛が鳴り、船は桟橋からゆっくりと離れて港を後にした。先に出航していた護衛艦隊と会合し、一路国へと向けた航海が始まった。

「帰りは長期間航海になるよぉ。海流の関係とかなんとか……」

「ああ。北西海流だな。行きはこれに乗って二週間ちょっとだったが、帰りは逆行する事になるから、場合によっては数ヶ月単位になるかもしれんな」

 エリナがすかさずフォローした。なるほど、数ヶ月か……。

 仕事も無事に終わり、帰りは気楽なものだ。ゆっくりするのも悪くはない。

「そういえば、エリナは半年という期限があったと思うが、ルーンはどうなのだ?」

 恐らくエリナと一緒だろうと思ってはいたが、ちゃんと聞いていなかった。

「うん、お姉様と一緒だよ。だけど、これを機に今までガードが薄かった南部地域にも、王宮魔法使いの支部を作ろうという話になっているんだぁ。もし実現すれば、初代所長はお姉様、私が副所長になる予定~♪」

ル-ンが楽しそうに言った。

「なるほどな。体よく、私とアリスの監視をしようということか。そんなに信用ないか……」

 私がそういうと、ルーンは一瞬だけ鋭い視線を寄越し、すぐに元のお気楽なものに戻した。

「冗談冗談。私たちからしたら昇進だよ。ペーペーから所長と副所長。「島流し」のようで違う」

 ……さすが、ポジティブシンキンキング。確かに昇進と言えば昇進だ。

「まあ、その辺りは私が知ったことではないな……。ところで、真面目に聞くのだが、本当にアリスの事が好きなのか? 邪魔なら使い魔契約を解除してもらって、どこぞで野良をやるが……」

 私は言葉の後半を低いものにして、エリナと談笑しているアリスにちらっと視線を送る。この程度なら、アリスに悟られる心配はない。

「私はこの手の事に関しては嘘をつかないって言ったでしょ。もちろん大好きだよ。でもね、あなたが邪魔なわけがない。今のアリスちゃんを作っているのは、あなたの存在が大きいの。もしあなたがいなくなったら、きっとアリスちゃんは壊れちゃう。その辺り、少し自覚して欲しいなぁ。蘇生術だって100%上手くいくとは限らないし、今度実弾で演習なんてやったら私が殺すよ?」

 うぉ、なんだこの殺気は!? 目が怖いぞルーンよ!!

「あー、その悪かった。出来れば、やる前に言ってくれ」

 全く、後出しで言うな。そういうことは。

「しかし、私は猫だ。寿命が人間とは違う。明らかに私が先に逝くと思うが……」

「そこはそれだよ。天寿を全うしたのなら諦めがつくよ」

 何が違うのか分からないが、あと五年も経ったら大往生だ。

「ふむ、グズグズ船に乗っている場合ではないな……」

 行きに船旅は楽しんだ。なら、帰りは超高速で帰ろうではないか。

「なにするの?」

 ルーンが聞くが、私は答える代わりに大きな声で言った。

「皆船内に入れ。どデカいやつをかます!!」

 アリスとエリナは即座に船内に入ったが、ルーンは私に張り付いたまま離れようとしない。その立ち位置、本来はアリスだぞ!!

「お前も船内に入っておけ。何が起こるか分からんぞ」

 私は召還術の呪文を思い出しながら、ルーンに言った

「だからだよ。さっきも言ったけど、死なれたら困るの!!」

 そう言って、ルーンは私の胴を両腕でガッシリ固めた。変だな。これアリスの役目では? さっきも言ったが……。

「勝手にしろ。行くぞ!!」

 私は呪文を唱えた。海面に巨大な魔方陣が浮かび、現れたのは海の神であるポセイドンだった。海面に立つ強面のモシャモシャ頭。

「か、神すら呼び出す……猫さん?」

 背後でルーンが何か言うが無視して、私は一回目の指示を出した。「北西海流の一時的な逆転」である。

「それ、無茶すぎるぅ!!」

 ええい、ピーピー叫ぶなルーンよ。相手は神だ。

ポセイドンは手にしていた三つ叉の矛を海面に突き刺した。それだけで、明らかに船の速度が上がったが……。

「ブースト!!」

 リバイアサンを呼ぶのも面倒だったので、そのまま思い切り海流を加速させた……。

「ほんげぇ!?」

 猛烈に加速した船について行けず、吹っ飛ぶルーン。私は慌てて前足を差し出し、それを何とか掴んだルーンだったが……

「痛いぞルーンよ!!」

「重いって言わないでねぇ!!」

 いくらなんでも、猫のパワーで人一人を支える事は困難だ。そのまま二人でズリズリと甲板後部の柵まで到達してしまい、もう後がない。そんな時だった。

「せんせーい!!」

 腰にロープを巻いたアリスがすっ飛んで来た。馬鹿者!!

 ドン!! と勢いよくアリスが体当たりしたお陰で、私の体は宙に浮いた。しかし、アリスはがっちり私の体をホールドしている。吹っ飛ぶことはなさそうだ。そして、恐ろしい力で引っ張られ始めた。アリスの体で見えないが、残っている人間はエリナしかいない。

 凄いな。人間二人と猫の重さを引いているのか、この加速の中で……。なんだ、ちゃんと使える能力を持っているではないか。馬鹿力という……。

 私たちはどうにかこうにか船内に収まると、いきなりアリスのゲンコツが落ちてきた。私とルーンに……。よほど怖かったのか、ルーンはまるで子供のように泣いている。

「なにやっているんですかもう!!」

 なにかもう……気持ちだけ正座である。ルーンが私に飛びついてきたが、そのままにしておいた。

「心配かけたな……」

 これしか言えぬ。

「全くもう!! いつも無茶しすぎです!! これだから先生は……」

 ……アリスのお説教は一時間ほど続いたのだった。


「……はやっ!?」

 一週間後、私たちを乗せた船は国へと帰ってきた。移動時間往復で約一ヶ月。アリスの話しによれば驚異的な速度らしい。文字通り神の力だ。

 船が桟橋に接岸すると、私たちはゆっくりと船から降りた。

「これからどうするのだ?」

 私が問うと、アリスが答えた。

「まずは王宮に行って、国王様に報告して……」

 面倒だな。

「国王!!」

 私は国王を召喚した。

「おう、どうした?」

 いつものフランクな口調で国王が手を上げた。

「行ってきたぞ。王宮まで報告に行くのが面倒でな」

 私がそう言うと、国王は笑った。

「相変わらずけしからんな。そこが気に入っておる。ご苦労であった。ゆっくり休め」

 私は国王を帰すと皆に言った。

「これでこの仕事は終わった。とりあえずアリスの家に帰ろうではないか」

 まだ雪が残る中、私たちはアリスの家に入った。

「ふぅ、やっと落ち着きました」

「うむ、なにか自分の家のような気がしてきたな」

 エリナがぽつりと漏らす。

「それ、私もぉ~」

 ルーンにまで乗られ、アリスはカラ笑いするだけだった。

「さて、私は寝るぞ……って、尾を持つな!!」

 いつもの窓辺に行こうとした時、ルーンが私の尾を持って引っ張った。

「アリスちゃんを落とすために協力しなさい」

 自分でやれ。興味はない。

「今、興味ないって思ったでしょ?」

 ……なに、猫のポーカーフェイスを見破っただと!?

「あなたの考えそうな事だもんね。でもね、あなたがいないとこの作戦は……」

「なんの作戦ですか♪」

 こそこそやっている私たちの上に注いだのはアリスの声。

「うおっ!!」

「のへぇ!?」

 わ、私の索敵能力を超えて隠密接近するとは……。いつの間にか腕を上げたな。アリスよ。

「いいですよ。ルーンちゃん。お付き合いしましょ。そんなこそこそやられたら、私も嫌ですから」

 ……え?

「はい?」

 ルーンが気の抜けた声を出した。

「はいはい、みんな休んで。疲れ取らないと明日が辛いですよ~」

「うむ、では部屋を借りるぞ」

 話しが進む中、私とルーンは今で硬直していた。

「ルーンちゃんもぼけっとしていないで部屋に行って。あっ、それとも私の隣がいい?」

 アリスは小さく笑った。

「お付き合い開始からの、超音速ベッドイーン!!」

 ルーンは鼻血を吹いてその場に倒れた。

「あーあ、刺激強かったかな。先生、介抱してあげて下さい。私はもう眠くて……」

 そう言って、アリスは自分の部屋に入った。残されたのは、私とルーンだけ。どうしろと?

「……とりあえず、回復魔法でもかけておくか。生きているみたいだしな」

 ダメだ眠い。魔法なんて使ったらよけい眠い。ダメだ……。

 私はそのまま、体をひくつかせているルーンの上に倒れ込んだのだった。

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