第37話 異国の風
国を旅立って二週間強、私たちはホルン王国の港に到着した。一年を通して、気温が二十度以上という気候のため、馬車に付けるのはソリではなく車輪だ。桟橋に馬車が下りると、アリスはさっそく作業を始めた。ちゃっかり手伝っているルーンも抜け目ない。
「しかし、暑いな……」
厳冬の雪原ばかり駆け抜けていた私には、この気温差はなかなか堪える。慣れてしまえばそれまでなのだが……。
「この国はいつ来ても暑い。半年に一度の合同演習で、まずやられるのがこの高温多湿だ」
私と一緒に馬車の足回り交換作業を見ながら、エリナがポツリとつぶやいた。
我々の祖先は砂漠に住むリビアヤマネコといわれていて、暑さや寒さには極めて強いが、この多湿という環境は苦手なのだ。
しかし、私とて「東京の猫」である。蒸し暑さには適応出来ているはずだが、それをしてもなかなか堪える。恐るべき湿度だ。
「ああ、言い忘れていた。この国は結構な軍事大国でな。うちの国より進化した武器を装備しているから、見ても驚かないようにな」
「誰に言っている。今さら驚かんよ」
むしろ、剣や魔法の方が驚く。銃等の方がよほど詳しい。なんで知っているかって? 縄張りを共有していた奴が妙に詳しくてな。色々話しは聞いているのだ。
「アリス。あとどのくらい掛かる見込みだ?」
ソリから車輪といっても、足回りの全取り替えに近い作業だ。そう簡単には終わらないだろう。
「そうですねっと、一時間以上掛かるかと」
ルーンは黙々と作業している。案外、いいコンビかもしれんな。
「まあ、致し方ないな。ゆっくり待つとしよう」
パイプに火を付けた時だった。桟橋に通じる道の脇にある茂みを突き破り、二台の四輪自動車が飛び出てきた。ドアや屋根すらなく、いかにもゴツい車体には巨大な機関銃が備えられている。普通に道からくればいいのにな。
それだけではない。気配は消しているが私には分かる。十二人か……茂みの中に隠れている。
「お待たせ致しました。ホルン王国へようこそ。私は特務中隊隊長のニーナ・ルクレルク中佐です!!」
ぱりっと言って敬礼する淑女に、エリナは無論私まで思わず答礼してしまった。恐るべき中尉だ。
「あなた方を王宮まで護衛する任を受けました。さっそく……」
「すまんな。馬車の車輪交換中でな。あと一時間は掛かるようだ」
ニーナの言葉を遮り、私はそう言った。
「なんと、それは大変。部下に手伝わせましょう!!」
ニーナがサッと手を振ると、フル装備の兵士たちがワラワラと茂みから現れ、一斉に馬車に取り付いた。その手際のいいこと……。
「あっ、今さら何だが、私が喋る事は驚かないようだな」
私はニーナに言った。
「はい、喋って踊って戦える猫殿の話しは、もう世界中に広まっていると思います!!」
……踊って? まあ、いい。
「世界クラスか。やはり凄いな……」
エリナがぽつりとつぶやく。まあ、喋る猫なんてそうそういないだろうからな。
「完了しました!!」
兵士の一人が報告してきた。さすがに早いな。
「では、準備をお願いします。我々が先導します!!」
再び敬礼し、ニーナは装甲車に飛び乗った。轟音とともに少し先に進んで止まった。私たちは馬車に飛び乗り、ゆっくり走り出す。その背後両脇を固めるのが屈強な兵士たち。装甲車と馬車はそこその速度で走っているのに、ザッザッザッと一糸乱れぬ動きで走ってくる。負ける気はないが、戦いたくはないな……。
「なんか、怖いですね」
「大丈夫だーって、毎年一度は顔会わせている連中だし」
御者台のアリスと、私と入れ替わったルーンが楽しそうに会話している。私は今までルーンがいた荷台の左側。私とて人の恋路の邪魔をするほど野暮ではない。なんてな。
「相変わらず練度が高いな。フル装備でここまで走れるとは」
エリナが関心したように言う。確かに、この動きは訓練されたプロそのものだ。
「ああ、大したものだ。見ていて気持ちよくなるな」
軍隊とはこうあるべき。そんな手本を見せられているようだ。
「そうそう、この部隊は特殊戦を得意とする部隊でな。一般の部隊より練度が高い。私たちも半年に一度、王宮魔法使い団と交流も兼ねて模擬戦をやるのだが、今のところ勝てた事がない」
「ほぅ、王宮魔法使いといったら、精鋭中の精鋭ではないのか?」
私はエリナに問いかけた。
「ああ、最精鋭だ。それが勝てない。恐るべき能力を持っている」
「面白いな。あとでお手合わせに願いたいものだ……」
まあ、そんな機会はないだろうがな。あっても怖いか。
「もう少しで王城に到着します。みんな準備を!!」
どうやら港からはさほどの距離はないらしい。遠くに大きな城が見えてきた。アリスの声で私たちは準備を開始する。といっても、軽く身支度を整えて預かった書簡の確認だ。どれも問題なし。
「こっちは出来たぞ。とっとと仕事を片付けよう」
私が言ったとき、ちょうど馬車は城に滑り込んだのだった。
「ほう、これはなかなかだな……」
国王との謁見の間に通された私たちは、皆が一様にかしずいて敬礼をする中、私は一人書簡を抱えて二本足で立っていた。
「ほう、喋れる猫というのはお主か。かなり腕が立つとも聞く。うちの精鋭部隊と模擬戦をやってもらいたいな」
国王は笑った。悪くはない提案だが、泣きを見ても知らんぞ。
「もうすでに正式な書簡が届いてるとは思うが、一応渡しておこう」
私は書簡を国王に差し出した。それを受け取ると、国王はニコリと笑った。
「これが本物の書簡だよ。裏の裏をかいたというわけだ」
……やれやれ、やられたか。
「なるほどな。さてこれで仕事は終わりだ。少しゆっくりしていきたい。近場の街はあるか?」
私はいつも通りに問いかける。背後に鋭いアリスの視線を感じるが、一切気が付かないフリをした。私の礼儀作法は猫流だ。
「ここの城下街は少し離れた場所にある。手間なのでこの城で疲れを癒やすといい。なに、空いている客室ほど無駄なものはないからな」
ここまでの旅でそれなりに疲れている。結局、私たちは国王の好意に甘えることにしたのだった。
全員分部屋を用意しますよとの事だったが、さすがに遠慮して一部屋だけにしてもらった。四人くらい余裕で寝られるベッドにシャワー付き。これで十分だ。
全員でウダウダしていると、部屋のドアがノックされた。
代表としてルーンがドアを開けると、そこにはニーナがいた。
「お疲れのところ大変申し訳ありません。実は隊内では「最強猫」とはどれほどのものか?という声が上がっておりまして……」
「回りくどい言い方はよせ。何人だ?」
私は短くニーナに聞いた。
「十二名です。使うのは実弾ですが、「カラーペイント弾」なので比較的安全です」
フン、ペイント弾だと。ナメているのか?
「通常の弾丸で構わん。いつやるのだ?」
「実弾でよろしいのですか? 分かりました。出来れば今日の昼ご飯過ぎでも。もちろん、仲間を一緒に……というのもありです」
私は思わずため息をついた。
「ニーナよ。猫というものは、単独で狩りを行う生き物だ。それに、目的は私とあらば、自ずと答えは出ているだろう?」
これは私のプライドだ。
「分かりました。さっそく手配します!!」
ピシッと敬礼すると、ニーナは部屋から出て行った。
「ちょ、なに考えているんですか!!」
いきなりアリスがツッコミを入れてきた。
「何をいう。猫とは本来狩りを行う生き物だ。戦いに生き戦いに死ぬのが宿命よ」
……すまん、言ってみたかった。
「しかしまあ、熟練の特殊部隊十二名相手に一匹か。燃えるねぇ」
ルーンが楽しげにいう。
「大丈夫だ。死んだら即蘇生してやる」
エリナ、怖い事を言うな。
「まあ、何にしてもちょっと遊んでやるさ。最近、暇だったからちょうどいい」
「遊ばれないようにな。相手はプロだ」
エリナが余計な事をいう。フン、分かっている。
これが、予想以上にハードな戦いになるとは、私も全く想定していなかった。
タタタタ……!!
「ちっ」
山林のどこからか撃たれた銃弾を伏せてかわす。私たっての希望で実弾だ。文句は言えない。
最初は簡単だった。あっという間に4人を片付け、楽勝かと思いきや、残りはなかなかやる連中だった。気配を消し、撃つ瞬間だけちらっと殺気をみせ、再び森林の中に消える。
それにしても、巧みにどこかに誘導されている気がする。射撃も際どいが、「撃ち殺してやろう!!」という感じではない。なにかこう、別の意思を感じるのだ。っと!!
「またか!!」
さっと伏せてかわす。思うのは後だ。こちらも探さねば。魔法の使用はつまらないので禁止にしてある。まさか、自分の首を絞める事になるとはな……。
私の「感覚」は嗅ぎつけた。近くに狙撃手がいる!!
「フン!!」
ターン!!
私が地面を転がって避けるのと、一発の銃声がしたのは同時だった。全くどこにいるのか見当もつかない。射線すら読めないとは恐るべきヤツらだ。
気が付けば、私の全身の毛が逆立っていた。良かろう、こちらも殺す気で……。
ターン!!
「ちっ、移動だ……」
とにかくこの場は危険すぎる。私は下生えの中を突っ切り。そこだけ、すっぽり木ない広場のようになっている場所に出た。その瞬間。
『フリーズ!!』
全く同タイミングで、7個の声が聞こえた。
立ち上がって辺りを見回せば、ピタリと銃口をこちらに向けた兵士たちの姿……。
そう、キルゾーンに上手いこと誘導され、自ら突っ込んだのである。私は前足を上げ降参の意を示した。こうして、私はこの世界に来て初めて負けた……。
模擬戦が終わればただの人。参戦していた兵士たちと共に、私たちは野外でちょっとした交流パーティーを行っていた。
「しかし、お前ら本当に強いな。気持ちいいくらいあっさり負けた」
私は手近にいた兵士に声を掛けた。
「いやいや、あっさりではないですぞ。最初は非武装の猫を相手に、どう戦っていいものかという迷いがあったのですが、4人やられた段階で意思が固まりました。失礼ながら、もっと楽に倒せると思っていたのですが、あそこまで粘られるとは……」
本気で驚いた様子で兵士が言った。
「負けは負けだよ。言い訳はしない。訓練の賜だな」
身長的な問題で肩まで届かないので、膝をポンと叩いて称えた。
「あーもう、心配でしたよ。先生の身になにかあったらどうしようかと……」
「フフフ、アリスってば半泣きだったもんねぇ」
アリス・ルーンコンビが、そんな事を言ってきた。
「アリス、お前も私の主なら、笑って構えるくらいの事をしろ」
「……無理ですよぉ!!」
あっ、泣いた。まあ、気が優しいのはアリスの数少ない美点ではあるが、気が弱いのは困る。
「蘇生術を使うチャンスがなくて残念だ。最近は蘇生ばかりだから、期待していたのだがな」
……真顔で言うな。エリナよ。
「さて、みんな楽しんでね。まだまだ食事もお酒もあるから!!」
ニーナが叫ぶなか、パーティーは和やかに進んで行くのだった。
「よし、作戦開始だ」
私の声にルーンが黙ってうなずく。時刻は深夜。旅疲れかパーティー疲れか知らないが、私とルーン以外はすっかり寝ている。
「掛かれ!!」
声と同時に飛び上がり、アリスの顔面をバリバリ引っ掻く。
「ぎゃぁあ!?」
悲鳴を上げて飛び起きたアリスに、ルーンがしがみついて……まあ、いいか。あんなことやこんな事をして遊んでいる。やれやれ。
「ちょっと、先生。たすけムギュ!?」
「フフフ、やっぱりアリスちゃん可愛いなぁ」
……あーあ、知らんぞ。勝手に遊べ。
「せんせい!! そういやなんで引っ掻いたんですか!?」
……ちっ、覚えていやがったか。
「なんだかエンジョイしているお前がムカついたからだ」
フフフと笑ってみる。イマイチだな。
「エンジョイって、これがですかぁ!?」
纏わり付くルーンを何とか押しのけながら、アリスが半泣きで叫んだ。
「他の何がある。まあ、二人でじっくり楽しめ……うん、なんだ!?」
私の体の自由が突然利かなくなった。
「フフフ、私もうっかり忘れていましたが、先生って私の使い魔なんですよね……」
アリスの笑みが凄まじく怖い。
「これ、やりたくなかったんですけど、先生がそういう態度なら私にも考えがあります。先生、ルーンちゃんを『寝かせて』下さい」
ぬぅ、体が勝手に動く。そして、私の必殺ドロップキックが、ルーンの後頭部にまともにめり込んだ。声も上げず、そのまま気絶したルーン。私が悪いわけではないぞ。恨むならアリスを恨め。
「ありがとうございます。先生。今後もよろしくお願いします」
完全に意識がないルーンをそっと自分の隣に寝かせ。アリスは再び眠りについた。
明日にはまた帰りの船。今日はゆっくり寝よう。そうしよう。
「なぜ寝てるだけで頸椎が折れるのか、これは興味深いな……」
蘇生術の前処理をしながら、エリナがポツリとつぶやいた。
私の必殺ドロップキックでぽっきり折れた……なんて言えるはずもない。
「まあ、いい。私は蘇生が出来ればそれで幸せだ。いくぞ」
「……」
「……」
すまんな、ルーン。苦情はアリスに言ってくれ。
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