第36話 恋バナはいつもメガトン級

 私たちの艦隊はホルン王国へ向けて順調に進んでいる。魔力動力なので燃料補給不要。私の世界でいえば、原子力動力のようなものか。今のところ、護衛艦の出番はない。いい事だ。

 私は前部甲板のベンチに座り、流れゆく光景を見ていた。まあ、どこを見ても海だがな……。

 ん?

 私はその場から飛び退いた。ダダダダとナイフがベンチの座面に突き刺さった。

「ありゃ、やっぱり避けられたかぁ」

 フン、ルーンだ。物陰から私を狙うとはいい度胸だ。

「いい加減ナイフが勿体ないだろう。やめておけ」

 私はベンチに刺さったナイフを見てため息をついた。投擲用ナイフは再利用が出来ない。しかも、それなりの値段がするので、やたらとばらまいていい物ではない。

「これ在庫処理。新調したあのナイフは使ってないよ。勿体ないから」

 そう言って笑うルーン。全く……うぬっ!?

 私はその場に伏せた。その頭上を高速で何かが通過し……。

「はぐっ!?」

 ものの見事にルーンの腹に矢が3本命中し、彼女は倒れた。

「ああ、やっちまったな」

 物陰から現れたエリナが急いで倒れたルーンに駆け寄り、無理矢理刺さった矢を引っこ抜いて蘇生を試みている。なんで、私ばかり狙うのだ。

「ふぅ、ちょっと焦った」

 かなり焦ろ。全く……。

「うーん、お姉様の熱い一撃。確かに受け取りました」

 起き上がるや否や、ルーンがエリナにそう言った。エリナは無言でクロスボウを構えた。

「ゼロ距離射撃だ。コイツは利くぞ……」

「怒ったお姉様も素敵です!!」

 エリナはその場に崩れ落ちた。フン、負けたな。

「私に勝とうなど10年早いですよ。お姉様」

 ルーンがおてんばなガキのごとく、えへへと笑って見せる。

「全く……」

 クロスボウを杖にして立ち上がり、エリナは立ち上がった。

「まあ、そう珍しい事ではない。私のいた世界ではな……」

 同性同士で仲がいいを越える。さして珍しい話しではない。私は別に否定しない。この世界の常識は、分からんがな……。

「そういえば、アリスさんからちらりと聞いているのですが、あなたはこの世界の猫さんじゃないんですよね」

 ルーンが興味津々といった感で聞きた。エリナも興味はあるようだ。よかろう、暇つぶしにはなるか……。

「ああ、この世界の猫ではない。あっちでは普通の野良猫だった。車……って言ってもわからんか。まあ、馬車みたいなものだ。それに轢かれて死んだ瞬間、たまたまアリスがこちらの世界に呼び込んだ。そうしたら、なぜか無敵の猫になってしまったのだ。野良猫としては、これほど愉快な事はない」

 2人とも黙ってしまった。そんなにシリアスな話しだったか?

「あの、元の世界に未練は……」

 ルーンが珍しく神妙な面持ちで聞いて来た。

「ないと言えば嘘になるが、今はこちらの世界での生活に満足している。猫というのは居心地のいい場所にいたがるものだ」

 元の世界にいたら、こんな大冒険はなかっただろう。縄張りから出たくないのが半分、好奇心が半分だ。我々はそういう生き物である。

「そうですか……良かった。どこにもいかないでくださいね」

 それはアリスのセリフだろうと思った時だった。タイミング良くポンコツが現れた。

「どうしたんですか。みんな総出で……」

 アリスが不思議そうに聞く。

「うん、猫さんに色々聞いていたんだなぁ。使い魔に欲しくて」

 冗談めかしてルーンが言う。

「ええええ、ダメですよ!! 先生は私のものです!!」

 ……いつからお前のものになった?

「アリス、そう言うならせめて召還術の仮免を卒業しろ」

 私は冷たく言い放った。

「えっ、まだ仮免だったんですか?」

「これは驚きだな。これほど強力な使い魔がいるのに。

 ルーンとエリナに言われ、アリスは見事に撃沈した。

「どーせ私は仮免ですよ……」

 やれやれ、鬱陶しい。私はアリスを無視した。

「この仮免は放っておいて、まだ聞きたい事はあるか?」

 私はルーンとエリナに目を走らせる。

「そうですねぇ。どこで召還術を覚えたんですか? Sランなんてそうはいませんよ。あと、魔法もスリーSだし」

 なるほど、やはり気になったか。

「全て独学だ。書物を読んで研究したに過ぎない。ランク分けなど気にしたことはないな。あれは人間の尺度で勝手に決めたものだしな」

 私はパイプを取りだした。大した話しではない。

「うわっ、勝ち組発言!!」

 ルーンが声を上げる。これ、勝ち組なのか?

「まあ、どうあれ、私としてはアリスを虐めるネタが出来て楽しいがな。面白いくらい落ちる」

「……先生。殴っていいですか?」

 私の答えなど聞かず、アリスが立ち上がりざまに一発パンチを繰り出してきた。しかし、甘い。半歩ほど下がるとその腕は空を切った。

「くっ、不覚……」

 アリスはヨロヨロと立ち上がった。私を殴ろうなど10年早い。

「さてと、朝飯でも食うか。そろそろ出来た頃だろう」

 私は3人を引き連れ、食堂へと向かっていった。まあ、平和な日である。


 異変が起きたのは、その日の午後だった。いつも通り昼寝を楽しんでいると、船に警報が流れた。


『船長より各員へ。所属不明の不審船が接近中、船内にて待機願います』


 ほう、やっと事件が発生したか。当然、船内に待避などしない。見ると、前方から巨大な船が接近してきた。

「今時帆船で木造ですか……珍しいですね」

 いつの間にかアリスが横に来て解説する。

「馬鹿者、よく見ろ。あれは最近作られた船ではない。そして、マストのてっぺんを見ろ」

 私が前足で示した先には、おなじみのあのマークがあった。海賊である事を示すドクロマークが……。

「か、海賊が暴れていたのは100年近く前の事です。これはまた……」

「また『時の忘れ物』だな」

 アリスと私が顔を見合わせた瞬間、護衛の戦艦や駆逐艦が砲撃を始めるが、相手の船にダメージはない。砲弾がすり抜けてしまうのだ。

「なにか、嫌な予感がするのですが……」

 アリスの声は現実になった。時代遅れの海賊船はこちらに横腹を向け、一斉に砲撃を開始した。しかし、砲弾が命中してもなにも起こらない。まさに幻だった。

 私は手近にあった船内通話器で操舵室を呼び出した。

「あれは、言ってみれば幻だ。攻撃するだけ無駄だぞ。今から召還術を使うのでなるべく距離を開けてくれ」

『承知しました』

 受話器を元に戻し、私は召還術の準備に入った。

「デス!!」

 現れたのは、全身白骨の禍々しい姿をした、子供が泣くレベルのバケモノだった。その手には巨大な鎌を持っている。

「そ、それ、禁術……」

 アリスがなにか言ったが、それを無視して私は「デス」に命令を送る。素早く幻の海賊船の上まで飛ぶと、その大鎌で船を真っ二つに切断した。すると、海賊船はスッとその姿を消し、再び海は平静に戻った。

「先生、今のはヤバいですよ。あれ、モロに禁術なんで……」

 アリスが慌ててそう言ってきた。……ふん。

「人間の作った法など知らん。アイツは魂を刈り取る。これ以上はない適任だと思うが?」

 私はアリスにそう返した。禁術である事くらい私も知っている。しかし、だからどうした? 必要な時に必要な魔法を使っただけだ。

「それはそうですけど!!」

 アリスよ。落ち着け。

「なら、問題あるまい。誰に迷惑をかけたわけではないしな。そもそも禁術という考えがおかしい。人に害がある魔法が全てダメなら、明かりの魔法さえ禁術だ。要は使う者次第なのだよ」

 屁理屈ではあるが事実でもある。魔法や召還術などいかようにも使える。禁術指定など意味がない。

「いや、そういう問題では……」

 アリスがなにか言いかけたが、

「では、どういう問題だ?」

 ここは一気に畳み掛ける。

「禁術を使ったら死刑ですよ? ヤバいです!!」

 アリスが冷や汗ダラダラで言った。なんだ、そんな事か。

「人の法で猫を裁けるのか? 人間も暇だな」

「うぐっ……」

 アリスは沈黙した。

 再び隊形を組み直し、船はゆっくりと前進を開始した。

「さっきの何だったんでしょうねぇ」

 ルーンが軽い口調で言ってきた。

「そうだな……過去の亡霊とでも言っておこうか。私とアリスはどうも奇っ怪な事に好かれてしまっているようでな。もうあのくらいでは驚かん」

 実際、あんなもの子供だましのアトラクションに過ぎない。今までのものに比べればな。

「へぇ。面白そうですねぇ」

 私はそんなルーンにあの航海日誌を差し出した。

「読んでみろ。楽しいぞ。私とアリスはこういう修羅場を抜けてきている」

「これ、グリモニック号の航海日誌じゃないですか!!」

「なんだと?」

 ルーンに続きエリナが反応した。2人揃ってこういうのは好きか。

「……これ、本物ですよ。偽物でここまで詳細には書けません」

「当たり前だ。持ってきたのだから」

 私は航海日誌を奪うように取り上げ、小さくポケットを開いて片付けた。

「とまあ、こんな感じだ。お化け海賊船なんて可愛いものだ」

 この話しはここでおしまいだ。大騒ぎするような事ではない。

「猫さんたち熟練の冒険者だったんですね……」

 ルーンの言葉に私は笑った。

「冒険者ではない。なぁ、アリスよ」

 私が話しを振ると、小さくうなずいた。

「はい、冒険者登録もしていませんし、一介の召喚術士見習いです」

「そういうことだ。まあ、そのわりには、色々回っているがな」

 ルーンの目が見開かれた。

「なんと、冒険者ではないと。それで、こんな依頼が流れてくるなんて、やはりただ者ではありません!!」

「ただ者でいたいのだがな……」

 私は小さくため息をついた。


 出航してから、どれくらい経った事だろうか。

 大洋の中心付近は荒れるらしく、若干はずれた西方航路という航路を辿っているらしいのだが、それでも荒れた。鉛色の空からは大粒の雨が叩き付けるように降り、強風が吹き荒れる中の海。こんな日に甲板には出たくないので、私たちは部屋の中にいた。

 私は猫なので勘定に入れず、女3人集まればやはり恋バナ。興味ない……というか、私には理解出来ぬ話しなのだ。悪しからず。

「そういえば、アリスちゃんって好きな人いるのぉ?」

 ルーン攻撃隊による日常会話からの急降下爆撃!! 爆弾はアリスに着弾した。

「え、ええっ、そ、そんなの、いませんよ!!」

 なぜにちらっと私を見る。やめておけ、猫に惚れても応えられん。

「あー、やっぱり猫さんですかぁ。シブくて格好いいですものねぇ」

 ルーンがアリスをからかう。あのなぁ……。

「ち、違います。先生はあくまでも先生です。それ以上ではありません!!」

 よく言い切ったアリスよ。あとで猫缶1つくれてやろう。

「そういうルーンさんはいるんですか!!」

 出たな恋バナクラスター爆弾。こうやってまき散らかるのだ。

「さんは付けないでいいよ。気持ち悪いから。私が好きなのは、当然お姉様……」

 シャキっと音がして、エリナがクロスボウを構えた。

「おい、エリナ。恋バナに武器禁止。しまえ」

 私が言うと、不承不承エリナは武器をしまった。

「すまんが、私はお前の事を友人か妹にしか思えん。そういう感情を持ってもらえるのは……まあ、ありがたいが」

 心底困ったというように、エリナはつぶやいた。

「ありがたいですと!? ならチャンスはあるんですね。私、頑張ります!!」

 ルーンのテンションが上がった。何を頑張るのかは知らんがな。

「よせ、ルーン。私は恋愛などする気はない。不毛だからやめておけ」

 心持ち赤面させながらも、エリナはサバサバとそう言った。

「そういうクールなところが魅力なんだけどなぁ。いかにも女の子女の子したの嫌いだし」

 ニコニコ笑顔のルーンが、私に向かってナイフを投げてきた。さっと避ける私。

「さすが、私が見込んだだけの事はある」

「あの程度避けられない方がおかしい。いいから黙って話しをしてろ」

 ……全く。

「実は、アリスちゃんも狙っているんだよ。エリナは手が届かない永遠の憧れ、だけど総合的に考えて、普通に付き合うならいいなぁって、気がついてた?」

「ほけぇぇぇ!?」

 アリスよ。なんて声を上げる。しかし、これは驚いた。まさか、アリスにメガトン級の爆弾が落ちるとは。よりによって、コイツか!?

「言っておくけど、私はこういう話しの時は嘘は言わないからね。真面目に考えて貰いたいんだぁ」

「せ、先生!!」

 こっちにダッシュしてきたエリナを、私のムーンサルトキックが出迎えた。自分でやれ。馬鹿者。

「ななな、なんで私なんですか!?」

 顔からダラダラ血を流しながら、アリスがルーンに詰め寄る。その瞬間、ルーンが真顔になった。

「理由要らないでしょ。好きになるのに」

 そして、またいつものどこかふざけた表情に戻る。

「ちょちょっと待って。私たち女の子同士だよ。しかも、私なんてまだまだ未熟者だし、やめておいた方が……」

「私ね。性別は気にしないんだ。好きになった人がたまたま男や女だっただけ。この価値観なかなか理解してもらえないんだけど、アリスちゃんはどう思う?」

 ……なんか、マジな会話になってきたな。寝るか。発情期のメスに付き合っていたら身が持たん。

「い、いや、そこは多分理解は出来るけど、なんで私……」

 ……ほう、理解出来る器があったか。私も驚きだ。

「そうだねぇ、未完成だからかな。私ね、完成しちゃってる人には興味ないの。伸びしろがなくてつまらない。その点、アリスちゃんはまだまだだもん。そこの先生がOKだしたら、真面目に考えてよ。王都からすっ飛んでくるから」

 ……ほぅ、これは面白い展開になってきた。

「……せ、先生?」

 アリスが私に、視線で助けを求めてきた。甘いな。助けると思うてか。

「私は構わんぞ。関係のない事だ」

「せんせぇぇぇぇぇぇぇい!!」

 最後の望みが絶ちきられたと言わんばかりに、アリスが絶叫した。

 一転、関係無くなったエリナはクロスボウの手入れをしている。関わりたくないという意味では一緒だ。

「じゃあ、いい返事待ってる♪」

 ルーンはアリスの頬に軽くキスした。

 あーあ、そんな事したら……。予想通り、アリスは銅像と化した。揺れる船でも動かない。ある意味凄い能力である。

「さーて、やっと告ったぞ。お姉様はお姉様だし、やっぱり付き合うなら、フフフ……」

 何する気だルーンよ。まあ、私には関係無いがな。

 

 こうして、荒波の中を船は行く。色々な意味で。

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