第35話 長旅の途中経過
街で改めて物資を買い直し、出発準備を整えた私たちは、ひたすら雪原を駆けていた。
「一週間とは、港までのことだったのだな……」
馬車を飛ばしながら、アリスの言葉を反芻した。
「はい、さすがに大洋を挟んだ反対側まで、どう頑張っても一週間では行けません。半月か一ヶ月か/……片道でそのくらい掛かると思います。
「そういうことだ。私に与えられた期間は半年間だから、これが最初で最後の大冒険だな」
少し寂しそうにエリナが言った。
「はいはい、お姉様しめっぽくならない。元気に行きましょう!!」
ルーンが相変わらず元気に言う。ふん、最初で最後の大冒険か。なに、冒険なんてそうそうあるもんじゃない……。
「それにしても、天気がいいと温かいですね。そろそろ車輪に替え時ですかねぇ……」
ギャリギャリと石畳をソリが擦る音が、何とも言えず耳障りである。王都に近いせいか、この辺りの街道上はほぼ雪が解けているようだ。
「まだ車輪にするには早いと思うよぉ。ほら……」
どうやら、除雪されているのは王都周辺だけらしい。馬車はいきなり雪だまりに突っ込んだ。ど派手に雪をまき散らしながら、馬車は再び雪原に飛び込んだ。
「まだ春は遠いな」
そうしたかったのか、片手にクロスボウを持ちながらエリナがぽつりと言った。
「エリナよ。そんな物騒なものなどしまっておけ。モニタリングはちゃんとやっている」
便利魔法という種別があるのだが、その中でも大人気なのがこの「探査」の魔法だ。魔力次第だが数キロメートル単位で周囲の情報が分かるので便利だ。今は超広域探査モード。精度は落ちるが、探査範囲は数百キロ範囲にまで広がる。今のところ異常はない。
「目立たないと囮の意味がないんだがな……」
そうつぶやいた時だった。前方に怪しい点が六つ。さて、来たぞ。
「総員戦闘態勢!!」
アリスが馬車を止め、荷台に載っていたルーンとエリナが飛び降りた。向こうも気がついたようだ。ひとかたまりだった六つの点がパッと散開する。距離は約七〇キロ、一時の方角だ。
「メガ・ブラスト!!」
私は攻撃魔法を放った。射程千五百キロを誇るこの魔法にとって、七〇キロなど近すぎる位だ。相手も慌てたようで攻撃魔法を放って来た。そして、私の放った攻撃魔法が炸裂し、ここから見ても分かるくらいの巨大なキノコ雲が上がった。同時に、敵が放った攻撃魔法も道半ばで消えた。
「敵沈黙……。いや、まだだな」
その時、馬車の左右で雪を突き破って、合計四名が現れた。寒いだろうにご苦労なことだ。すかさずエリナがクロスボウを放ち、1人を呆気なく沈黙させる。その間に、私も負けじと戦闘に入る。私が接近戦が得意なのは言わずもがな。襲いかかってきた覆面野郎はナイフを放ったが、こんなものルーンに比べたらハエみたいなもの。私はあっさり間合いを詰め、渾身の猫パンチを顔面に叩き込む。
覆面が外れ、慌てて撤収しようとしたところを追撃。飛び蹴りで体勢を崩したところに、エリナの矢が左の太ももに刺さった。
「観念しろ」
「くっ……」
小さく声を出すと、追っ手は何かを口に入れようとしたが、思い切り蹴飛ばしてそれを阻止した。
「お前には聞く事がある。死なれては困るのだよ」
片が付いたのだろう。反対の右側サイドにいたアリスとルーンがやってきた。
「さて、まずは雇い主を聞こうか。といっても、素直に喋ってくれるとは思っておらん。とりあえず、これで……」
私は左前足の爪を出したのだが……。
「待って下さい。殺すのは苦手ですが、生かさず殺さずなら……。ここは、使い魔の出番です!!」
アリスはシャキーンと包丁を抜いた。いや、使い魔は私だろう。アリスよ。
こうして始まった。アリスの地獄ショーが。私は人間の暗黒面を見た。ここまでとはな。私としたことが甘かったな……。
「やはりギルド経由でしたか。これは分かりませんね……」
世の中にはギルドと呼ばれる同業者の集まりがあり、仕事の斡旋などを行っているらしい。その中でも暗殺者ギルドは特殊で、お互いに名前も知らない者ががパーティーを組んで仕事をする事もあるそうで……今回もそれだった。引き出せた情報は、この先大量に待ち伏せている連中がいる事ぐらいだった。
「いいから……殺せ。もう、なにも出ないぞ……」
襲ってきたのは女だった。左足を矢で射貫かれ、アリスの「尋問」。もうボロボロだった。このまま放っておいても勝手に死ぬだろう。
「おい、暗殺者が全うに死ねるなんて思ってはいないだろうな?」
私がそう言うと、女暗殺者は顔をゆがめた。
「おい、アリスでも誰でもいい。コイツを縛り上げろ。次の街で落とす」
「先生!!」
アリスが声を上げた。まあ、反対するだろうな。
「コイツをここで殺すのは簡単だが、それではなにも生まれん。次の街で警備隊に拾われれば、なにか喋る可能性もある。さっさとしろ、旅程が遅れてしまう」
小さくため息をつき、アリスは女暗殺者をぎちぎちに縛り上げた。三人協力して荷台に放り混むと、馬車は再び走り始めた。
「先生って、意外と優しいですね」
アリスはそう言って小さく笑みを浮かべた。
「優しくはないぞ。私たちよりよほど手練れの連中が、あの手この手で色々聞くだろう。容赦なくな。あの雪原で死んでいた方が、よほど幸せだったかもしれん」
アリスの笑みが固まった。私たちのやった事など、子供のお遊びみたいなものだ。人はいかようにも残酷になれる。
「さっ、急ぐぞ。迷うなよ」
「はい」
程なくして隣町が見えて着た。そこそこ発展した大きな町だ。例によって、高速通過の合図を出す。町中の警鐘が鳴らされる音が、私の敏感な耳を揺さぶる。うるさい。
「合図ないですね……」
アリスがポツリといった。
「町中の警鐘が鳴っている、もう少し待て」
そして、許可の合図が返ってきた。
「いけ、突っ走れ」
「了解!!」
アリスは馬車の速度を上げた。そこら中から、今にも分解そうな音が聞こえて来るが、この際気にしない事にする。程なく町に突入すると、目抜き通りを走り抜ける。その際、例の暗殺者を放り出した。軽くなった馬車は、さらに気持ち速くなった。
「街を抜けるぞ。速度を落とせ」
「了解」
別に高速通過許可が出たからといって、馬車の限界速度まで加速する事はないのだが、こういう事は気持ちの問題である。トロトロ行くわけにはいかないだろう。
再び雪原に飛び出た馬車は、予定の野営地に向かって突き進んでいくのだった。
日も暮れかけた雪原、相変わらずアリスが手際よくテントを設営し、その間にルーンが調理を始めた。馬車からの荷下ろし担当はエリナだ。猫の私が出る幕はない。ただその様子をパイプをくゆらせながら見るだけだ。
「先生、テント終わりました!!」
報告など不要なのだが、アリスがこちらに寄ってきて倒木の隣に座った。
「分かった。お疲れ」
私は短く返しておいた。
「そういえば、記憶は無いのですが、私が死んだ時に薬草を採りに行ってくれたと聞きました。ご迷惑お掛けしました」
……なんだ、そんな事か。
「お前の容態に比べたら大した事ではない。だが、頼むから二回目はやめてくれ。寿命が縮まる」
本当にあれは心臓に良くない。全く……。
「はい」
アリスが無責任に返事をしてくる。まあ、コイツはいつもこうだ。
「さて、飯を食ったら就寝だ。明日もキツいぞ。
こうして、私たちは一日目を終えた。
一週間後
「やっと港町が見えてきました!!」
アリスが相変わらずノーテンキな声で叫ぶ。
「ふむ、思ったより大した事なかったな」
確かに敵は大量に出たが、私たちの前で特に記すに値する敵はいなかった。あんなヘボを送るなんて、私たちもナメられたものだ。
アリスの操る馬車は一般用ではなく王族用の検査場に滑り込んだ。チェックといっても簡単なもの。身分証を照合するだけ。
「お待たせしました。船は真っ直ぐ行って突き当たりにある桟橋に待機しております」
「うむ、ご苦労」
アリスは馬車をゆっくり走らせ、桟橋に近づいて行く。そこには、巨大な王家専用船が停泊していた。
「お待ちしておりました。こちらへ……」
船員と思しき姿に案内され、一気にタラップを駆け上がる。その間に、私たちの馬車も無事積み込まれたようだ。
船室は好きに使っていいとの事なので、私たち四人は国王が使う無駄に広い部屋を本拠地に決めた。意味もなく広いベッドは私たち全員が横になってもまだ余るし、バラバラの部屋に寝て各個撃破される心配もない。
程なく船が岸壁から離れた。これで2度目の船旅だ。一度目は散々なものだったが、二度目はどうだろうか……。
船はゆっくりと港を出て、沖合で護衛艦隊と合流した。駆逐艦四隻に戦艦一隻。堂々たる布陣と言えるだろう。
「全く、国王の奴やり過ぎだ」
まあ、目くらましの打ち上げ花火としてはいいかも知れないが、これはかなり目立つ。本物の書簡はひっそりと定期便か何かで先行していることだろう。
「凄い、キング・オブ・ラインメタルなんて初めて見ました。最新鋭の戦艦ですよ!!」
ルーンがやたら元気に騒ぐ。まあ、確かに立派な船だ。
「駆逐艦群も凄いな、全て最新鋭だ。なんだか、息苦しいな」
エリナがそう言ってため息をついた。
「なんでもいいではないか。私たちは船旅を楽しもう。少々堅苦しいが、旅は旅だ」
私はパイプに火を付け、穏やかな海を進む船に満足していた。これからが長いのだ。これからが……。
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