第34話 長旅の開始

「ほぅ、珍しいな」

 私たちは王都エイブラムス・シティーに到着した。珍しく予定通りだ。なにか気持ち悪い……。

「ふぅ、やっぱり長い行列ですねぇ」

 アリスがのんびりした口調で言った。さすがに王都だけあって、出入りも激しい。私たちは入る方の最後尾に付いた。

「ああ、大丈夫だと思いますよ。この馬車は王家の旗を付けているじゃないですか。ノーチェックで通れるはずです」

「ああ、そういえば返却を忘れていたな……」

 いつ渡されたかすら思い出せない程に存在を忘れていたが、最後尾には王家の紋章が描かれた旗がまだ立っている。せっかくだ、使えるのなら利用させて貰おう。

「アリス、列から外れて一度門まで行ってみよう」

 ダメ元でアリスに言った。

「分かりました」

 アリスが操る馬車は列の右横を抜けて門へ。「一般用」と書かれたレーンが五個あるが積み荷のチェックはもちろん、ボディチェックまでやっている。これでは時間が掛かるはずだ。

「お疲れさまです!!」

 それに対し、旗を立てた私たちの馬車は簡単だった。荷物のチェックすらない。一斉に役人に敬礼されて街中へ入った。

「実は、この旗にもランクがあって、金縁のこれは直接国王様から命じられた時のみ渡される最優先なんです。今回の場合は国王様に呼ばれているので、ある意味間違いではありません」

 ルーンは小さく笑った。

「久々に来ましたが、やはり大きな街ですねぇ……」

 アリスが辺りを見回しながら言った。確かに大きな街だ。明らかに人間ではない様々な種族が行き交い、普段田舎に住んでいる身には少々キツい。

「さっそく王城に行こう。寄り道してもろくな事がないからな」

 エリナの言うことに間違いはない。私たちを乗せた馬車は、「常識的な速度」で王城に向かう。これだけ混んでいるのだ。速度など出せない。ギャリギャリとソリが石畳を擦る不快な音を聞きながら進むそのうちに、まるで転がるかのような勢いで何かが飛び出てきた。カチャリとエリナがクロスボウを構えるが、私は手を上げてそれを制した。相手に殺気がない。

「あ、あの、武器や防具は入り用ではないですか? 親方はドワーフですよ!!」

 まだ歳は二桁に届くかどうかであろう。その少女は必死の形相で呼びかける。

「どうする?」

 私はアリスに聞いたが困った顔をするだけ。

「王都ではキリがないですよ。でも、ドワーフの打った武器は興味がありますねぇ。投げナイフも補充しておきたいですし……」

 ルーンが思案気にそう言った。

「ドワーフの打った矢はドラゴンの鱗すら貫くと聞く。私も買うかな」

 これはエリナだ。話しは決まった。私たちは馬車を降り、狭い店内に入った。奥ではゴツいオヤジがせっせと武器を作っている。こちらには目もくれない。気に入った。客に媚びる店などろくなものではない。

「親方、お客さんですよ!!」

 少女が叫んで、オヤジはこちらを見た。

「……全員、全然なってねぇな。待ってろ、武器防具一式揃えてやる」

 ほう、やるな。このオヤジただ者ではない。

「すすす、すいません。親方はいつもあの調子でして……」

 少女が私たちにぺこぺこ頭を下げる。

「ああ、構わんよ。なかなかの腕と見た。楽しみだな」

 吊るしの巨大な斧や、誰が使うのか分からない長大な剣などを眺めることしばし。一通りの武器・防具が完成した。私は武器はなかったが、渡されたのは全身を覆う鎖のような鎧だった。動きが制限されては、本来の能力が発揮出来ないのだが、全くその心配はなかった。まるで肌のように吸い付き、着けている事を忘れてしまう。恐るべき材質と技術である。

 皆それぞれ違ったが、アリスはやたら無駄に立派な包丁の二刀流。それに、胸の部分だけ覆うしっかりした鎧になにやらただ物ではない杖。ルーンは投げるのがもったいないくらいの投擲用ナイフがギッシリと、やはり胸の部分だけ覆う鎧。そして剣も新調だ。エリナは上半身を覆う鎧にクロスボウは変わらないが、それにつがえる矢が明らかにグレードアップしている。

「アリス、あの金貨袋を出せ」

「は、はい!!」

 アリスは「ポケット」から巨大な袋を取り出した。そして、それをそのまま店の床にドンと置く。

「正確にいくらあるか数えていないが、金貨で10万枚はあるはずだ。今はこれしか持ち合わせがなくてな」

 私がそう言うと、少女は気絶しそうな顔になった。

「じゅ、10万枚って、どんな金銭感覚しているんですか。1万枚もあれば十分ですよ!!」

 ふん、金銭感覚など最初からない。

「私は正当な仕事には正当な報酬を支払う。金額を決めるのは客だ」

 すると、工房に戻ろうとしていたオヤジが、小さく笑った。

「面白い事をいう客もいるものだな。値切りは聞き飽きたが、お前みたいな客ならこちらも大歓迎だ。どこに住んでいるんだ?」

 ふむ、気に入られたか。頑固なオヤジに値切りなどするものではない。嫌われるからな。

「ああ、レオポルトという小さな村だ。知らんだろうな」

 私が言うと、オヤジはうなずいた。

「ああ、知らん村だ。しかし、ここの連中の相手も飽きた。家賃も高いし引っ越す事にしよう。用があるみたいだから、先に行ってるぜ」

「親方、また勝手に!!」

 即断即決のオヤジに少女が喚く。当たり前だ。

「おいおい、あんな辺鄙な村に行ったって、せいぜい農機具の手入れくらいしか仕事がないぞ」

 私がそう言うと、オヤジは笑った。

「農機具だって立派な仕事だ。アダマンタイト製の鍬なんて、どこに持っていっても大好評だ。ちと高いがな」

 アダマンタイト……どんな金属だ?

「なにか、恐ろしい知り合いが出来てしまったような……」

 アリスがつぶやくと、全員がうなずいた。

「じゃあ、さっそく店畳むから、用事を済ませてこい。レオポルトで工房を開いておく」

「あーもう、すいません!!」

 このオヤジと少女のコンビ、なかなか面白い

「向こうに行ったらアリスの名前を出せ。悪いようにはしないさ」

「なんで私なんですか!!」

 アリスの抗議を無視して、私は馬の尻を蹴った。ゆっくりと馬車が動き始める。

「それにしてもこの鎧、材質は分からんが凄いな。全く重さを感じさせん」

「多分ミスリルですね。私のナイフと包丁はオリハルコンです。包丁なんて全鍛冶屋から怒られますよ」

 アリスがため息をついた。

「私の剣もナイフもオリハルコン。防具は多分ミスリルかな。エリナもそんな感じ」

「いいのか、こんな矢を放って……。もったいないから普段はいつもの奴を使おう」

 ルーンとエリナがそれぞれ言う。金属など分からぬが、かなり高級なものなのだろう。

「そろそろ城下街を抜けます。王城まではあと十分くらいです」

 アリスの声に私を除く全員が身を引き締める。私にしてみれば、召喚獣に会いに行く程度なので、なんとも思わない。

 こうして、馬車は王城に滑り込んだのだった。さて、何を頼まれるのやら。


 王城に入ると、即座に広い部屋に案内された。一段高い場所に国王が座り、私を除く全員が傅いている。

「おう、元気だったか」

 国王が私に手を上げて話しかけてきた。

「まあ、何とかな。そういえば、あの馬車の旗はいつ返せばよいのだ?」

 とりあえずの懸念事項を聞いておく。

「ああ、そのままでよい。どのみち、お主らにはわしから頼む事も多いだろうしな」

 ふん、使える物は徹底的に使えか。いいだろう。それでこそ一国の主だ。

「分かった。それで、用事とは?」

 こういうことは手短に、私のモットーだ。

「ああ、簡単な事だ。隣のホルン王国へこの書簡を届けて欲しい。海を渡って反対側だが、以前から軍事協定を結ぼうと思っていたのだ」

 ……なるほどな。

「下手な隠し事はよせ。そんな重要な書簡なら、とっくにお前の配下が持って出たのだろう? 我々は囮ということだ。いいだろう、この仕事受けよう」

「さすがに鋭いな。思い切り派手に目立ってくれ。危険手当も含めてそれなりの報酬は用意してある。さっそく出立して欲しい」

 私なりの礼儀で段に上り、黒くて細長い立派な書簡を受け取る。

「では、頼んだぞ。港には船が待機している。ここから一週間もあれば着くだろう」

 こうして、我々は長旅のスタートを切ったのだった。

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