第31話 新たなる仲間?

「ん? ここは?」

 私は煖炉の火が暖かな居間のソファーに寝かされていた。

「おう、起きたか。猫の蘇生なんて始めてだから、なかなか苦労したぞ」

 エリナが笑みを浮かべながら言った。……蘇生? 死んだのか。私は?

「ごめんなさい(中略)ごめんなさいごめんなさい!! 」

 アリスが私を抱きしめて泣きじゃくる。苦しい!!

「しかし、久々に笑ったぞ。アリス殿もなかなか茶目っ気がある。体内であんなに魔力を放ったれたら、体がバラバラに……」

「あわわ、ストーップ!!」

 アリスが慌てて止める。

 うん、体内で魔力? なにか記憶が引っかかるな……あああああ!!

「このポンコツが!!」

 私は必殺のスペシャル猫パンチをアリスに見舞った。

「ほんげぇぇぇ!?」

 アリスは私を放り出し、顔面を抱えて悶えている。ざまぁ見ろだ。

「して、エリナよ。私は何日眠っていたのだ?」

 聞くと、エリナはうなずいた。

「三日といったところか。思ったよりは早かった」

 ……三日も寝ていたのか。なるほど、腹が減ったわけだ。

「おい、アリス。猫缶を持ってこい。ちゃんと中身を開けてな」

 まだのたうち回っているアリスに、私は冷たく言い放った。

「ああ、なにか日常が戻ってきた感じが……」

 アリスが何かいっているが、思い切り跳び蹴りをかました。

「早くしろ、腹が減って死にそうだ」

 前足に刺さっていた点滴を引っこ抜き、私はアリスに言った。

「はい……」

 アリスはヨロヨロと立ち上がり、キッチンへと向かっていった。そして、ヨロヨロと帰ってきた。顔面が酷いことになっていたので、仕方なしに回復魔法で治療してやる。

 アリスが持ってきたネコ缶の中身をたいらげると、窓際の所定の位置に行く。これも久しい。

「して、私が寝ている間に、お互い自己紹介くらい済んでいるのだろう?」

 私が聞くと、死んだ魚のような目をしていたアリスが急に元気になった。

「ええ、もうバッチリです。今、料理の手ほどきをしています!!」

 ……魔法の勉強に来たのではないのか。エリナよ。確かにあの料理は酷かったが。

「アリス殿の料理は美味い。これは習得せねば……」

 まあ、お前がそれでいいなら構わぬが……。

「せっかくだ。何でも拾って行け。もったいないからな」

 そう言ったが返事がない。時計を見るともう昼の時間だ。なるほど、昼飯か。

「そういえば、ずっと気になっていたのですが、先生って何歳なんですか?」

 アリスが台所から聞いて来た。

「なんだ急に。そうだな、今は多分五才くらいだったはずだから、人間に直すと三十六才くらいだな……まあ、少なくとも私は成猫だ」

「さんじゅうろくぅ!?」

「あはは、これは人生の大先輩だ」

 アリスとエリナ、双方が声を上げる。

「我々は猛スピードで生きて死ぬのだよ。平均寿命は十五年だ」

 そう言って、私はパイプに点火した。我々の寿命は人間より遙かに短い。これで、懸命に生きているのだよ。私もな。まあ、自分で言うことではないが。

「妙にパイプが似合うはずだ。いや、参ったな、36才か」

「驚きです。久々に包丁で指を切りました」

 ……そこまで驚く事か?

「お前たちは、我々の事を知らなさ過ぎる。そして、我々は人間の事を知らなさすぎる。お相子だな」

 私はパイプの煙を大きく吐き出した。マタタビ八にキャットニップ二。この配合が好みである。

「さて、晩飯まで寝るとしよう。時間が来たら起こして……」

 玄関のドアがコンコンと叩かれた。

「あれ、こんな時間に誰でしょうねぇ?」

 時間は昼を過ぎて少し。寝るには絶好のタイミングなのだが、来客とあっては失礼だろう。私はとりあえず眠気を我慢する事にした。

「はい、どちらさまで……」

 アリスが鍵を開けた瞬間、勢いよく吹き飛ばされた。

「のぎゃぁ!!」

 ドアと壁の間に挟まれ、アリスは床に沈んだ。

「フフフ、見つけましたぜ。お姉様……」

 なにか目に怪しい光を帯び、アリスと同じくらいの年齢と思しき少女がそこに立っていた。

「る、ルーン!?」

 珍しく感情も露わに叫び、エリナは手にしていた包丁を、その怪しい少女にぶん投げた。

「はぐっ!?」

 その包丁は狙い違わず少女の額に命中し、見事に突き刺さった。

「おい、なにか知らんが無駄な殺人はやめろ……」

 私の声で我に返ったエリナが、玄関にすっ飛んで行った。

「だ、大丈夫か。痛いとことはないか?」

 ……やれやれ、これ以上ポンコツが増えないだろうなぁ。

「痛いところは額……ダメですね。これではパンチが足りません」

 自ら回復魔法を使い、少女はあっさり復活した。なるほど、ただ者ではないな……。ポンコツ囚がな。

「もう、探しましたよ。王令で半年間お姉様の様子を見るようにって来たのに、肝心の場所を聞き忘れちゃったもので。キーワードに『喋る猫』というのがあったので、それを頼りに近隣の村を探し歩いていたのですが、やっと会えました!!」

 どこまでも底抜けに明るい少女だ。うるさいが悪い感じではない。

「あの、ここの家主さんは……」

「おまえが押し開いているドアと壁の間、床の上だ」

 私は静かに言った。

「ななな、なんと本当に喋る猫さん。魔法使いランクスリーS 召喚術士ランクS。バケモノとも言われる猫さん!!」

 少女は本気で感動したと言わんばかりに、盛大に騒ぐ。

「下らん、人間が勝手に区分けしただけだ。それより、そこのポンコツ一号が死ぬ前に回復してやってくれ。二度目は勘弁だ」

「あわわ、こんなところに挟まってどうしたんですか!?」

 ……決まりだ、ポンコツ三号だ。しかし、なかなかの使い手とみた。それだけに、厄介だがな。

「ふぅ、もう一回死ぬかと思いました。あなたは?」

 少女の回復魔法で復活したアリスが、ようやく問いかけた。

「私はルーン・パットンといいまして、これでも王宮魔法使いです。それで、ここにいるのが、私のお姉様の……」

「お姉様はやめろと!!」

 ……まだヌルいなエリナよ。

 本当に否定するときはクールに流せ。かえって胡散臭いぞ。

「つまりだ、二人とも王宮魔法使いなのだな。話しを聞いている限り、二人とも恋仲のようだが……」

 よし、滅多にない機会だ。ちょっと遊んでやろう。

「はい!!」

「ちっがーう!!」

 同じように赤面しながら、全く違う事をいうルーンとエリナ。なんだ、満更でもなかったか。

「エリナよ、素直になれ。人を好く事は悪い事ではない」

「くっ、なんなのだ、この絶妙な連携プレイは……」

 エリナはその場に膝をついた。

「さて、真面目な話しに戻ろう。王宮魔法使いが、なぜこんな辺鄙な村に来る。ここにはポンコツしかいないぞ」

 私はルーンに尋ねた。

「ぽ、ポンコツ……」

 アリスが床に崩れた。

「私は断じて……ポンコツだ」

 そしてエリナが倒れる。

「あはは、なんか面白い~!!」

 ……自覚なしか。お前もわりと立派なポンコツだぞ。

「まあ、いい。どうしたのだ? 王宮に睨まれるような事はしていないはずだが……」

 私はとりあえず話しを進めた。

「はい、お姉様が迷惑を掛けていないかどうか、簡単に言ってしまえばお目付役ですねぇ」

 ニコニコと笑みを浮かべながら、脳天気そうに言うルーン。

 ……ふん、エリナのお目付役か。

「まあ、建前は分かった。本音はアリスと私の監視だろう。見られて困るような事はないがな」

 ルーンが一瞬、カミソリのような目を送ってきた。やれやれ。

「噂に違わないですね。ただの猫ではないと聞いていましたが……王令です。今日からここに常駐させて頂きます。よろしいですね?」

「アリスとエリナ、へばってないで部屋の用意をしろ。コイツは役に立つぞ」

「あらぁ、期待されちゃってますねぇ。頑張らないと!!」

 ……ふん、まあいい。せいぜいポンコツだがポンコツのフリをしておけ。


 こうして、また変なヤツが増えたアリス家だった。

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