第29話 アリスの蘇生とポンコツと
声のした方を見ると、十台以上の馬車が雪を蹴立ててこちらに向かってきていた。
「なんだ?」
とりあえず召喚術を中止して、代わりに双眼鏡で馬車隊を確認する。全ての馬車に王家の旗が取り付けてある。正確な数は15。それが、雪原を爆走してくる。なんだ?
「おう、やっと来たみたいだな」
今まで影が薄かった隊長が現れ、ポツリとつぶやいた。
「なんだ、あれは?」
私は隊長に聞いた。
「ああ。王宮魔法使いの一団だ。負傷者の処置が間に合わないから、大至急で応援要請していたんだよ」
私も王宮魔法使いは知っている。いわばエリート中のエリートで、王宮から離れる事は滅多にないと聞く。それが、大挙して押し寄せるとは……。
「いつの間に……」
「それが隊長の仕事だ。アリス殿は残念だったが、もしかしたら生き返らせられるかも知れない。そういう術があるとも聞く。私は不案内で良く分からないがな」
そうこうしているうちに馬車隊は到着した。
「スタンレー隊長。お待たせ致しました。私は特別救援隊隊長のスタリンです」
先頭の馬車から軍服姿の女性が降り立ち、隊長に敬礼した。
「遠路はるばるご苦労。さっそくだが、治療に当たって頂きたい。そして、そこにいる猫と遺体は民間人だが大変助けられた。出来れば、生き返らせて欲しい」
「承知しました。さっそく掛かります。総員、散開!!」
15台の馬車に満載されていた人員が、一気にテントに突入していく。そして、私たちの元に1人の女性が立った。
「……なるほど。亡くなったばかりだな」
ただ者ではない。それは、私の勘が告げていた。
「ああ、私は蘇生術士のエリナ・チャーチルだ。エリナで構わん。これなら、すぐに蘇生出来る。少し待っていろ」
言うが早く、長い呪文を超高速詠唱で唱え始める。私も高速詠唱だがここまでではない。やはり、ただ者ではなかった。
「……終わった」
その声と同時に、アリスの体がピクンと動き、なんと呼吸を開始した。
「なるほど。毒か……後遺症が残る可能性はあるな。こればかりは、いかなる魔法でも治せん」
エリナはそう言って目を閉じた。
「そんな事まで分かるのか?」
私が聞くとエリナは小さくうなづいた。
「蘇生する課程で分かる。ヒシラキシンだな。厄介な毒だ。毒を受けてからだいぶ経っているようだ。命を取り戻したのはいいが、意識が戻るかまでは保障出来ないな」
「……」
なんて答えればいいんだ、こんな時は……。
「ともあれ、助かった。凄い術だな」
私も知らぬ術だ。この世界は思っていたより広い。
「なに、大した事はない。それより、王都でも話題になっているぞ。『最強猫』の話題は」
サバサバしていたエリナが、不意に小さな笑みを浮かべた。
「なに、ちょっとした嗜みだ。大した事ではない」
私は軽く返した。
「嗜みでSランクの召喚術士か。最上級の攻撃魔法も使うと聞いたが、許可は持っているのか?」
私は黙って「ポケット」を開き、中から許可証を取りだした。
魔法使用許可証(ランク:SSS)
氏名:先生 性別:男 年齢:不詳 種族:猫(キジトラ)
上記の者、全ての魔法を使用する事を許可する。
特記:絶対的不可避な場合、殺人・対物破壊を許可する。
「ハハハ、これも嗜みか? スリーSクラスなど王宮魔法使いでもそうはおらん。しかも、対人・対物までとなると、これ以上はないな」
なにか楽しそうにエリナは語る。
「役所が勝手に発行しただけだ。何かとうるさかったからな」
私は許可証をしまい。ため息をついた。
「ああ、私は蘇生術しか使えん。便利だからと王宮魔道師に身を置いてもらっているだけだ。だから、時々うらやましくなるのだよ。召喚術や攻撃魔法などの魔法を使える連中がな」
エリナは苦笑いした。
「見ていたが、蘇生術は他にはない立派な特技だ。私もまた覚える事が増えた。嗜む程度にな」
私はエリナに返した。
「ならばどうだ、私の使い魔になるというのは。相互に補えば世界最強のコンビだぞ?」
……ほう、そう来たか。
「残念だな。今は一時的に解除されているが、私の主はそこで寝ているアリスだ。コイツのポンコツ具合は直しようがなくてな、どうにも目が離せん。勝手に死ぬしな」
私は適当に返した。冗談だろう……と思っていたのだが。
「ならば、王宮魔法使いを辞める。それで、そちらの家に転がり込む。どうだ? 悪いようにはしないぞ」
……本気だったか。まいったな。よし、こういうときは。
「国王!!」
私は国王を呼び出した。
魔方陣から現れたのは、なぜか仁王立ちの国王だった。いちいち格好いいポーズを考えるな。
「おう、どうした?」
「こ、国王様!?」
これにはビックリしたらしく、エリナは慌てて地面にひれ伏した。
「ああ、用事だが簡潔に話そう」
私は事の次第を簡単に説明した。すると、国王はため息をついた。
「お前ももう少し王宮魔法使いというものを考えろ。ただ魔法が使えるから、なれるというものではない。わしは無駄な人員など置いていない。わしがそう言わないのに、勝手に辞めるなどということは許さん」
「……はい」
エリナは頭を下げたまま小さく返事した。
「……だが、技術習得のため半年の間、王宮魔法使い団から離れる事を認める。しっかり勉強しなさい」
「は、はい!!」
「とまあ、そういうわけだ。半年ほど面倒を見てやってくれ。
国王が行ってきた。
「ああ、構わん。どうせ部屋は余っているからな」
私は国王に返した。
「じゃあな、また何かあったら呼んでくれ」
国王が魔方陣に沈むと、エリナは青白い顔で私に聞いて来た。
「まさかと思うが、今のは召喚術……?」
なんだ、そんな驚く事か?
「ああ、召還魔法だ。国王は私の召喚獣だ」
エリナはしばらく硬直した後、その場に白目を剥いて倒れた……。
「おい、衛生兵、衛生兵!!」
私が叫ぶと衛生兵たちがワラワラと出てきた。人員が増えて暇になったのだろう。
慌ててアリスとエリナがテントに運ばれて行く様子を見ながら、私はパイプに火を付けたのだった。やれやれ……。
翌朝、天気は雪だが吹雪いてはいない。ようやく帰還の目処が立ち、テントも撤収された。後は帰るだけである。エリナが操る私たちの馬車は、王都に帰還する応援部隊と同じ道筋を辿った。なにもない雪原を、猛スピードで駆け抜けて行く。王都に向かう途中で私たちの村があるので、移動のロスは最小限だ。
「なあ、コイツ本当に目を覚ますのか?」
荷台に寝かされたアリスの様子をみながら、私は前方で手綱を握るエリナに聞いた。愚問と知りながらも。
「前にも言ったが分からん。これ以上は手の施しようがない」
……まあ、死んでいるよりましか。そう思うしかない。
馬車は素晴らしい速度で駆け抜け、途中で野営することもなく、3日で村に到着した。
行きを考えれば恐るべき速さである。少人数の方が身軽でいい。
「さて、ここであなたとは一時お別れね。ちゃんと勉強するのよ」
「はい」
アリスを寝室に寝かせ、いざさらばというタイミングで、隊長とエリナの挨拶が続いている。
……先に入っているか。
私は家の中に入り、苦労して薪を何本か煖炉に入れると、紙を火だねにして点火した。猫だって本気を出せばこの位は出来る。疲れるがな。
冷えた家の中が段々温かくなる。久々の我が家という感じだな。
しばらくすると、律儀にもドアをノックしてからエリナが入ってきた。
「なかなかいい家だな。ここに一人暮らしとはもったいない」
「褒めるならアリスを褒めてやってくれ。私の家ではあるが厳密には違う」
使い魔契約を切られている今、私はどっちつかずの居候だ。それがどうにも落ち着かない。野良は野良に生きる定めなのか……。
「さて、なにか作るか。って、なんだこの猫缶の山は?」
キッチンの半分を占領しているのは猫缶だ。あの時の謝礼だが、「ポケット」にも大量にある。
「ああ、ちょっとした仕事を国王から受けてな。その時の謝礼だ。まだあるぞ。ついでだから一缶開けてくれ」
「ああ、分かった」
エリナが缶切りで缶を開けると、芳醇な香りが漂ってくる。
「この皿でいいのか?」
「ああ、それだ」
猫缶をぺろりと平らげている間に、エリナは料理を始めたらしい。私の食事が終わり、なんとなくエリナを見ると……おい。
「なぜ、野菜と一緒に手まで切っている……」
「……いやなんだ、料理したことがなくてな」
私は回復魔法で傷を治した。そして、寸胴鍋で煮込まれている謎の物体X。食えるとは思えんが……。
「……なんだこれは?」
「肉じゃが……」
なぜ、魚を入れる? なぜ、猫缶を入れる? なぜ、キャベツを刻んでいる? そして、なぜ芋がない?
……ダメだこれは。ツッコミどころが多すぎて、逆にどこをツッコんでいいか分からない。
「悪い事は言わん。三件隣に総菜屋がある。そこで適当に買ってこい」
「分かった、私もそうした方がいいと思った」
エリナばパタパタと出ていったあと、私は天井を仰いだ。
……なぜ、私の周りには少し残念なポンコツしかおらんのだ。やれやれ。
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