第28話 アリスの死

「しかし、冷えるな……」

 さすが冬の森というか、なかなかの寒さである。この時期に生えているキノコなどあるのか? 私としたことが、色々聞き忘れてきてしまった。生えている場所すら分からない。

 まあ、雪原ではないだろう。ありがちなのは、木の根とかどこかの小さな洞窟とか……そんなところだろう。しかし、当たり前だが適当に掘ったところでなにも出ない。ヒントが欲しい。

「おっ、見ない同類発見。落とし物かい?」

 森の奥をウロウロしていると、唐突に声を掛けられた。見ると、そこには尻尾が異常に太い同類がいた。

「いや、大した事じゃないんだが、この辺にキノコが生えている場所があるらしくてな、色々探しているのだ」

 大した事ではあるのだが、それを表に出すほど私は馬鹿ではない。足下を掬われるからな。

「キノコか……。そうだなぁ、ヒラルタケなら年中生えているが、場所が良くない」

「どこだ?」

 回りくどい会話をしている場合ではない。私は短くそう言った。

「ああ、ここを真っ直ぐ行くと洞窟があって、奥の方がヒラルタケの群生地になっているんだが……この時期は魔物共の越冬地にもなっているんだ。行くなら気を付けろよ」

 それだけ言って、突然現れた同類は去っていった。

「全く、世話が焼ける……」

 私は森の奥に向かった。もちろん、戦闘態勢でな。


「ここが洞窟か……」

 森の奥の奥。ちょっとした崖にその洞窟はあった。日ももう傾いている。時間はあまりないな。

「よし……」

 私は洞窟に足を踏み入れた。しばらく進むと、なかなか温かい。非常に気分はいいが、そうなると当然……。

「ファイア・アロー!!」

 まるで熊のような魔物を炎の矢が貫き、全ては終わった。

「悪いな。先を急ぐんだ」

 魔物の骸にそう言って、私は急ぎ足で先へと進む。戦闘は途中で数えるのをやめたほどの回数をこなしたが、まあ、大騒ぎする程ではなかった。ちょっと怪我したが、舐めておけば直る。

「ほぅ、これがヒラルタケか……」

 洞窟の奥深くに怪しく光るキノコ。あまり気味がいいものではないが、あの写真と相違ない。私はさっそくそれを一つ取り洞窟の入り口へと向かった……のだが。

「おかしいな。ここまで一本道。迷うはずがないのだが……」

 どういうわけか、いくら歩いても出口に辿り付かない。それだけならまだしも、来るときに駆逐して、もういないはずの魔物まで健在だ。これはもう、別の通路を通っているとしか言えないだろう。

「やれやれ……」

 ため息でも出ようというものだ。たかがキノコにこの騒ぎである。この先が思いやられる……。

「ん?」

 どうやら、洞窟はここで行き止まりらしい。

「ふむ、どうしたものか……」

 道を間違えるはずがない。1本しかないのだから。しかし、帰りはそのまま出られなかった。これはどういうことだ?

「戻るか……他に道はないしな」

 釈然としないが、道がないなら引き返すしかない。そして、キノコの群生している場所から、再び出口へ……。

「ふむ、奇っ怪としか言えぬな……」

 また違う道が現れた。これは、もしや……。

「『彷徨えるダンジョン』か……」

 アリスの話に聞いた事がある。内部構造が勝手に変わってしまう面倒な場所だ。人工物ならともかく、天然の洞窟にまであるとはな。これは、総当たりしかないか……」

「全く、急いでいるんだがな……」

 私は再び歩みを進めたのだった。


「やっとか……」

 どうやら、やっと弾切れになったらしい。私は洞窟から出て馬車へと急ぐ。もう何日経っているかすら分からない。

 雪が積もった馬車に飛び乗ると、私は急いでキャンプへと戻った。使い魔である私が死んでいないということは、アリスもまだ生きているはずだ。

 勢いよくキャンプに飛び込むと、私はテントに入った。

「これでいいのか?」

 ちょうど近くにいた衛生兵にキノコを押しつけると、さっそく調べ始めた。

「間違いありません。さっそく魔法薬を調合します!!」

 そしてアリスの様子を見に行く。顔色が悪い。呼吸も不規則だ。かなり危ない状態である事は誰の目にも明らかだった。

「もうあれから二日経っています。命は助かっても、後遺症が残る恐れもあります……」

 そう言われても、なんと言えばいいか分からない。私はそっとアリスの肩に前足を乗せた。それで、どうにかなるわけではないがな……。

「魔法薬出来ました。失礼」

 私は脇に退いた。衛生兵が魔法薬をそっと飲ませようとするのだが、すでに飲む体力もないらしい。

「点滴から行きます」

 すでに何個も袋を下げたアリスであったが、そのうちの一つに注射器で魔法薬を注入していく。全て入れ終わったが、特になんの変化もなかった。

「この薬に即効性はありません。解毒出来るかどうかは体力次第です」

 衛生兵の口調は冷静だった。それでいい。感情的になられては正常な判断が出来ない。

「分かった。様子を見よう」

 私はテントを出ると、近くにあった枯れた倒木に座り、パイプをくわえた。こういう時に限って、上手く点火してくれない……忌々しい。

 苦労して火を付けると、ゆっくりと煙りを吸って吐き出す。アリスは生死の境を彷徨っている。それは様子を見れば分かる。もう少し早く戻れれば……いや、たらればを言っても始まらない。善処したと思うしかない。

「全く、どこまでも心配させてくれるな……」

 待つしかない。そう、待つしかないのだ……。


 翌朝、一睡もしないでアリスの様子を見ていたが、状態に変化はなかった。衛生兵の話によれば、この二、三日が勝負らしい。相変わらすアリスの容態は悪そうだ。今にも呼吸が止まりそうで怖い。

「全く、じれったいものだな……」

 自分がこうなるならそれどころではないが、見ている方としては怖い。アリスが死ねば私も死ぬ。それはどうでもいいが、死なれたら困るのが事実……。

「くっ!?」

 急に全身を痛みが襲った。自分でも分かるほど心拍数が上がり、私はその場に倒れてしまった。慌てて衛生兵が飛んできたが、私はゆっくり起き上がって大丈夫だとアピールした。

「なに、大した事ではない。それより。アリスの方を……」

 体中は痛むが、私はそれを無視した。

「この様子だと、今夜が山だな……」

 もしアリスが死ねば私も死ぬ。アリスの容態が悪くなれば私もおかしくなる。簡単な事だ。まあ、私は1度死んだ身だ。思わぬ形でこうして生きているだけにすぎない。しかし、アリスは……。

「食っておくべきだったな。あの阿呆……」

 私はいよいよ辛くなり、アリスの隣に横になった。すぐさま衛生兵が飛んできたが、さすがに猫の扱いには困っているようだ。

「私は大丈夫だ。アリスが持ち直せば治る」

 その時だった。アリスが小声で、なにかブツブツつぶやいている事に気がついた。

 呪文だ。意識があるのかないのか分からないが、私とて召喚術士の端くれ。それが何なのかはすぐ分かった。

「馬鹿者、すぐやめろ!!」

 声を上げた瞬間、私の全身を蝕んでいた痛みが消えた。……解除したのだ。使い魔契約を。恐らく、私を巻き込まないために……。

 本来なら、その瞬間に元いた世界に戻るはずだが、不思議とそれはなかった。呪文を唱え損なったか、わざとそうしたのか分からないが、アリスの馬鹿野郎が!!

 思いっきり文句を言ってやろうと思ったが、その顔にうっすら浮いた笑みを見て何も言えなかった。そして、その顔が再び苦痛に歪む。

「クソ!!」

 それだけ言い残して、私はテントを出た。そして、適当なところでパイプをくゆらせる。いかなる時も感情的になるな。それは判断を誤らせる。分かっているが、さすがにこのケースでは難しい。イライラが募っていく。そんなときだった。

「ん? そうか、あれがあったか……」

 究極といわれる召喚獣フェニックス。術者の命と引き替えに、他者の命を生き返らせる能力がある。私が死んでも使い魔なら換えが効く。しかし、アリスは換えが効かない。ならば、取るべき道は1つだろう。いざとなれば……。

 長い夜は、まだ始まったばかりだった。


 翌朝、テント内は異様な静けさに包まれていた。

「アリス・センチュリオン殿の死亡を確認。時刻は……」

 手当の甲斐もなく、アリスは死んだ。不思議と全く心は動かなかった。あるいは、やる事が決まっているからかも知れない。

「……すまんが、アリスをテントの外に出してくれ。これから派手な召喚術を使うからな」

 衛生兵2人が動き、アリスの遺体をテントの外に連れ出し、適当な距離を置いて地面に横たえた。さらば、現世。それなりに楽しかったぞ。

 私は呪文の詠唱に入った。その時だった。

「ちょっと待った~!!」

 いきなり女性の通る声が聞こえた。なんだ??

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