第27話 帰ってきた阿呆

 山があった場所からの撤退は困難を極めた。本来は山が防いでくれるはずの寒風がモロに当たるようになり、凍傷になる兵士が続出したのである。

 私がストーブ代わりに呼び出した炎の精霊イフリートでテントの中を温め、アリスが駆け回っているが、やれやれ……。

「ここにいてもキリがない。助けを呼んでこよう」

 私は疲れた様子のアリスに言った。もう限界だろう。

「助けって……近くの村まで、最大限飛ばしても1週間は掛かりますよ!?」

 ……いかんな。感情が乱れている。

「そうイライラするな。なに、軍の前線本部がまだあるはずだ。そこまでなら三日で着く。アリスはここで治療を。私だけで行ってくる」

「えっ、先生……!?」

 アリスの言葉を最後まで聞かず、私は馬車に飛び乗った。そして、急発進させる。

「フン、三日だと。明日には着いて、アリスをビビらせてやろう」

 この辺りのショートカットコースはすでに把握済みだ。明日の昼には着くだろう。

「私を甘くみるなよ」

 こうして、郵便高速馬車も真っ青の速度で、私は突き進んだのだった。


 翌朝、私は凄まじい速度で前線基地に滑り込んだ。そして、隊長に状況説明をする。

「何だって? それは急がねば。輸送隊全員出撃!!」

 いやまあ、攻撃しにいくわけでははないのだが、出撃は出撃か……。

『先生!!』

 やや聞き取りにくかったが、アリスの思念通話が飛んできた。

『なんだ、今前線基地だ。これから向かうぞ』

 私も思念通話で返した。

『は、早い!! ちょうど良かったです。あの阿呆が復活しました。戦況は劣勢です!!』

 なんだと……。アリスにまで阿呆と呼ばれて可哀想ではあるが、そんな事を言っている場ではない。

『アリス、阿呆のいるポイントは?』

 私は長距離攻撃魔法の準備に入った。本来、これは牽制に使うような魔法ではないのだがな……。

『はい、えーっと……』

 アリスが報告してきたポイントに向かって、私は攻撃魔法を放った。

「メガブラストSR!!」

 SRは短距離バージョンを示す。この距離なら十分だ。魔力は大事だからな。

「隊長、あの阿呆……魔王が復活したらしい。戦闘部隊も応援に寄越した方がいいな」

 隊長はうなずいた。

「全軍出撃。急げ!!」

 こうして、基地に残っていたほぼ全員が出撃する事になった。

「状況が気になる。先にいく」

 隊長はうなずいた。

「では、戦場で!!」

 隊長の言葉に、今度は私がうなづく。

「気を付けてな」

 それだけ言い残し、私は馬車を飛ばした。全く、大人しく消滅していればいいものの……。

 そういえば、さっきからアリスと思念通話が出来ない。

「あのポンコツ。心配事を増やしおって……。

 馬車は進む。雪を蹴立てて……。


「……」

 私はただ黙ってその光景を見ていた。やはり、私の放った攻撃魔法は効かなかったようだ。まあ、それはさておき、あの阿呆の足下にはアリスがいる。意識はないようだが命に別状はないようだ。

「アクビが出るほど来るのが遅かったな。まあ、この状況で私が言いたいことは分かるな?」

 ……どこまでも阿呆だな。そんな事をしたらどうなるか、まるで分かっていない。

「召喚術は禁止だ。攻撃魔法ももちろんダメだ。そんな素振りを見せたら、この女の命は……」

 私はダッシュして飛び上がり、阿呆の左目を猫パンチで抉った。

「ぎゃぁぁぁ!?」

 左目を押さえがら空きの右目を思い切り抉りとる。

「ぐわぁぁぁ!?」

「……『ルール』は守ったぞ」

 私は静かに言った。

「くそ、ふざけやがって!!」

 見えない目で攻撃魔法を乱射するが、そんなもの当たりはしない。私は手で合図して兵士を呼び、アリスを回収した。

「さて、少し遊ぼうか……」

 私は再びダッシュして、奴の股間に渾身の体当たりを見舞った。

「ぐゅ!?」

 変な声を出し、その場にうずくまる阿呆。兵士たちもなにか痛そうな顔をしている。まあ、男でなければ分からないな。これは。

「どうした、復活までして一矢報いたいのだろう。早く攻撃してこい」

 私はここぞとばかりに挑発してやった。

「やはり、この形態ではダメか……」

 阿呆の体が発光し……その瞬間に私の飛び蹴りが入った。

「うぬ、貴様。形態変化中は攻撃しないという、世界共通の暗黙のルールが……」

 発光が収まり、阿呆はこちらをみた。両目の損傷が酷い。まあ、私がやったのだが。

「知らん。隙だらけの時に攻撃しないで、いつやるのだ」

 一応、名乗りと口上を述べている間と今のような形態変化中は攻撃していけないという不文律があるのは知っているが、絶好の攻撃チャンスに攻撃しないでどうする? それに、私は猫だから。

「おのれ……。こうなれば」

 視界が潰れているにも関わらず、阿呆は私に向かって正確に火の玉を吐き出してきた。

「フン……」

 それを難なく横っ飛びでかわし、私は兵士たちに叫んだ。

「巻き込まれるぞ。アリスを抱えてテントまで帰れ!!

 普通の兵士は役には立たない。兵たちが素早く撤退していった。

「さて、これでタイマンだ。心置きなく暴れようじゃないか」

 私は攻撃魔法を放った。おなじみメガブラストではない。ファイヤーボールという、爆発する火球を撃ち出すものだ。もちろん、こんなもので倒せるとは思っていない。ただの牽制だ。同時に、私は阿呆に向かってダッシュした。

「ふん、こんなもの……」

 阿呆は火球を消した。しかし、その隙に私はヤツの右足に飛びついていた。

「こら、そんなところで爪を研ぐな!! なんか地味に痛いし!!」

 馬鹿め、大技だけじゃないぞ。私には小技もある。そして、爪研ぎからの……。

「うぉ、なにしやがる。ションベン掛けるな。ってか、臭い。これ異常に臭い!!」

 馬鹿め。スプレーも知らんのか。オス猫には必須だ。こうやって、縄張りを主張するのである。だから、強烈かつ異常に臭い。自分でも思うほどに。

「貴様、なにしやがる!!」

 阿呆が喚く。うるさい。

「なに、ほんの冗談だ。ゆっくり楽しもうではないか」

 ただ殺したり消したりはしない。せいぜい味わうがいい。

「冗談にしては……だから、いちいち臭い!!」

 フン、こらえ性がないヤツだな。

「実はな、私も物限定だが異世界転移の異界召喚術を覚えてな。今の状況にちょうどいい物があるのだが、味わってみるか?」

 そう言いながら、私はすでに呪文を唱え始めた。「異世界転移」を使えば私は元の世界に戻れるかもしれない。しかし、それはやらない。なぜなら、この世界が好きだからだ。対生物はまだ使えないしな。そういう意味で、私を呼び寄せたアリスは凄い。

「レオパルト……」

「よせ、それだけはやめろ。色々ぶち壊しだ!!」

 阿呆の声に、私は思い直した。そうかも知れんな。ならば……。

「しかし、お前にまともな召喚獣など効かぬだろう。だから、こうしよう。国王!!」

 地面に魔方陣が描かれ、真ん中に国王が出現した。

「おう、本当に呼ばれる日が来るとは、思っていなかったぞ」

 国王すら召喚する猫。悪くないだろ?

「すでに耳に入っているとは思うが、アレがあの阿呆だ。1つ手を貸して欲しい」

 私は国王に簡単に説明した。

「俺は阿呆じゃねえ。魔王だ!!」

 いつの間にか目が再生したらしい。喚きながら火球を吐いてきた。それは国王を直撃し……それだけだった。

「なんだ、この程度か……」

 国王は剣を抜いた。今のは私も驚いた。国王というのは、やはり並の人間では務まらんものなのだな。

「お、お前、人間か?」

 ビビる阿呆に向け、国王は剣を向けた。

「では……行くぞ!!」

 その瞬間、磨き抜かれた私の動体視力を持ってさえ、全く見えなかった。気がついたら、あの阿呆は細切れになっていた。国王……それは本当に人間だろうか?

「まったく、うちの兵士どもは弛んでおるな。この程度倒せないようでは……」

 カチンと剣を鞘に収め、国王はため息をついた。

 ……いや、それはお前にしか出来ぬと思うが。

「ああ、そうだ。そいつは再生する。また、召喚獣化して……」

 アレの時と同じ手法だ。しかし、国王は止めた。

「それでは芸がない。いっそ、食ってしまうか……」

 おいおい、なんか、怖い事言い出したぞ……。

「やめた方が良いぞ。多分、ろくな事にならん」

 一応止めてはみたが、国王の意思は固いようだ。

「これ全部もらっていくぞ。今日の晩飯が楽しみだ」

 知らんぞ。どうなっても……。

「分かった。それでは帰すぞ。世話になった」

「おう、またなにかあったら呼んでくれ」

 私は国王を元いた場所に帰した。辺りに静寂が訪れた。ちなみに、召喚術は召喚術。瞬間移動の手段としては使えない。呼ぶ、使う、帰す。これは絶対だ。呼んでいる間はかなり魔力を使うので、帰すしかないといった方が正しいか。やたらめったら呼べるものでもない。召喚契約を結んだ相手だけだ。

「さて、アリスの様子を見に行くか……」

 今や凍傷の救護所となっている大型テントの1つの片隅に、アリスはそっと寝かされていた。

「して、状況は?」

 私は近くの衛生兵に聞きながらアリスの様子を見る。寝ているだけで、何ともなさそうだが……。

「魔法ではありません。猛毒のヒシラキシンです。あの魔王に吹き矢で撃たれたらしくて……」

 あの阿呆……。

「解毒剤は?」

 私は短く聞いた。

「今ここにはありません。調合は出来ますが、材料が足りません。この辺りに生えているキノコの一種なのですが……こんな感じです」

 衛生兵がごそごそポケットから取り出したのは、1枚の写真だった。

 緑に輝く気色悪いキノコだが、必要というのだから必要なのだろう。

「分かった。探してくる」

 グダグダ言っている場合ではない。私はテントの出入り口に向かい……1回振り返った。

「リミットは?」

「あと三日ですね。それ以上はもちません」

 衛生兵が慌てて答えた。

「分かった……」

 私は馬車で森まで移動し、徒歩で移動し森に入った。こんな木々があっては馬車ではかえって面倒だ。

「さてと、急がねばな……。アリスが鈍臭いのは今にはじまった事じゃないが……」

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