第26話 魔王という名の阿呆

 その日の昼前、私たちの馬車は吹雪を突いて大雪原を走っていた。目的とするのは隣村。ちょうどそこに国軍の部隊がいるらしい。しかし、どのみち迷う事は想定済み。そう思えば気が楽というものだ。馬車の荷台に付けた旗がバタバタうるさい。

「それにしても、これは召喚術士というよりは何でも屋だな」

 私はこっそりため息をついた。

「それが召喚術士です。私は見習いなのでまだ持っていませんが、正式に登録すると登録証がもらえます、そうすると色々仕事が入ってきますよ」

 ……なるほどな。

「登録証ってこれか?」

 私はケースに収められた、名刺サイズのものを取り出した」


召喚術士登録証(クラス:S)


氏名:先生 性別:男 年齢:不詳 種族:猫(キジトラ)


上記の者、召喚術士と認め、召喚術を行使する事を認める。


「クラスえすぅ!?」

 アリスが馬車に急ブレーキを掛けた。

「Sクラスなんてバケモノみたいな召喚術士ばっかりじゃないですか。てか、いつの間にそんな登録してるんですか!!」

 アリスがキャンキャン喚く。

「下手に召喚術を使うとまずいと聞いてな、村役場で済ませておいた。そんなに凄いのか、これ?」

「当たり前じゃないですか。私なんてこれですよこれ!!」


召喚術士仮登録証(第3段階)


氏名:アリス・センチュリオン 性別:女 年齢:18→19 種族:人間


上記の者、召喚術習得のためのみ召還術の使用を許可する。


特記

使い魔取得済み



「ふん、所詮は人間の作った仕組みだ。猫には関係ない」

 私は登録証を「ポケット」にしまった。

「じゃあ、下さい。そのSクラス!!」

 ……馬鹿者。

「自分で取れ。意味が無いだろう。それより、急げ!!」

 私が声を掛けると、ようやく本題を思い出したアリスが馬車を進め始めた。

「なんで使い魔に負けてるのかな。なんで仮免なのかな……」

 なにかよその世界に行ってしまったアリスを無視して、私はラジオの音量を上げた。最近出た防水仕様なので、こんな天候でも使える。異国の歌詞が分からない曲が聞こえてきたが、ほどよくアップテンポでいい感じである。

「おい、村が見えてきたぞ。いい加減シャキッとしろ!!」

 珍しい、迷わなかった。これはこれで気持ち悪い。

「あ、あわわ、はい!!」

 全く……。

 こうして、私たちは村に入ったのだった。


「……なるほど。そういうことでしたか」

 おおよそ軍人とは思えない柔和な感じで、隊長は言った。ここは国軍が貸し切っている宿の小さなロビーには、大勢の兵士たちがウロウロしている。

「まあ、恐らく生きてはいないと思うが、念のために確認が必要だ。任務が変わった事を伝えに来た」

 これで金貨百枚だ。私にもオイシイ仕事である事くらいは分かる。

「しかし、それであれば軍である必要がないのでは?」

 裏を返せばお前ら行ってこいか。確かにそうだ。

「いざと言うときの剣。いざという時の槍が欲しいのであろう。まあ、阿呆ではあるが魔王を名乗る相手だしな」

 私がそう言うと、隊長はうなずいた。

「分かりました。さっそく出立しましょう。事は早い方がいいです」

 隊長は立ち上がって右手を差し出した。私では届かないのでアリスが代わりに握手した。

「おい、みんな出発だ。野営の準備を怠るな!!」

 隊長が声を上げ、隊員たちが一斉に応える。こうして、我々は村を出発したのだった。


 国軍の一団を先導する形で、私たちの馬車は進んで行く。進行速度が急激に落ちたが、こればかりは致し方ない。まあ、大吹雪なのでちょうどいい。しばらく進むと日が落ちる時間となった。連中がせっせとテントの設置を進める中、アリスが謎の速度で全ての設置を終えた。

「いや、ただ者ではないですな……」

 隊長が現れて驚嘆の声を上げる。

「はい、昔から野外で遊んでいたので、このくらいなら……」

 アリスは珍しく褒められて嬉しそうである。まあ、数少ない特技だしな。

「お前ら、なにをもたもたしている。普段訓練で何をやっている!!」

 隊長が隊員に檄を飛ばし、程なくテント村が完成した。最後のというだけあって、なかなかの猛吹雪である。

「凍傷には注意しろ。テント内ではなるべく密集だ……とアリスが言っていた」

 軍の各テントをアリスと手分けして廻る。全く大きなお世話だろう。相手は日々訓練をしている軍人だぞ。

 こうして、一日目の夜は慌ただしく過ぎていったのだった。


 十四日目……


「やっと来ましたね」

「ああ」

 隣のアリスがつぶやく声に、私は短く答えた。

「あー、本当に山なくなっちゃいましたね。貴重な薬草が採れたのに……」

 文句は阿呆に言え。

 ここまで三日休みなしで進み、テントを張って休息。それを繰り返して時短を図ったのだが……なかなか堪えた。それを淡々とこなす軍人はさすがとしか言いようがない。

「よし、ここからは散開。哨戒せよ!!」

 隊長の指示で兵士たちが散る。そこら中に攻撃魔法がぶち当たって雪が抉れた部分はあるが人の気配はない。やはりか……。

 私たちも馬車から降り、山があった場所の麓にある、小さな森林地帯の捜索に入った。もし生きているなら隠れるのはここしかないだろう。三十分ほど経過した時だった。森の奥で激しい爆音が起こった。

「こっちだ」

 私はアリスがアワアワ始める前に、音の発生源に急いだ。木々の隙間を縫うように進むと、程なくその「現場」に到着した。

「くくく、腐っても魔王だ。まだ、このくらいの力は持っているのだよ」

 異常に顔色が悪い男がニヤリと笑う。ほう、コイツが阿呆か。

 周囲には倒れた兵士が数名。生きているか死んでいるかは、ここからでは分からない。

「よう、景気よさそうじゃないか」

 私はド阿呆に声を掛けた。アリスは倒れた兵士の介助に向かった。

「なんだ、猫か。喋るとは珍しいな」

 ド阿呆がこちらを向いた。まあ、珍しいだろうな。

「ああ、喋る。ついでにこんな事もする……グリーモフ!!」

「貴様、召喚術を!?」

 ド阿呆が焦りの声を上げた瞬間、久しぶりの破壊神グリーモフが現れた。

「てめぇ、呼び出したってなにもしねぇからな」

 ふむ、予想通りだ。

「ああ、それならいいんだが。そこに魔王を名乗るド阿呆がいてな。一応会わせておこうと思ってな」

 私はド阿呆の姿を見た。ただでさえ顔色が悪いのに、より顔色が悪くなっている。

「なんだって、魔王だと?」

 グリーモフはド阿呆を睨み付けた。

「……なるほどな。確かにこれは俺の出番だ。お前、ちょっと遊ぼうか?」

 グリーモフが不敵に笑みを浮かべる。ド阿呆はダラダラ冷や汗を掻いている。

「こ、こら。なんで、破壊神など呼べるのだ!!」

 ド阿呆が文句を付けてきたが、クレームは受け付けないので悪しからず。

「どこ見てるんだ?」

 グリーモフは、得体の知れない光球を放った。ド阿呆はギリギリそれをかわす。

「こ、こうなったら……」

 ド阿呆も応戦しようとしたようだが、グリーモフの方が早かった。

「消えちまえ。この超弩級ド阿呆!!」

 グリーモフが放った謎の光球は、吸い込まれるようにド阿呆に命中した。すると、まるで内側から破裂するように、爆発してド阿呆は消滅した。

「ふん、大した事ねぇな。なにが魔王だ」

 そして、グリーモフはこちらを見た。

「おい、俺も色々考えたんだ。暇だからな。召喚獣は召還主を攻撃出来ない。だが、あの娘なら……」

「変な気を起こすなよ。アイツに手を出したら、お前を全力で……」

「おーこわ。冗談だ。俺も我が身が大事だからな。じゃあ、またなんかあったら呼んでくれ。いい加減暇で仕方ないからな」

 ……フン、誰がお前なんか。

 私はグリーモフを帰した。

「アリス、こっちは片付いた。そっちはどうだ?」

 こちらがゴタゴタやっているうちに、応援の兵士も到着したようだ。倒れている兵士たちは担架に乗せられている。

「はい、重傷の兵士はいますが、死者はいません。幸いでした。

 アリスが疲れた顔で笑みを浮かべた。恐らく、回復魔法を使いまくったのだろう。

「さて、今日の仕事は終わりだ。テントを張って休むとしよう」

 私はアリスを連れて森林地帯を抜け、馬車まで戻った。すでに兵士たちが野営の準備を始めていた。その片隅で私たちはテントを張り、まずはアリスを寝かしつけた。

「ふぅ、さすがに疲れたな……」

 テント近くの倒木に腰を下ろし、私はマタタビを詰めたパイプに火を付けたのだった。

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