第21話 今度は……
たった二日の船旅。大事ない。私の読みはそうだった。すでに十分寄り道しているはずだが……。
「なぜだ、なせこうなる?」
「……いえ、私に聞かれても」
船は荒れる海のど真ん中で立ち往生していた。爆発事故があり機関が停止したらしいのだ。
「まあよい、明かりは点いているからな。ゆっくり読むか……」
私が開いたのは、あの二百年前の航海日誌だった。そこにはビッシリと航海の様子が書かれている。これ、売れば小銭稼げないか?
「先生、さすがです。この状況で本が読めるとは……」
アリスがワタワタしながら声をかけてきた。
「大した事ないだろう。応援の船も向かっているらしいしな。沈むわけじゃ……」
『ズズーン!!』
まるで、地鳴りのような音と僅かな振動が伝わってきた。
「爆発!?」
アリスが悲鳴のような声を上げた。
……ふむ、致し方ない。
「アリス、行くぞ」
私は読みかけの航海日誌を閉じ、火を付けたパイプをくわえた。
「えっ、どこに?」
「いいからドアを開けろ。爆発現場に決まっているだろう」
「は、はい!!」
アリスがドアを開くのももどかしく、私は廊下を駆け抜け抜けた。猫の耳を甘く見るな。方位から場所まで全て特定済み。ワンフロア下の左舷中央部だ。
その場に到着すると、すでに消火作業が開始されていた。ふむ、爆発は思ったより小さかったようだな。
「危ないので、お客様はご自分の部屋に……」
「おい、そこの小さな金属板はなんだ?」
船員の制止の声も聞かず、私は爆発で出来た穴の中にあった光るものを示した。
「こ、これは……!?」
船員の1人がそのプレートを拾った。
「貸してみろ」
そのプレートを受け取ると、大きくダイヤモンド形のマークが描かれており、短くメッセージが記されていた。
『次はどこかな?』
「よし、船内図を持ってこい。今すぐだ!!」
私の声に船員の1人が慌てて走っていき、すぐに戻って来た。
「これです。機関室は痛かったですが、ここは特に重要なものはありません」
……確かに、排水パイプが数本通っているだけだ。こんな場所を爆破する理由が分からない。
「どうやら、まだ続くようだな。次は……。どこか狙われそうな場所は分かるか?」
「それは……」
船員は口ごもった。この船は機械の塊だ。どこを狙われてもおかしくない。
「なにか、ヒントでもあればな……」
随分と手の込んだ金属板である。ダイヤモンド型のマークの各頂点から内側向けて、意味深な十字線が引かれている。これが手がかりになりそうだが……。
「ふむ、なかなか難しいな」
私はパイプをくゆらせた。召喚獣をつかって船を高速牽引して、近くの港に停泊させるのも手だが、これは危険な事だ。時限爆弾ではタイミングが掴めない。犯人は船内にいる可能性が高い。下手に動けば大変な事になりかねない。
「アリスよ。これを見てどう思う?」
大した答えは期待していなかったが、とりあえずアリスに聞いて見た。
「……このダイヤモンド。見方によっては船に見えませんか?」
ん? これは以外にいい筋だな。
「そうか、なるほどな。まず最初に意後尾の機関室。続いて向かって左舷。次は……」
私の勘が鋭く働く。二択となると……。
「次は右舷だ。客室で爆破でもされたら事だぞ」
私はアリスに鋭く言った。
「分かりました。全員待避のお願いをしてきます!!」
アリスは私を置いて、すっ飛んで行った。
「全く、猪突猛進な奴だ。まあ、助かったが……」
船内に警報が流れ、私は右舷側に移動した。エントランスホールというのか? とにかくそこに大勢の人がいた。乗船客と誘導する船員だ。その足下をすり抜け。右舷の端まで行く。この船は全五階層あり、そこのどこに仕掛けられているのかは分からない。
『アリス!!』
私は思念会話でアリスを呼び出した。
『はい、今エントランスホールです。すぐ行きます!!』
しばらくして、アリスが船内図片手にやってきた。人がいない場所の床に船内図を広げ、、黙考する、どこだ……?
「私が犯人なら、対角線上の同じ場所に仕掛けます。違う場所に仕掛けてしまっては、ダイヤモンドの意味がありません。
アリスの脳天気さはない。妙にキレキレである。こういう仕事の方が、召喚士より向いているのではないか?
「分かった、ではワンフロア降りよう」
そこらにいた船員を捕まえ、普段は立ち入り出来ない階下へと降りた。先ほどの爆発現場とは正反対の壁に着く。ここからが勝負だ。
ここは特に機械などはない。ただ配管があるだけのどうでもいい場所だ。私は耳を澄ませた。我々の耳は高精度の分解能も持っている。このお陰でガサガサうるさい中でも、ネズミなどを見つける事が出来るのだが、今探すネズミは爆弾だ。
「……あったぞ。ここの壁を剥がせ!!」
微かではあるが、私は不自然な機械音を耳に捕らえた。
「か、壁ですか!?」
一緒にここに来た船員が驚きの声を上げた。
「間違いない。ここに爆弾がある。急げ、いつ爆破されるか分からん!!」
船員はなにも言わずすっ飛んで言った。そして数名の船員とともに、明らかに毛色が違う恰幅のいいオヤジを連れてきた。
「元爆弾処理のプロです。今はこんな手になってしまって、何も出来ません。私がサポートしますので、爆弾解除はお願いします」
そのオヤジは、見た目に寄らず紳士的な口調だった。その手にはほとんど指がない。その間にも壁のパネルが外され……爆弾が露わになる。
「……ふむ、よくある簡素な爆弾ですね。起爆装置に触れなければ大丈夫です」
そして、爆弾の解除作業が始まった。さすがにアリスにやらせるわけにはいかないし、船員たちは半ばパニック状態で使い物にならない。私がやるしかない。
元野良ゆえに知識はある。私は船員が持ってきた工具箱の中から、ニッパーを取り出して……重い!! まあ、なんとかかんとか持ち出したのだが、それをすぐにアリスに持って行かれた。
「そんな調子じゃなにも出来ないでしょ。先生は次の爆弾の場所を考えて下さい」
そう言って、アリスはプチプチと爆弾の配線を切り始めた。ふむ、適材適所か……。
「さて……」
船内図を広げた時だった。いきなり爆音が船内に響き渡った。
「遅かったか……」
私は急いで船首に向かって走る。ひたすら走った。そこにあったのは、やはりなにもない場所での小規模爆発だった。これでダイアモンドの角は埋まった。あとはこの線の意味する事だ。
とりあえず、爆弾解除中の現場に戻ると、ちょうど作業が終わっていた。
「解除出来ました!!」
脳天気なアリスを置いて、私は次の思考に入っていた。船内図の爆発地点とここに点を描き、それぞれを線で結んでいく。いびつなダイアモンドが出来上がった。そこに、謎の十字線を描くと……。
「!!」
十字線の交点は、当然ながら船の中央部。船内図によれば、エントランスホールだった。
「あの、先生。これ……」
アリスが見覚えのあるプレートを持ってきた。
『もっと楽しもうと思ったけど、バレているみたいだから、これが最後のゲーム。負けたら船が吹っ飛ぶよ』
「急げ、エントランスホールだ。総動員して探索させろ」
私は船員に言った。そのすっ飛んで行く背中を見ながら、私たちは5階あるフロアのエントランスホール下を全て当った。しかし、爆弾はない。
「上か……」
私たちは近くの階段から一気に駆け上った。操舵室を除けばこれ以上上の階層はない。
「ありました!!」
フロアに到着するや否や、船員がすっ飛んで来た。
「大階段の下です!!」
急ぎ階段の下に向かうと、そこには……。
「これはまた、デカいな……」
今までとは桁が違う複雑な爆弾だ。色が違う液体が2本、それぞれ違うガラス管のようなものに入っている。
「ナノオクスゲン爆弾ですか……これは厄介ですよ」
紳士的なオヤジがそう言った。私は見逃さなかった。ほんの一瞬だけ、奴が小さく笑みを浮かべたところを……。
「では、解除に入ろうか。今回はタイマー付きのようだし時間がない」
残り時間百八十秒。規則的に数字が減っていく。誰が見てもタイマーだと分かる。
「まず、邪魔なタイマーのパネル外しましょう。そこのネジを外して……」
アリスとオヤジの爆弾解除作業が始まった。その間に、周りで遠巻きで見ている人間をつぶさに観察する。しかし、先ほどのオヤジの笑み……忘れられない。
「……なるほどな」
辺りの人間の反応、そしてオヤジの笑み。犯人は大体分かった。しかし、今は爆弾だ。
「先生、これどれだと思いますか!?」
アリスが悲鳴のような声が聞こえた。
「ふん、定番の赤か青かだろ……お?」
アリスが困っていた線は全部で二十八本あった。
「ここまでとなると、ちょっとわからないですね」
オヤジの手にも余るらしい。それはそうだろう……。まあ、やってみよう。
「さてと……」
私は爆弾の起爆装置に向かい合った。脇に退けてあるタイマーのパネルは十秒を切っていた。悩んでいる暇すらないか……。ならば。
私は端のケーブルに爪を引っかけ、一気にコネクタを引き抜いた!!
「ええええ!?」
「なんと!?」
タイマーは止まっている。問題ない。
「簡単な事だ、二十七本がダミーで当たりが一本なんて馬鹿な事があるか。ならば全部ダミーか全部本物。どちらにせよ抜けば分かる事だ。本物で助かったな。残り一秒だ」
もしダミーだったら、今頃私はこの船ごと消滅していただろう。本物で助かった。
「さて、暇なので犯人捜しなどやっていたのだが、大体分かった。犯人はお前だよ」
私はオヤジに腕を向け……そのまま体を高速回転させて、客が近寄らないように「壁」を作っていた船員を差した?
「えっ、僕!?」
「お前じゃない。お前の目の前。そこの紳士然としたゲスだ」
人の壁がなくなり、薄ら笑いを浮かべたゲスがやってきた。
「ほう、なぜそう思うのかな?」
不敵な笑みを浮かべながら、ゲスは問うてきた。
「最初は、そこの爆弾解除していたオヤジだと思っていたのだがな。それにしてはおかしいと思っていたのだ。それを除外して考え、まさかアリスの馬鹿にこんな高度なことが出来るわけもなし、疑ったのは乗客と船員。不満を持つ船員の可能性が高いと睨んでいたんだがな……最後にボロを出した。恐怖という表情は、作って出来るものと心底思っているものはどうしても違う。しかし、お前は恐怖の表情すら浮かべなかったな。むしろ、薄ら笑いすら浮かべていた。ひっそりとだがな……。それと、決定的なのは、お前の体は酷く火薬臭いのだよ。私の鼻は人よりは良く利くのでな」
すると、ゲスは笑い声を上げた。
「やれやれ、猫に見抜かれるとはな。なに、ちょっとしたお遊びだ。金持ちだらけのこの船で……ぎゃああ!!」
私はゲス野郎の顔面を思いきりパンチした。最後まで聞いてやる義理はない。
「全く……まあ、暇つぶしにはなったな」
あとの処理は船員たちに任せ、私は疲労困憊という様子のアリスと対照的に妙に元気なオヤジに向き直った。
「あのな、爆弾好きなのは結構だが、意味深な笑みはやめろ。怖い」
私はオヤジに言った。オヤジが照れたように頭を掻いた。
「これは失礼を。爆弾好きなわけではなく、爆弾の解除が好きなんですよ。事故で指がこうなってしまいましたが……」
オヤジは自分の手を示した。そのくらい、言われなくても分かる。
「さて、解決したな。アリス、部屋で休もうか」
「……はい。ってか、先生って本当に何者なんですか!?」
ふん、ただの猫だ。野良時代に鍛えただけだ。
「お前がポンコツなだけだ。まあ、今回は頑張ったようだがな」
「またポンコツって言った!!」
やれやれ……。しかし、なぜ私たち旅は素直にいかんのだ。もちろん、答える者はいない。いたら怖い。ともあれ、応援の船をゆっくりと待つとしよか。
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