第19話 海の怪奇
「なんていうか、シーパラダイスだな」
「ほぇぇ」
船は豪華だった。たった片道2日のために、ここまで豪華な船を造るものか……。私には理解出来ぬが、とりあえず、乗船時に部屋が割り当てられているので、その部屋にはいる。
「これ、うちに持って帰ったら……って、入る部屋がないですね」
恐ろしく巨大なベッドに豪華な調度品の数々……。場違い感も甚だしいが、そこは澄ましてやり過ごすのが大人というものだ。
「あ、あの、もう死んでもいいです……」
このお子様め。たかが船でこの騒ぎでは思いやられる。
「全く、仕方のない奴だ」
私はベッドの柱で爪研ぎしながらアリスに言った。
「だ、ダメです。そんなところで爪なんか研いだら!!」
アリスが血相を変えて止めに来た。
「我々に爪を研ぐなというのは、呼吸をするなといっているのと同義だぞ。では、どこならいいのだ?」
「うっ……」
辺りは超高級っぽい家具しかない。どこでやっても同じだと思うが……。
「くっ、ならば私の体で!!」
おいおい、誤解されるセリフは控えろ。
「では、遠慮なく……」
バリバリバリバリバリバリ!!
「うぎゃぁぁぁ!!」
うるさいな。全く。
「せ、先生……。こ、これも主の努め……ガクッ」
おーい、なにも気絶することはないだろ。そこまでは……。
「まあ、いい。寝かせておこう。私はちょっと散歩に行くか」
あっ、ドアが開けられない。アリスの家は改造したので問題なかったのだが、さすがにそこまでの配慮はされていない。
「さて、困ったな……。やはり、アリスを起こすか」
私は両手の爪を全開に出し、目を閉じているアリスの顔面に連続往復猫パンチをかました。
「うぎゃぁぁぁぁ!?」
「おい、起きろこら!!」
「ぁぁぁぁ……」
うむ、ついに声すら上げなくなったぞ。どうしてくれる。
「致し方ない。外でも見ているか……」
船窓を流れる景色を眺めながら、私は少しだけ心躍らせていた。少しだけだぞ。
それが起きたのは、翌朝起きだしてからだった。
「あれ、誰の声も聞こえませんね……」
顔やら何やらに私の爪痕が刻まれたアリスが、不思議そうな声を上げた。
あれほど人の声が聞こえたのに、今は全くしない。ただ、何かの機械音だけが響き渡っていた。
おいおい、このパターンは……。
「嫌な予感しかしないな。とりあえず、船の中を見て廻ろう」
「はい……」
アリスは私を抱きかかえ、ギューギュー締め付けてくる。気持ちは分かるが、痛い!!
「アリスよ、もう少しリラックスしろ。今からこれじゃもたないぞ」
「あわわ、すいません!!」
……だからって、なぜ投げ捨てる!!
「まあ、いい。それにしても、なんと奇っ怪な……」
鍵が掛かってる部屋がいくつもあったが、そこは後回しにして入れる場所を徹底して廻る。しかし、ネズミ1匹いなかった。
「さて、いよいよだな」
これは明らかにおかしい。もう、奇っ怪な現象に巻き込まれたと考えた方がいい。
「試しに……ブリザード!!」
なにも起きなかった。
「今の召喚術ですね。なにも起きなかったようですが……」
さすがにアリスも、徹底的な馬鹿ではない。これが召喚術と見抜いた。
「召喚術が使えない事は分かった。あとは……ファイア・アロー!!」
なにも起きなかった。いよいよか……。
「魔法もダメだな。今後は、体1つでやるしかない。アリス、武器は?」
私は彼女を見た。腰に立派な剣を下げているが……。
「武器ですか? こんなものくらいしか……」
アリスは鞘から得物を抜いた……単なる包丁だった。
「アリスよ。なんでそれなんだ?」
「いえ、これくらいしか使えなくて……」
……まあ、ないよりマシか。
「では、行くぞ!!」
今度は鍵が掛かっている扉に挑む。魔法が使えれば楽なのだが……。
「アリス、ヘアピン三本貸してくれ」
私はアリスの髪の毛を止めているヘアピンを要求した。
「あの、そういうのは定番ですが、実際はそう簡単には外れませんよ?」
文句を言いながら、アリスはヘアピンを渡してくれた。
「さてと、アリス。ちょっと持ち上げてくれ」
アリスに鍵の位置まで持ち上げてもらい、三本のヘアピンを真っ直ぐ伸ばした。
「いざ、勝負!!」
猫が持つ敏感な感覚と耳が頼りだ。そして……。
カチリ……。
『うそー!?』
……いかん。思いっきり叫んでしまった。
あのな、普通のヘアピン三本だぞ。常識的に開くわけないだろう。鍵よ、仕事しろ。
「まあ、いい。開いたなら進むぞ」
開いてくれたのだから、先に進んでいいのだろう。私たちは細い階段を一気に駆け下りる。そして、出たのは広大な空間だった。巨大な装置の集合体だった。
「ここは機関室ですね。誰もいないようですけど……」
とりあえず、一通り廻って誰もいないことを確認すると、私たちはドアの外に出た。
「さて、次だ!!」
こうして、一通り廻って、最後に来たのは操舵室だった。
「やはり、誰もいないか……」
本来なら人がわんさといるはずの場所だが、誰もいない。
「舵輪が勝手に回っていますね。まるで、どこかに向かっているような……」
操舵室の真ん中にある輪っか……アリスの解説によると船の針路を決める大事なものらしいのだが、誰もいないのに勝手に動いている。
「とりあえず、回して見ましょう!!」
失礼にも私を床に放り出し、思い切り舵輪を回そうとしたアリスだったが……。
「全然動きません。やはり、どこかに向かっているようです」
誰が? とは聞かない。そんな事より、気になる事があった。
「今は朝だな。なんでこんな暗いのだ?」
起きてから時間が経っているとはいえ、まだ夜になる時間ではないはずだ。しかし、外の景色は真っ暗。おかしい……。
「……私、聞いた事があるのですが、海のどこかに「船の墓場」があるとか」
よくある話しだ。かつて難破した船がどうとかこうとか。本を読めばいくらでもある。
「あんなもの創作だろう。まあ、この船がただならぬ状態なのは確かだが……」
私は鼻で笑い飛ばした。しかし、アリスの顔は真っ青だ。手には小さな冊子がある。
「うっかりしていました。あの時間に出航する船はないんです。以前はあったようですが、船が沈没事故を起こして、便数が減ったのです」
全く、楽しい船旅だ。私たちはどこに連れていかれるのだろうか。ほら、こういうときほど楽しむものだろう?
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