第14話 国王の来訪と新たな旅立ち

 その日、村は大変な騒ぎになった。待ちきれなくなった国王とやらが、グリーモフを見に来てしまったのだ。

 事前に通達がなかった事もあり、村はもう何かをひっくり返したかのような騒ぎである。4台の馬車は迷わず私たちの家の前に止まった。

「え、遠路はるばる起こし頂き、ありがとうございます」

 アリスが最敬礼で、馬車から降りて来た恰幅のいい男に礼を述べた。

「なに、堅苦しい挨拶は抜きにしよう。私はそういうのが1番嫌いだ。やりにくい」

 ……なかなかフランクだな。

「いえ、しかし……」

 アリスは戸惑っている。まあ、無理もないか。

「いいと言っているのだから、気軽でいいのではないか? かえって失礼だぞ」

 国王の目が点になった。

「なんと、喋る猫とは……。長生きはしてみるものだな」

 まあ、珍しいだろうな。

「お初にお目に掛かる。なに、私はそこにいるアリスの使い魔でな。なぜか喋れるようになってしまったのだ」

 私は簡単に説明した。

「そうか。いやこれだけでも、ここに来た甲斐があったというもの。して、グリーモフを見たいのだが……」

 さすが国王ともなると、喋る猫くらいではさほど動じない。実に気に入った。

「承知した」

 私は呪文を唱えた。床に魔方陣が描かれ、あのチビ助が召還された。

「……いい度胸してるじゃねぇか。って、何しやがる!!」

 すかさず控えていた、いかにも魔法使いという連中が4人。グリーモフにベタベタ触って、何やら調べている。

「確かにグリーモフと考えられます。全て伝承の通りです」

 魔法使いの1人が宣言した。当たり前だ。現地に赴いたのは私たちなのだから。

「猫が召喚術を使う事も驚いたが、グリーモフか……滅してしまうのが1番なのだが……」

 国王が思案気に言った。

「ばーか、お前らの魔力で俺を消せるか!!」

 勝ち誇るグリーモフに、私はちらりと言った。

「試してみるか?」

 過去に戦った際、最強コンボが通用しなかったことは証明済み。しかし、何事もハッタリである。

「うっ……」

 グリーモフは固まった。まだまだだな。

「国王よ。コイツは私の召喚術に縛られている。呼ばなければここに顕現する事はない。今ひとつ、預からせてもらえないだろうか?」

 しばしの沈黙が落ち、国王が口を開いた。

「分かった。そなたに預けよう。それにしても、猫が召喚術とは面白い。そもそも、こうして喋れる事も面白い。お主、良かったら私の元にこないか?」

 アリスが何か言おうとしたが、それを手で制した。

「せっかくの誘いで魅力的だが、私には少々残念な主がいてな。私が面倒を見ないとどうにもならぬポンコツなのだ。そして、そのポンコツはこの村が大変気に入っている。動くに動けないのだ」

 少々誇張はしたが国王にそう言うと、思いきり笑われてしまった。

「そういう事情なら致し方あるまい。素直に諦めよう。さて、それとは別にして、グリーモフの無力化に成功した以上、国王としてなにも報償を与えぬというわけにはいかぬ。まず残念な主には金貨十万枚を持ってきているのだが、まさかこういう事態だと予想していなくてな……お主は何がよい?」

 ふむ、報償か……。

「なにも要らん……というのは失礼に当たるな。人間の金など役に立たぬ。猫缶で十分だ」

 なにも考えていなかったので、私は国王にそう言った。これが、とんでもない事になる前触れだった。

「分かった。さっそく手配しよう。では、また何かあれば来る。達者でな」

 唐突に現れた国王は、唐突に帰ってしまった。まるで嵐だ。

「というわけで、残念な主……なに床にのの字を書いている?」

 アリスは膝を抱えてのの字を指で書いていた。

「どうせ残念ですよ。ポンコツですよ……」

 いじけるな。馬鹿者。

「とりあえず、この金貨の袋を片付けるぞ。よくこんな大きな袋があったもんだ……」

 人が余裕で入れるどころではない。三、四くらい中に入ってキャンプでも出来るだろう。そこにみっちり詰まった金貨は、控え目に言っても重かった。私の筋力では動かない。

「任せて下さい!!」

 いきなり復活したアリスが、一発フィンガースナップをした。

 パチンという音と共に、虚空に亀裂のようなものが生まれ、一瞬で大きなポケットのようになった。その中に金貨袋が消えていく。

「マジック・ポケットの魔法です。使用中は常に魔力を使うので非常用ですね」

 ……出来ぬ。出来ぬのだ。猫の指が鳴らせるわけがなかろう。

「初めて先生に勝てましたね。いい気気分です」

 なんだこれは。これが殺意というものか……。

「なあ、アリスよ。メガ・ブラストを改良したのだが、標的になってもらえないか? なに、痛くも苦しくもない」

 瞬間、アリスの笑顔が固まった。そして、きっかり二秒後に土下座したのだった。全く、この程度のハッタリで折れるから「少し残念」とか「ポンコツ」などと言われるのだ。まだまだだな。

「さて、それよりもアリス。なにか言いたそうな者が来ているぞ」

「ふぁい?」

 何とも間抜けな声と共に起き上がり、アリスはこちらを見ている女性を見た。

「あれ、カリーナさん。どうしました?」

 私も知っている。確か花屋を営んでいるはずだ。

「いえ、一つお願いしたい事がありまして……」

 ……ふむ、冒険の予感というやつだな。

「はい、なんでしょう?」

 アリスがカリーナに返した。

「夫が隣町のルクレールに仕入れに出ているのですが、かれこれ一ヶ月になりますが帰ってきません。お礼はあまり出来ませんが、探していただけませんか?」

 この手のお願いを断れないのがアリスだ。

「分かりました。準備が終わり次第出発します」

 

 こうして、我々はまた旅に出ることになったのだった。

 今回は街道もある隣町。さほどの苦労はあるまい。この時はそう思っていたのだった。

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