第13話 ミステリー
「地図もなにもかも全て馬車に置きっ放しでした。つまり、この大雪原で迷子になったということです」
私たちは村の中央にある広場にいた。建物の中にはどうしても入りたくなかったのだ。
「参ったな。どうしたものか……」
吹雪は凄まじい勢いで私たちの体温を奪っていく。これでは、凍死は時間の問題だろう。
実は召喚術も含めてあらゆる魔法を試したが、一切発動する事はなかった。しかも、村から出ようとしても、いつの間にかここに戻されてしまう。万策尽きたとはこのことだ。
「一丁前に人の声が聞こえるのが忌々しいな。気配は全くないのに……」
私は周囲を見回した。誰もいないのに生活音だけは聞こえてくる。こんなところで一生を終えるなど御免だ。
「とりあえず、注意深く一回りしてみよう。なにか分かるかも知れぬ」
私は頭を抱えているアリスに言った。
「……そうですね。私は頭がパンクしそうなので、先生にお任せします」
任されてもな。私だって分からん。
こうして、家を一軒一軒注意深く確認する作業が始まった。暖炉には火が点り、テーブルの上にはお茶が入って湯気を上げているカップと新聞……ん?
「アリス、今年は王歴何年だ?」
私は努めて静かに聞いた。こういうときにパニックを起こすのが一番悪い。
「王歴ですか? ちょうど千年です。王都では祭りが開かれているようですが……」
新聞の日付は王歴六百六十七年。確かにおよそ三百年前の日付だ。しかし、新聞はまるで今朝届いたかのように綺麗だった。
「約三百年前に、この村に突如として何かが起きた事は確かなようだな。それも、理屈ではない何かが……」
村の建物を廻って行くが、全て似たようなものだった。そして、厩もあるような立派な家に来たとき、私たちに朗報が入った。
「ああ、サンダルシア!!」
……そんな名前の馬だったのか。
ともあれ、そこには私たちの馬車があった。とりあえず、外に馬車を引き出して状態を確認したが、消える前と変わらなかった。こうなったら、とりあえずベースキャンプ作りだ。広場に素早くテントを張り、適当な木ぎれを集め、厩の中にあった乾いた草に火打ち石で着火して種火にする。木が濡れているので白煙が凄かったが、とりあえずたき火も完成した。もちろん、この一連の作業はアリスがやった。なんというか、たくましい。
「とりあえず、テントで風をしのぎましょう。このままでは、2人とも死んでしまいます」
無論、私に異論はない。アリスに続いてテントに入ると、私はようやく人心地付いて丸くなった。アリスはなにも喋らない。私も言うことはない。
特に暖房器具はないのだが、極寒地用というだけはあってなかなか温かい。小一時間ほど温まってから、私とアリスは再び村の探索に入った。全部で三十件ほどある家屋の全てが、約三百年ほど前の状態だった。焼きたての目玉焼きに湯気が上がるトーストされたばかりのパンというものもあった。何があったのだろうか。この村に……。
「なにも手がかりはないですね……」
アリスがポツリと言った。
「そうだな……特になにもない。全てが約三百年前のまま、人だけがいなくなっている……。ただそれだけは分かった」
本当にそれだけだった。正直に言うと薄気味悪い。
「なんですかね。これ……」
私に分かるはずがない。ただ首を横に振って返した。
「そうですよね……。とりあえず、テントに戻りましょう。
アリスの顔色が悪いが、なんとか大丈夫そうだ。
「そうだな。これ以上は埒が開かぬ」
村の広場に戻って見ると、ちゃんと設営したまま無事だった。たき火の光が明るい。
「さて、見張りは私がやる。お前はしっかり寝ろ。今にも倒れそうだぞ」
私はそれだけ言い残し、テントの外に出た。寒い。猛烈に寒い。吹雪はさらに勢いを増し、とてもではないが屋外にいられる状態ではない。たき火の熱も全く通用しない。こんなことは初めてだ。
「致し方ない。戻るとしよう……」
私はテント内に戻った。アリスがビックリしたようにこちらを見ている。
「なにかあったんですか?」
どうやら着替え中だったらしく、なんだか中途半端な姿ではあったが、アリスはそれをそっちのけで聞いて来た。
「いや、なにもない。とてもではないが外にいられん。こんな珍妙な場所で危険だが、これでは見張りなど出来ぬ」
代わりに、テントの中で起きている事にした。アリスは早々に横になり、静かに寝息を立てている。やはり、長旅で疲れているのだろう。
どうした事か、私も眠くなってきた。こんな事は滅多にない。起きていられない程の眠気とは……。
翌朝……またも信じられない事が起きた。
「村がない!!」
一発で眠気がすっ飛んだようだ。テントから出てきたアリスが、信じられないという口調で叫んだ。
「ああ、影も形もない。ただの雪原だ……」
あれほど激しかった吹雪は嘘のように収まり、見事な晴天で快適である。
「とりあえず、馬車の点検をしますね。なにか不具合があると困るので……」
大丈夫だとは思うが、用心にこした事はない。私は匂いで村の痕跡を求めたが、無駄に終わった。全くなんの痕跡もなく、綺麗さっぱり消えてしまったのだ。
「先生、ちょっと来て下さい!!」
アリスの声に、私は慌てて馬車に向かった。
「これ……」
アリスが指差したのは、ソリと馬車本体と繋ぐ支柱の1つだった。そこには、太い針金のような物が刺さっていた。……そう、巻いてあったのではなく刺さっていたのだ。針金は支柱を貫き反対側に出ている。支柱の太さは大の男の腕くらいはある。尋常な事ではない。
「これはまた……。複雑怪奇としか言いようがないな」
全く、不思議な事が多すぎる。あの村がなんなのか、結局分からず仕舞いだ。もっとも、知らない方がいいかもしれないが……。
「それ以外は問題ありません。さっそく移動を開始しましょう!!」
アリスが御者台で叫ぶが……。
「現在地は分かっているのか? 闇雲に動いても迷子になるだけだぞ」
私は御者台に飛び乗り、アリスに聞いた。
「大丈夫です。ここは村の近所です。目をつむっていても帰れます!!」
……そんな場所で怪現象に遭ったのか。全く。
「では行こう。久しぶりに家でゆっくりしたい」
とりあえずツッコミは後回しだ。アリスの操る馬車が村に着いたのは、それから間もなくの事だった。
「ふぅ、やっぱり家は落ち着きますねぇ」
長旅の疲れを癒やすべく風呂に入り、ご機嫌のアリスが酒を片手にリビングにやってきた。
「全くだ。この時期に長距離移動とは堪ったものではない」
これが私の本音だった。まあ、楽しくはあったが懲り懲りだ。
「そういえば、郵便が来ていましたね……」
ちょっと待て。また何か……。
「国王様からの呼び出しです。破壊神を捕まえたようなので、実際に確認したいと……」
どこで知った?
「後だ後!! 今は寝かせろ!!」
人間の国王など知った事ではない。こう連続で移動など冗談ではない・
「そう言うだろうと思って、先延ばしにしてあります。出発は一週間後で。三日もあれば王都に着きます」
……一週間もあれば、体力回復には十分な時間だ。もっとも、王都まで三日というのは、当てにしない方が良いだろう。私がそうなのかアリスがそうなのか、どうやらトラブル体質のようなので……。
まあ、今は大好きな午睡を満喫しよう。私はウトウトと窓際の特等席で午睡を楽しんだのだった。
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