第12話 真っ直ぐ帰れるわけがない!!

 まだ吹雪は収まっていなかったが、この天候なら前進可能と判断して、アリスの操る馬車は雪原を走る。街道の上でも走れば良かったのだが、王都より続く南方街道は、私たちの村が終点。つまり、この辺一帯は道なき道というわけだ。

「うーん、やはり天候が悪いですね。この時期に荒れるなんて滅多にないです」

 時折馬車を止め、方位磁石と地図を参照しながら、アリスはポツリとつぶやいた。

「あまり無茶はするな。ダメならまた野営だ」

 私の目から見ても、決して前進するのにふさわしい天候とは言えない。

「はい、今日はここまでにしましょう。さっそく野営の準備をします!!」

 ほぅ、これは凄い。進む勇気より止まる勇気の方が難しいというのに。てっきり、無理をするかと思ったのだが、アリスの判断は正しいだろう。これが出来るのは重要だ。

「はい、終わりました。まだたき火をするには早いので、テント内で休みましょう。

 設営したばかりのテントの中に、アリスは素早く入った。遅れて私が入ると天井からランタンを吊していた。火は危ないので魔力を使う便利なものだ。

「これでよし。せっかくなので、なにか話しませんか?」

 アリスがそう言って小さく笑みをうかべた。

「話しか……。なにかネタはあるのか?」

 そうですねぇ。そういえば、まだお互いロクに素性を話していないですね。その辺から……。

「素性か……。まあ、私の場合語る程のものではない。日本という国の東京という街でそっと暮らしていたにすぎん。まあ、とにかくゴミゴミした街でな……」

 私はパイプに点火する。今日はキャットニップだ。

「自然など人間が人工的に作った公園くらいしかなく、狩りもろくに出来ん。主に人間の食べ残した残飯あさりだ。本当は人の食べ物を食べてはならないのだが、背に腹は代えられん。我々の平均寿命も低かったな。7年生きれば上等だった……。まあ、こんなところか。それに比べたら今は天国のようなものだよ」

 パイプの煙が不味い。タバコ屋の野郎、混ぜ物しやがったな。

「私は少しお話していますが、私は何かを極めるまで生まれた村には戻れません。大体数年以上かかるのが普通なので、そのまま修業先に落ち着いてしまう事が多いです。なぜそういう風習が出来たかは分かりませんが、恐らく十五才にもなったら自立しろということでしょう。村はかなり北にあります。今の村にはやっと馴染んできたくらいですかね。八人兄妹の末っ子なので、好き放題やらせてもらっていました。ただ、両親が召喚術士でして……選択の余地はありませんでした。才能ないのに召喚術なんて……」

 アリスはそこで言葉を切った。気がつけば、少し涙を浮かべている。

「才能がないなんて、自分で決めつけるものではない。まあ、私の目から見てもちょっと残念ではあるが、私を呼ぶ事に成功したではないか。一人前ではないかもしれないが、そんなもの場数を踏めば何とかなるだろう。必死になれ。せめて猫の私ぐらい軽く越えて見せろ」

 全く、柄でもない事を言ってしまった。

「先生を超えるって、どれだけハードル高いんですか!!」

 アリスが、目をゴシゴシ擦りながら笑みを浮かべた。

「そうだな、とりあえずバハムートを召喚してみようか……」

「あれ最強ですよ!!」

 私の言葉にアリスが悲鳴を上げる。そうか、私は三日でマスターしたが。

「なんで先生があんなもの召喚できるのか謎です。それと、攻撃魔法も最強のものを……」

 アリスが急に元気になった。いいことだ。湿っぽいのは嫌いだ。

「メガ・ブラストか。あれは少し苦労したな。一週間掛かった」

 アリスが鼻血を吹き出した。こら……。

「あれ使えるのこの国でも数人しかいないですよ。一週間でマスターしないで下さい!!」

 ……そう言われてもな。

「ちなみに、最強の防御魔法も使えるぞ。確かなんていったか……」

「あああ、ストップ。これ以上は天井のシミを数えだしますよ!!」

 ……それは怖いからやめろ。

「なんで先生ってそんな簡単に魔法使えちゃうんですか?」

 アリスが悲鳴に似た声を上げる。

「簡単でもないんだがな……。まあ、猫で魔法を使える奴は上出来さ。魔法使いで魔法を使えない奴は能なしよ」

「能なしって言われた……」

 アリスがばったり倒れた。鼻血を拭いもせず。

 さて、寝るか。夜までにはまだ時間がある。頑張れ、アリスよ。


 やっと吹雪もおさまり、我々の移動速度は飛躍的に上がった。

 手綱を取るアリスも上機嫌。鼻歌から始まりついには歌い出した。どこか哀愁を感じる曲だ。妙に雪原に合う。

「お前、歌上手いな」

 無理矢理アリスの胸元に押し込まれた状態で、私は正直な感想を述べた。

「そうでもないですよ。これ、童謡で歌いやすいだけですし……」

 そうはいっても口に笑みが浮かんでいる。褒められて悪い気はしていないようだ。

 私たちは順調に進み、もう何度目かの夜を迎えた。しかし、今回は野営なしの突貫だ。遅れている分を取り返さないと、食料がなくなってしまう。

 吹雪ではないが、相変わらず雪は降り続いている。その中を前方に取り付けたカンテラの明かりを頼りに進む。こうして、ひたすら村に向かって進むのだった。


「地図の上でですが、明日には村に着くと思います」

 野営地にて、アリスが疲労を隠さずそう言った。ここまで約一ヶ月。アリスの地図読みが正しければ、確かにもう着いてもおかしくはない。

「分かった。あと残りの食料と水は……」

「三日分といったところですね。ギリギリでした」

 もうそんなに経ったか……。

「まあ、こんな旅も悪くなかった。最後まで油断は出来ないが……」

「そうですね。ここで迷ったら悲劇ですよ」

 ……言うな。本当になる。

「それにしても、今回は移動時間のわりに報われなかったな。あの破壊神とかいう馬鹿を拾っただけで」

 私はパイプをくゆらせながら言った。

「なに言っているんですか、大収穫ですよ。グリーモフを捕らえたなんていったら、国から勲章をもらってもおかしくないです!!」

 ……よく分からんが、そうか。

「さて、そろそろ寝るか。明日の朝は早いのだろう?」

 時計がないので分からないが、まだ宵の口といったところだろう。

「まだ早すぎますよ。ここぞといった時に備えて、お酒も持ってきています!!」

 ……アリスよ。なにをまた。

「先生はどうします?」

 アリスが酒瓶片手に聞いてきた。

「やめておく。酒を飲んだ猫は溺れ死ぬと、昔から相場が決まっているからな」

 私は即座に遠慮した。

「じゃあ、私だけで……」

 こうして夜は更けていくのだった……。


「おかしいですねぇ。そろそろ村が見えてもいいのに」

 アリスはきょろきょろと辺りを見回しながら言った。またも、猛烈な吹雪きに襲われていた。視界はほぼゼロ。これでは見える物も見えない。

「もう一回休むか? これでは話しにならないだろう……」

 私はアリスに言ったのだが……。

「もう少し粘ってみます」

 ユルユルと馬車を進めるそのうちに、遠くに明かりが見えてきた。

「おい、あれじゃないのか?」

 アリスは首をかしげた。

「おかしいですね。あんな場所に村などないはずですが……」

 地図と明かりを交互に見ながら、アリスはポツリとつぶやいた。

「言いたくはないが、お前の地図読みが間違えていたのかもしれぬ。この吹雪で見落としがあったのかも知れぬ。違っていたら違っていたで、現在地が分かるだろう。とりあえず、行って損はないと思うが?」

 野営よりマシだろう。誰かいるならいるで聞けばいい。

「分かりました。行ってみましょう」

 納得がいかないようだったが、アリスは馬車を村に向けた。程なく到着すると、明らかに私たちが住んでいる村ではなかった。

「なんでしょうね。人がいない……」

 アリスがポツリと漏らす。

「それは同感だな。人どころか生き物の気配がない」

 その割には家々には明かりがつき、夕食の匂いまで届いてくる。

「まあ、こんな天気だ。家に引きこもっているのかもしれぬ。とりあえず、入ってみよう」

「はい……」

 アリスは馬車を村に入れた。人の声はする。しかし、気配はない。なんだこれは……。

「とりあえず、宿屋に行ってみましょう。それにしても、薄気味悪いですね……」

 確かに気味が悪い。なんとなく全身の毛が逆立ってくる。なんなのだ、ここは……。

「あの、すいません……」

 アリスが宿屋のドアを開けると、そこには誰もいなかった。そっと中に入ると、まだインクの乾いていない宿帳があった。ついさっきまで、ここに誰かがいたはずだが、何の気配も感じない。いよいよ冗談ではなくなってきた。

「村を出ましょう。さすがに気味が悪いです」

 もちろん、私も賛成だった。宿屋から出ると……馬車が忽然と消えていた。

「えええええ!?」

「……これはまた奇っ怪な」

 さて、困った。これでは私たちの村に帰れない。などと暢気な事を言っている場合ではないのだが……不思議と私にはあまり危機感が湧かなかった。

「ここはどこの村だ。心当たりはないのか?」

 私がアリスに問いかけると、彼女はいきなり村の入り口まで駆けていき。そして、その場に崩れ落ちた。

「どうした?」

 ただ事ではないと慌ててアリスの元に行くと、彼女は村の入り口にある看板を指差した。

「ん、『キンサシャ』? これがどうか……」

「キンサシャの村は三百年前に滅んでいます。この辺りでは有名なんです。『風に流れる村』って……」

 ……


 どう言えばいい? 私はなにも言えなかった。

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