第11話 遺跡へ
アリスが操る馬車は、どこまでも広がる雪原をひた走っていた。頼りは地図と方位磁石のみ。村を発って、そろそろ一日目を終えようとしていた。
「まだ日があるうちに野営にしよう。暗くなってからだと事だからな」
私は肩の上でアリスにそう言った。
「そうですね。今日はこの辺りにしておきましょう」
アリスは馬車を止めた。雪原のど真ん中、空は夕暮れになり、日は水平線の向こうに消えようとしていた。
アリスは手早く荷台からテント一式を取り出して組み立てる。実に慣れた手つきだ。そして雪を掘って火起こし。完璧だ。こちらの世界の人間には、当たり前の事なのかもしれない。
「はい、出来ました。寒いので火に当たりましょう」
言われるまでもなく、私はたき火の周りで丸くなっていた。これはいい。
「アリスよ。その問題の遺跡とやらには、どのくらいで到着する見込みだ?」
半分うたた寝しながら、私はアリスに尋ねた。
「そうですねぇ……。かなり雪が深いので、一週間くらいですか」
一週間か。なかなかシンドイな。
「いずれにしても、長旅か。気合い入れないとならんな」
こういう精神論は嫌いなのだが、今回ばかりはすがってみよう。
「かなりハードになります。まだ序盤ですので、気負わない方がいいです」
アリスに言われなくても分かっている。私はうたた寝から本格的な眠りに向かっていった。……ああ、そうだ。
「アリス、お前は先に休め。夜の見張りは私がやろう」
眠気を無理矢理押しのけ、私はアリスに言った。
「分かりました。その前に、食事ですね」
アリスが干し肉を囓りながら、小さく笑みを浮かべた。いかん、私としたとが忘れていた。例によって猫缶を1つ空にした。本当はカリカリの方が好みではあるのだが、野良時代からすれば、食料が確保されているだけでもありがたい。多くを望んではいけない。
「さて、食事も済んだし。先生に任せて寝ちゃっていいですか?」
アリスが問いかけてきた。
「先ほども言っただろう。夜の見張りは任せろ。ゆっくり休むといい」
アリスは小さく礼を述べ、テントに潜り込んだ。さて、ここからが私の仕事だ。私は耳を澄ませながら、軽くウトウトする。ここで誤解してもらいたくないのだが、我々は例え寝ていても常に臨戦態勢だ。自慢の耳で辺りを探る事に抜かりはない。その時だった。ガサリと音が聞こえた。
「ん?」
ここで持ち場を離れてはいけない。耳を音のした方に向け、全神経を収集に充てる。
「……なるほど、風か。まあ、よかろう。こういう事もある」
私は神経を通常モードに戻した。猫の耳が常に立っている理由はこれだ。我々の武器は聴力の良さである。音がした方向まで把握出来る。これによって、ネズミなどを捉まえる事が出来るのだが今の用途は違った。
「まさか、こんなところで役に立つとはな。何が起きるか分からんな」
つぶやきつつ、私は耳をこまめにに動かして警戒に当たったのだった。
二週間後……
見込みより遅れたが、特に問題もなく雪原を進み、私たちは遺跡に到着した。見えない遺跡というだけのことは全くその姿は見えない。しかし、妙な気配は感じる。なんだか気持ちが悪い場所だ。
「これ、かなり複雑な結界魔法です。見えないのもそのためですね。解呪出来るかどうか……」
「解呪!!」
パキーンともの凄い音がして、遺跡がその姿を現した。まるで、百科事典にあった神殿のような建物だ。
「ま、また、先生に負けた……」
アリスがガックリとその場に膝をついた。
「精進が足りんな。して、どうするのだ。このまま進むのか?」
私はアリスに聞いた。
「中に入ってしまいましょう。また、結界が復活するかも知れませんし」
「了解」
アリスは、馬車から巨大なバックパックを引っ張り出して背負った。残念ながら、私は荷運びの手伝いは出来ない。
「この中には一週間分の食料が入っています。尽きたら一度外に戻って馬車から補給します。こうしないと、遺跡に入ってからどのくらいか分からなくなってしまうので」
アリスの言葉にうなずいて応え、私たちはそっと遺跡への階段を登った。私はいつものアリスの肩ではない。やや前方を歩いている。こういった場所には罠があると聞く。その検知役は私が最適だろう。
「ん? これは……」
入り口にあった罠が作動した形跡がある。つまり、我々の前に誰かが通ったという証だ。
「嫌な予感がする。アリス、進むか?」
アリスはうなずいた。
「行きましょう。それが私たちの任務です」
アリスが行くというなら、私が止める理由はない。警戒レベルを最大にして、私は遺跡の闇に潜った。アリスが持つカンテラが頼りだ。夜目が利く我々だが、本当の闇の中では全く見えない。慎重に進んで行くと、気配を感じて止まった。
「何かいる。戦闘態勢だ」
私の声でアリスは身構え、私は呪文の詠唱に入った。そうだ、元からこうすれば良かった……。
「ウンディーネ!!」
私の術に康応して現れたのは、人型をした水の塊という感じの精霊だった。そして、私の制御に従い、これから進む先に向けて水の弾丸とでも言うべきものを乱射し始めた。ぐおぉぉという声が闇の中から聞こえた。
そう、これは「大掃除」である。ドラゴンでは破壊力がありすぎるので、このくらいの召喚獣に抑えたのだ。ちなみに、水の精霊であるウンディーネは、水辺で呼び出すと破壊力満点になるが、なくても十分使える。
「ううう、ついに召喚術で負けた……」
アリスが泣きを入れるが、今さら何を言う。元々私の方が使いこなしていると思うが……馬鹿め。
「そんな事はどうでもいい。先に進むぞ」
なにかブツブツ言い始めたアリスに声をかけ、私は遺跡の奥へと進んで行った。
「あっ、待って下さい!!」
アリスが慌てて追いかけてきた。やれやれ……。
遺跡というからには複雑怪奇な迷宮を期待していたのだが、道こそ長いが分岐点すらない。時折現れる魔物は私が一瞬で屠ってしまうので、暇つぶしにもならない。全く……。
「アリスよ。この遺跡に入ってから何日目だ?」
私はなんとなく聞いてみた。
「えっと、三日ですね。帰りの時間を考えると、今日か明日には引き返さないといけません」
ちなみに、時間が分からないので、腹が空いたら大休止で食事をとるというパターンだ。それに合わせて三日ということは、実際にはもっと日付が進んでいるかも知れないし、その逆もあり得る。迷宮探索あるあるらしい。
「では、進めるだけ進んで、次の大休止を取ったら引き返すとしよう。出来ることなら、終わりにしたいものだがな……」
私の祈りにも似た言葉は通じた。しばらく進むと、いきなり開けた広間のような場所に出たのだ。
「ほぅ、ここまで来る者がおるとはな……」
広間には先客がいた。無駄に立派な玉座に座り、それっぽい服など着ているが……私の敏感な耳をナメて貰っては困る。普通の人間だ。
「我が名は……」
私は氷の矢を二本放った。これで十分だ。
「どわぁ、ちょっと待って。せっかく考えた名前くらい……!!」
……知るか。馬鹿者。氷の矢は派手なコスプレをしたアホに命中し、一瞬で氷漬けになって床に転がった。コイツはどうでもいい。さっきから強烈な気配を感じる。
「……なあ、アリス。お前も召喚術士なら気がついているな?」
「ほぇ?」
……聞いた私が馬鹿だった。お前は召喚術士などやめてしまえ。直ちに!!
「どこの誰だか知らんが、さっさと姿を現せ。こちらは暇ではない」
私がそう言った瞬間だった。部屋全体を使うような巨大な魔方陣が現れ、その中央にあった玉座に人のような者が現れた。
「なかなか鋭いな」
その「何か」が静かな声で語る。
「ああ、猫の嗅覚を甘く見るな。そこの馬鹿女とは違う」
「先生に馬鹿って言われたぁ!!」
……本当の事だろう。泣くな。
「して、貴様は何者だ? まともでない事だけは分かったが……」
なにもしていないのに異様な魔力。少なくても、人間ではないだろう。
「時代により色々な名で呼ばれている。今はそうだな……破壊神か」
……ふん、大仰な名だな。
「思い出しました。破壊神グリーモフ。世界を破壊し尽くすだけの力を持っています!!」
アリスが叫ぶ。ほぅ、面白い。
「まあ、そういう事だ。少々退屈していてな。そろそろ、この世界を滅ぼそうかと思っている。まず、手始めにお前たちから……」
「メガブラストからのバハムート!!」
攻撃魔法と召還魔法、最強同士の共演である。強烈な爆風が広大な室内に吹き荒れる。普通なら跡形もなく消滅しているはずだが……。
「痛いじゃないか。なるほど、敬意を払うに値する力を持っているようだな」
破壊神は玉座から降りた。見た目は人間の子供だ。
「では、私もお返ししようか。破壊神の力を思い知れ!!」
「掘削!!」
破壊神が何やら危険な光球を放つのと、背後でアリスが叫んだのは同時だった。
いきなり破壊神の足下に穴が開き、その中に転落すると同時に大爆発が起きた。
「アリス……」
何かブツブツ言っているなと思ったらこれか……。地味すぎるが効果は絶大だった。珍しくいい仕事をした。
「さて、回収しましょう!!」
一応警戒しながら、私たちは穴に近づいて行く。そして、中を覗くと……破壊神は目を回していた。自分放った力で……。
「こう言ってはなんだが……哀れだな」
私の最強コンボをあっさり防ぐ奴が、アリスの放ったどうでもいい魔法で自滅。哀れすぎて掛ける言葉もない。
「それで、コイツをどうするのだ。まさか、このまま放置とはいくまい」
今は気絶しているが、目を覚ましたら何をするか分からない。
「もちろん、召喚獣化します。そうすれば、こちらのコントロール下に置かれるので悪さ出来ません!!」
……アリスよ。お前もなかなか悪よのう。
「では今のうちに……」
アリスが呪文をつぶやき、破壊神の体は溶けるように消えていった。
「これで任務完了でしょうね。これ以上の不穏な事は考えられないので」
アリスが弾んだ声でいった。恐らく、自分の策が上手くいって嬉しいのだろう。
「だろうな。さて、帰るとしよう」
こうして、私たちは遺跡の出口に向かったのだった。
再び馬車に乗り、私たちは村を目指して走る。天候は残念ながら雪。速度が出せない上に寒い。しかし、普段からアリスに厳しい事を言っている手前、どうにかしろとも言えない。そう、根性と忍耐である。
「先生、寒かったら私の服に潜って下さい」
アリスが小さく笑みを浮かべながら言った。
ちっ、感づいたか。あるいは偶然か? 変な所で勘がいいからな。コイツ。
「問題ない」
私がそう返すと、アリスは無言で私を抱え上げ、服の胸元に押し込んだ。
「こ、こら、何をする!!」
……くそっ、温かい!!
「無理が丸見えでしたよ。まだまだ修行が足りん!! なんちて」
……アリスのくせに生意気な!!
雪は吹雪に変わってきた。視界が極めて悪い。
「アリス、ここで止まろう。この天候で前進は危険だ」
早く帰りたいが、無理する事はない。
「分かりました。さっそくテントを設営して火をおこします!!」
いよいよ吹雪が激しくなる中、アリスは苦労しながらもテントを設営し、たき火をおこした。これは私が手伝えない事なので、彼女に任せるしかない。
「今日は私だけで見張りをやろう。暗くなるまで少し休もうか……」
テントに入り、アリスにそう言った。
「えっ、見張りは交代で……」
「お前は働いた。今度は私の番だ。ゆっくり体力を回復させるといい」
人間にとっては辛いかも知れないが、猫にとって一晩の見張りなど容易い。寝ていればいいのだ。危機が迫れば、優秀な耳が反応する。
「でも……」
「これは決定事項だ。私は寝るぞ。夜になったら起こしてくれ……」
我々にとって、睡眠はなにより大事だ。アリスの言葉も聞かず、私はさっさと寝てしまうことにしたのだった。
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