閑話 誕生日の1日
閑話
その日はなぜか朝からアリスの機嫌が良かった。台所には様々な食材。鼻歌交じりになにか大量の料理を作っている。まあ、楽しいならそれでいいが……。
「それにしてもアリス。ちゃんと料理出来たんだな……」
普段の食事を作る事くらいは見ていたが、今作っているのは明らかに違う。見たことのない豪華な料理ばかりだ。
「失礼な。私だって料理くらいできますよ!!」
鮮やかに包丁を操りながら、アリスがブー垂れた。
「そうか、誰にでも取り柄はあるものだな。それにしても、一体どうしたのだ? 朝食にしては豪華過ぎるが……」
アリスはニコニコ笑顔で歌など歌いながら答えてきた
「朝食じゃなくて夕食ですよ。今から仕込みしているんです」
これは驚いた。なにもなくこんな豪華な料理など作らないだろう。朝から仕込みを開始するなど、かなり気合いが入っている。
「なかなか見上げた根性だな。して、何度も聞くが何があったのだ? どこか頭でもぶつけたか?」
なにか気味悪いので、何度もアリスに聞く。
「フフフ、今日は私の特別な日なんです。誕生日なんですよ♪」
なるほど、謎が解けた。私には分からないのだが、人間は生まれた日を祝う習慣がある。それは、こちらの世界でも同じらしい。これは、そのパーティーの準備だろう。
「なるほどな、まずはおめでとうと言っておこう。それで、何人くらい集まるんだ? まあ、この村の規模では大した事はないと思うが……」
「一人です」
アリスがスパッと言い切った。……おかしい、耳ダニでも付いたか?
「もう一度聞くが、何人来るのだ?」
……怖いな。この回答。
「私一人ですよぉ。もう何度も聞かないで下さい」
上機嫌で料理しながら、アリスは鼻歌を歌っている。
……不憫だぞ、不憫過ぎるぞアリスよ!! ここは一つ、使い魔たる私が動こうか。なにも言わず、私はそっと家を出た。
肉屋とパン屋の隙間。決まってそこに奴はいる。
「なるほどな、任せておけ。俺が一気にばらまくからさ」
猫缶1個で、この茶トラとの話しは付いた。これで、この村中の野良猫や飼い猫に話しが通るだろう。歩く広告塔の異名を持つコイツなら……。
さて、仕事が終わったわけではない。今度は人間だ。私は村の全世帯を周り情報をばらまく。そのほとんどが驚きの表情を浮かべた。そして、大騒ぎで動き出す。これで、駒は揃った。あとは、時間が来るのを待つだけだ。
日も暮れすっかり夜。さぁ、晩ご飯というとき、アリスがぽつりと言った。
「今年は先生がいるだけ豪華ですね。楽しみ……」
コンコンと家のドアがノックされた。
「ん?」
アリスがドアを開けると、ドヤドヤと人が入ってきた。
「アリスちゃーん、今まで黙っているなんて酷いんじゃないの?」
誰かが言った。皆てにそれぞれプレゼントを持っている。
「ええええ!? どうしたんですか皆さん?」
ビビりまくるアリス。さすがに行かなかったのだが、村長夫妻まで来てしまった。
「誕生日ってのはな、みんなで飲んで食って暴れる。それがこの村の掟だ!!」
どこで手に入れたのか、巨大な魚を抱えた魚屋のオヤジが叫び、皆が一斉にうなずく。
「ええええ、だって私まだこの村に来て2年経たないですよ。とても皆さんに祝って頂くわけには……」
「なーにいってんでぇい。立派な住人だろうが。水くせぇこと言ってるんでねぇ!!」
八百屋のオッサンが、なぜか巨大なキャベツを大量に持ってきている。急だったので、なにも用意出来なかったのだろう。
「よし、そういうことでパーティーの準備を始めるぞ。総員、かかれ!!」
村長の号令一下、集まった三十名近い人間が動く。そして……。
「おう旦那、遅れて済まんな」
人間軍団から送れて数秒。今度は猫軍団の登場である。大人から子供まで、数はざっと五十は越えるだろう。ここまで揃うと壮観である。
「遅かったな。さては、なにか仕込んできたな?」
私が問うと、リーダー格の奴が胸を張った。ちなみに、私は別格扱いだ。
「あたぼうよ。お前さんの主が誕生日とあっちゃ、俺たちも手ぶらじゃ来られないだろ?」
全く、何かイベントがあると本気出す。これが我々の性分だ。直しようがない。
そして、盛大なパーティーが始まった。アリスがちょっと涙ぐんでいた事を、私はちゃんとチェックしていた。
パーティーが終わり人間たちが帰ると、今度は我々猫軍団の出番だ。一応隠し芸で猫軍団総出の大合唱をやったとはいえ、それとは別で片付けがある。ゴミ集めに始まり、洗い物に食器片付け……全て終わって日付が変わった頃、猫軍団も退散していった。
「……猫さんって、集まると凄いですね」
アリスがポカンとしている。
「当たり前だ。我々を甘く見るな」
私はパイプをくゆらせながらそう返す。今日の香草はマタタビがベースになっている。
「それにしても、ありがとうございました。こんな素敵なパーティーを……」
……泣くなよ。苦手なのだから。
「気にするな。使い魔の役目を果たしたに過ぎん。全く、誕生日なんてしっみったれてやるものではないぞ。多分な」
ふぅ、一仕事終わった。あとは寝るだけだ。
「……私、先生を呼べて良かったです。使い魔なんて思っていません。仲がいい友人だと思っています」
アリスが震える声でそう言って……泣いた。声は出していないが。
「使い魔だといったのはお前だろう。まあいい、好きに思っていろ。私はもう寝るぞ」
窓際の定位置に行こうとしたら、アリスに抱きかかえられた。そして、今まで入った事もなかった寝室に連れ去られ、一緒にベッドに寝かされる。……まあ、いいだろう。今日だけだぞ。
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