第10話 新たなる旅立ち
「……そうか、よく分かった。私も言いすぎたな」
テーブルを挟んで向こうにいるアリスは、泣きじゃくりながら私に事の顛末を話した。
まあ、要約するとこうだ。自分で言うのも気が引けるが、大活躍中の私に比較して全くいいことなしのアリスは、腕を上げようと誰も近寄らぬ帰らずの森に修行に出かけたらしい。しかし、結果として結局私に助けられる事となり、さらに自信喪失したようだ。
「いいんです、事実ですから。私、本当に馬鹿……」
アリスが机に突っ伏した。ここで追い込むのは、紳士としていかがなものだろう。かといって、いつまでもこれでは鬱陶しい。安い慰めも逆に傷を広げる。
「アリスよ。馬鹿である事を自覚出来たのなら、それは大きな成果だ。ほとんどの人間がそれすら気づかない。気づいたなら、それでいいのだよ」
パイプをくわえながら、私は今日の新聞をテーブルに広げた。話しは終わりである。私に出来る事はない。
「先生。なんで先生はそんなに強いんですか?」
ようやく泣き止んだアリスが、ぽつりとつぶやいた。
「私は強くないぞ。むしろ、お前たちより脆弱だ。人間に一発殴られただけでも、簡単に死んでしまうほどにな」
これは嘘ではない。人間よりは衝撃に強い体は持っているが、決して強いわけではない。一度死んだ身だしな。
「……元は野良さんだったんですよね? どうすれば生き残れるんですか?」
アリスが質問を変えてきた。ふむ……。
「70%の運と20%の努力、10%の才能だな。どんなに鍛錬を積んでいても、どれほどの才能があっても、運がなければ三秒後に車に轢かれる。野良の世界は甘くない」
新聞のページを一枚繰る。我ながら器用だ。
「運ですか……。私は薄そうですね」
私はあえてなにも言わなかった。そんな事は私には分からない。
「ああ、すっかりうやむやになっていたが、村長が呼んでいたぞ。早く行ってくるがいい」
ふと思い出し、アリスに伝えた。
「えっ、村長が? 分かりました。行ってきます!!」
アリスは慌てて家を出た。数分後……。
「……ただいま」
またもゴッテリ落ち込んで帰ってきた。手には何やら紙束がある。
「忘れてました。帰らずの森って、貴重な薬草の採取場所でもあったんですよね。根こそぎ消滅してしまったので、反省文三百枚……」
ほう、なかなか味な仕打ちだな。
「これも先生がぶっ飛ばしたせいですよ!!」
いきなり立ち直ったアリスが、これまたいきなり噛みついてきた。
「……一つ聞く。誰にも告げず森に行ったのは?」
アリスが固まった。
「……一つ聞く。その森の中で迷子になっていたのは?」
……
「さぁ、頑張るがいい。影ながら応援しているぞ」
アリスはなにも言わず、自分の部屋に入ってそっと扉を閉めた。中から泣き声が聞こえてきた。言っておくが、私が悪いわけではないぞ。
「さて、私も一仕事してくるか……」
新聞をパタンと閉じ、家の外に出るとアリスの馬車に乗る。そのまま村を出て南に進み、元々は帰らずの森だった場所に行く。
「ユグドラシル!!」
世界の中心たる世界樹の大木。そこから生まれたという女神だ。
「はーい、ユグちゃんでーす。おおう、猫さんに呼ばれるとは。もうお姉さんびっくり!!」
……なんだ、このスーパーハイテンションは!!
「ああ、すまん。ここにあった森を再生して欲しいのだが……」
とりあえず、平静に私は切り出した。
「はいはーい。あらぁ、ずいぶんど派手にやりましたねぇ。森の活力がゼロですなぁ。一つ必要なものがありまーす!!」
……なんだ?
「モフモフ成分です!! きゃあー可愛い!!」
ユグドラシルは私を抱きかかえると、やたらめったらモフモフしまくる。やめろ、やめるのだ!!
「モフモフは正義!! モフモフエネルギー充填率120%!! いっけぇ!!」
ユグドラシルが叫んだ瞬間、まさに驚愕するべき事が起きた。完全に焦土と化していた森が、いきなりドンと再生した。
「はーい、こんなところかな。じゃぁねぇ!!」
まるで嵐のようだったが、とりあえず帰らずの森を再生する作業は完了した。これでよし。
「さて、帰るか。戻ってゆっくりしよう……」
私は馬車を操り家路を急ぐ。ちなみに、ユグドラシルは相当な猫好きだ。触り方だけですぐ分かる。まったく、恐ろしい……。
結局、アリスは一日使い物にならなかった。せっかく立ち直りかけのところに、三百枚の反省文で撃沈した。しかも、さらに追い打ちで私が森を再生させてしまったのだ。
この事に村長は大変喜んでいたが、アリスの反省文は撤回される事なく。またもや私が美味しい部分をかっさらってしまう形になった。アリス、根性と忍耐だったろう?
そして翌日……。
「ううう、先生の馬鹿!!」
……まあ、甘んじて受けよう。今日だけはな。
「そういえば、また書状が届いていたぞ。ドアに挟まっていた」
私がテーブルの上に置いた妙にファンシーな封筒を示すと、アリスは面倒臭そうにそれを取り上げた……。
「ああ、国王ね……ええっ、国王様!?」
やっとアリスのスイッチが入った。封書を開けると、ピンクの便せん……大丈夫か。ここの王家。
「えっと、街道警備隊より報告。『F117号遺跡(通称:見えない遺跡)』にて不穏な動きあり。至急調査し対処せよ。報酬は追って送る」ですか……」
アリスが思案気な表情を浮かべた。
「なんだ、また遠出か?」
アリスはうなずいた。
「『見えない遺跡』は、この王国の最南端に位置します。往復だけでも数週間単位の旅になりますね……」
「もっと近くの街なり村なりに依頼すればいいと思うが……」
私は当然の疑問をアリスにぶつけた。
「ここが最南端の村なんですよ。あとは未開の大地です。補給もなにも望めないので、しっかり準備しないと……」
……なるほど、それはまた難儀な。
「では、さっそく準備にかかろう。王令ということは、急ぐのだろう?」
アリスはまたうなずいた。
「とっても急ぎです。さっそく買い物に走りますよ!!」
私は素早く定位置であるアリスの肩に乗り、村中を駆け巡る事になった。全く、次から次と忙しい。たまには休みたいものである。食料やら水やら野営道具やら……なぜか私のオモチャまで。一式揃えて馬車に積んだ量は……何度か見た行商人のような有様だった。
「さて、行きますよ。夜になったら無理せず休み、日が昇ったらまた進むの繰り返しです!!」
「承知した」
こうして、我々は長距離行に出発したのだった。ボロ馬車に使命と一抹の不安を乗せて……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます