第9話 猫の勘だ

 ……

「こういうのは困るのだがな……」

 元々水面下で計画は進んでいたらしいのだが、広場の真ん中に私とアリスの銅像が建立された。しかし、アリスはあくまでもオマケ。主役は私である。

「確かに。しかも、先生の方が大きいって、私としては複雑なんですけど……」

 アリスがブーブー言うが、それは致し方ないだろう。不本意だが目立っているのは、この私の方なのだから。

「なぁ、アリスよ。私の主ならもっと気合いを入れたらどうだ。腕っ節だけが強さではないが、人さらいに呆気なくさらわれるなんて、まだまだ鍛錬が甘いぞ」

 この私の一言が、事件を起こすことになる。

「……我、これ……に入る」

 ん? 私の耳ですら聞き取れなかった。

「何か言ったか?」

 私はアリスに聞き返した。

「な、なんでもないです。ちょっと黒くなっただけで」

 彼女が答える。やはり、コイツは正直だ。

「まあ、いい。とりあえず朝飯だ。全く、ありがたくもない式典に呼んでくれるとはな」

 別に称えられてもどうとも思わない。私はあくまでもアリスの使い魔である。やるべき事をやったに過ぎないのだ。

「……そうですね。朝ご飯にしましょう」

 アリスのテンションが低い。こういう時は何かが起こる。私の勘は警鐘を鳴らしているが、それがなんなのか分からない。思念回路も完全遮断だ。

 これは、何かが起きる。嫌な予感しかしない私だった。


「……どこに行った?」

 やたらと巨大なバックパックを背負い、アリスが家を出たのは数時間前。買い物といっていたが、そんなわけがない。馬鹿でも分かる。

「全く、本当に落ち着かん奴だ……」

 まあ、いいだろう。こういうときは、また誰か飛び込んでくるはずだ。それがお約束というやつである。

 しかし、待てど暮らせどドアは開かなかった。時刻は夕刻。さすがに長すぎる。


『どこだ、馬鹿者?』


 わたしは思念通話を試みたが返事がない。ただ意図的に答えないならいいのだが、もし何かに巻き込まれていたらまずい。私はドアに設けられた猫用出入り口から外に出た。田舎の村とはいえ、この時間はそれなりに活気がある。村の中を歩いていると、見覚えのある青年がやってきた。

「おう、元気か?」

 私はとりあえず挨拶する。

「ああ、元気だ。それより、アリスを見なかったか?」

 青年に答えると、彼は思案気な表情を浮かべた。

「朝早くに馬車で通り掛かったのを見たんだ。行き先も告げなかったから、てっきりすぐ帰ってくると思ったんだが……」

 やれやれ、本当に失踪が好きなやつだ。

「分かった、あとは私がやってみよう。馬車を貸して欲しいのだが……」

 青年はうなずいた。

「よろしくたのんだぞ。馬車はうちのを使ってくれ」

 こうして、アリス捜索が開始されたのだった。


 聞き込みの結果、アリスは南に向かったらしい。夜の雪原を馬車で走るのは、何とも気持ちがいい。車輪代わりのソリが雪をかき分ける音が心地いいのだ。月明かりが少々まぶしい。とまあ、そんな暢気な事を言っている場合ではないか。

 馬車の操縦は覚えてしまえば難しいものではない。方向さえ指示してやれば、勝手に進んでくれる。地図と方位磁石を頼りに向かう先は、村人が「帰らずの森」と恐れる場所だ。

「全く面倒な事を……」

 独りごちながら馬車の速度を上げる。本当にここかどうかはわからないが、ほかにめぼしい場所はない。猫の勘だ。

「おっ、馬車があるな……」

 村を発って1時間ほど。そこに馬車が一台駐まっていた。


『おい、いい加減に返事しろ。今、森の前に着いた』

 こうやって時折思念通話で呼びかける事も忘れない。今まで返事がなかったが……。

『森の前って、なんで分かったんですか!?』

 やっとアリスが返事した。猫パンチものだな。

『ふん、猫の勘だ。それより、早く森から出てこい。いい加減怒るぞ』

 言いながら、すでに駐められていた馬車の脇に自分の馬車を止めた。

『それが、現在地が分からなくなってしまって……』

 そう来たか。さすが「帰らずの森」だ。

『ならば、私の思念を追え。会話が出来るなら分かるはずだ』

 私が森の中に入るのも手だが、それをやると入れ違いになる可能性が高い。

『分かりました。やってみます』

 体には特に異常がない。つまり、アリスが大きな怪我をしている可能性はゼロだ。それは救いだった。そのまま待つ事一時間。

『どうだ、出来そうか?』

 アリスが出てくる気配がないので、私はアリスに聞いた。

『来た時と道が違います。先生の思念は感じますが、そこに辿り付く道がありません!!』

 なんだか泣きそうなアリスの声。ふむ、これは一手打たねばな。

『これから邪魔な森を吹き飛ばす。最大級の防御魔法で身を守れ』

 アリスに言ってから、私は呪文を唱え始めた。

『な、なにするんですか。えっと、えっと、なんかこう防御的なもの!?』

「レッド・ドラゴン」

 私の呼びかけに応じ、真っ赤なドラゴンが現れた。

「なんだ、猫の旦那か。久しいな」

 現れたのは、先日山で「契約」したあのドラゴンだった。

「久しいというほどではないと思うが……。それより、ここで私の馬鹿主が迷子になってしまってな、いっそ森ごと吹き飛ばしてしまいたいのだ。出来るか?」

 ドラゴンはふんと鼻を鳴らした。

「お前も大変だな。なに、お安いご用だ。ちょっと待ってろ」

 レッド・ドラゴンは大きく息を吸い込むと、とんでもない熱量の吐息を吐き出した。まさに「炎竜」の名にふさわしい。

「……さすがだな」

 跡に残されたのは、炭化すら許されず木が消滅した森だった場所と、少し離れた場所にある魔力の光だけだった。アリスの防御魔法だ。

「なに、大した事じゃない。また何かあったら呼んでくれ」

 私はレッド・ドラゴンを帰した。そして、まだ防御魔法を張り続けているアリスに近寄っていく

『もう済んだぞ。いい加減こっちにこい』

 思念で呼びかけたが返事もない。

「おい……いかん」

 程なくアリスの元に到着すると、コイツは固まっていた。意味不明な事をつぶやきながら、必死に防御魔法を維持している。その顔は半泣きどころか、涙でグチャグチャになっている。

「まあ、猫パンチの出番はなくなったようだな。これだけ仕置きしておけば懲りるだろう」

 私は近の地面に座ると、最近覚えたパイプをくゆらせた。詰めるのは人間のようにタバコの葉ではなく、色々な香草を乾燥させたもの。アリスがこちらの世界に戻ってくるまで、まだ掛かるだろう。

 こうして、夜明けまで私は待ちぼうけを食らったのだった。詳しい事情聴取は、村に戻ってからでも遅くはなかろう。

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