第8話 猫の倍返し
「ふむ、我ながら見事だな……」
元々森林地帯だった場所は、綺麗に焦土化していた。炭化した木々が氷を纏い幻想的ですらある。まあ、……そこら中に転がる、消し炭になった人間の骸がなければな。
木々が消滅した結果、ボロボロになった城塞の跡がはっきり見える。
「ここまで二日か。急いだのだがな……」
やはり、長距離移動は苦手である。これは、犬に劣ると言わざるを得ない。
「さて、私の仕事をしようか……」
迷わず廃墟となった城塞に入り、そのまま進んで行くと人の気配がした。反射的に壁に身を寄せ、自慢の耳を立てる。
「まだ新しい馬車は来ないのか!!」
怒鳴る声。性別:男。種族:人間。多分デブ。
「申し訳ありません。なにぶん、手下のほとんどが死んだ上に、この雪で……」
怒鳴る声に言い訳する声。性別は人間の男で、多分痩せている。他の声や音は聞こえない。二人か。
私はトコトコと部屋の中に入っていった。元は立派だったであろう椅子の周りには悪趣味な事に金貨やら何やらの山。椅子にどっかり座っているのは、分析通りデブ野郎とその隣にいるガリガリ野郎だった。さて、どっちから攻めるか……。
「な、なんだ、猫が入って来たぞ……ちょっと可愛いが、つまみ出せ!!」
……なんだ、その微妙な猫好きアピールは。
「も、申し訳ありません。私は猫アレルギーでして……」
決めた。ガリガリから攻める!!
私はゆっくり二人に近づいて行くと……一気にガリガリの背に飛び乗った。
「ひぃぃ!?」
悲鳴を上げるガリガリの目に向かって、背後から猫パンチ往復スペシャルをおみまいする。これは、真の喧嘩の時に取っておく必殺技だ。左右で交互に高速ビンタを連打するのである。もちろん、爪は全開だ。
「ぎゃぁぁぁ、目が目がぁぁぁぁ!?」
我々は無益な殺生は好まない。相手が怯めばやめる。しかし、こいつらはきっちり締めておかねばなるまい。
私は前足をガリガリの頭に乗せてくるりと前方に向いた。ちょうど、顔面を抱きかかえている感じになる。では、仕上げといこうか。
私は後ろ足に力を込め、爪全開でキック連打で食らわせた。通称猫キック。我々が生身で持つ最強の技である。
「ほんげぇぇぇぇぇ!?」
堪らずといった感で、ガリガリは地面にうずくまったが、私はさらに足の速度を上げた。我ながら無慈悲である。
そして、顔面がボロボロになって気絶したガリガリを捨て、わたしはデブ野郎に向き直る。すでに相当ビビっているようだ。
「な、なんか不満でもあるのか? ほら、えっと、どっかその辺に猫缶が……」
慌てて金貨を押しのけて探し始めたデブ野郎。コイツがボスだろう。爆発を伴う派手な攻撃魔法は使えぬ。となれば……。
「不満なのはお前の顔だ」
私が生み出せる最大数三百。その氷の矢が、一気に背後を向いていたデブ野郎のケツに突き刺さる。
「ぎゃぁぁぁ!?」
かくて、他愛もないお遊びは終了した。あとは、アリスを探し出せば終わりだ。
『聞こえるか?』
私は思念通話に切り替えた。
『はい、聞こえます。なにか凄い声が聞こえましたが……』
アリスが思案気に聞いて来た。
『なに、目の前に転がっていた邪魔なカスとクズを蹴散らしただけだ。それより、どこにいる?』
『はい、多分地下牢です。私の他に二十名います。馬車が必要になりますね』
……そんなにいるのか。
『なぜ早く言わぬ。単身で来てしまったではないか……』
確認しなかった私も私だが、言わないアリスもアリスだ。
『単身って、先生一人で来ちゃったんですか!?』
アリスは本気で驚いたらしい。思念会話では嘘はつけない。
『まさか、お前以外にもいるとは思わなかったからな。私だけの方が目立たないし、都合がいいと思ったのだ。まあ、とりあえず地上に出てこい。そのくらいの魔法は使えるだろう?』
そこで思念通話を切る。実は、結構疲れるのだ。
「さてと、どうしたものか……。おっと!!」
階下から爆音が聞こえ、天井からパラパラとなにかが降ってくる。あの馬鹿……。
「せんせーい、お待たせしました!!」
アリスを先頭にゾロゾロやってきたのは、まだ小さな子供たちだった。よほど怖い思いをしたのか、一様にガタガタ震えて声も出せない様子だ。
「あの、そこに転がってる二人は……」
アリスが恐る恐る聞いた。
「ああ、あれか。うるさいから黙らせておいた。あとは人間の問題だ。適当に処理しろ」
「……はい」
あっけに取られている様子だったが、アリスはそれでもうなずいた。
「でも、どうしましょうね。この人数を運ぶとなると、村に応援を出さないと……」
アリスが珍しく真面目な様子だ。
「そうだな、まずこの倒壊しそうな建物から出よう。話しはそれからだ」
私とアリスは共同で大所帯の移動に掛かった。外は寒いがここよりはマシだろう。
一同が出そろった事を確認し、私は爆発を起こす魔法を使った。建物の数カ所で発生した同時爆発に耐えきれず、城塞の名残はその姿を消した。これはサービスだ。またどこぞの輩が住み着くとも限らんしな。ちなみに、あのカス共も一応引っ張り出してある。氷漬けではあるが……。
その間にアリスは簡単な結界魔術で、風を防げる程度の簡単なテントのような物をつくった。その中に一同を置き、私とアリスは話し合った。
「ここから先は街道警備隊の仕事です。ただ、冬場は巡回が期待出来ませんので、詰め所のある隣町まで連れて行くしか……」
「この大人数を徒歩でか? 少しは現実的に考えろ。まず、お前が村に救援を求めろ。馬車の四、五台は確保出来るだろう。それを連れてくればいい」
それが現実的な対処法だろう。と思った時だった。私の耳がなにかの接近音を捉えた。
「アリス、何か来る。音の質からして馬車だ。それが複数台。戦闘待機」
私が指示を出すと、アリスは身構えた。なんで使い魔が主に指示を出しているのかが謎だが、そこは今さらである。アリスでは当てにならないからな。
「えっと、発見しました。うちの村の人たちです。数は八!!」
アリスが双眼鏡を取り出して叫んだ。どこからそんな物を……。
程なくして、私の視界にも濛々と雪煙を上げながら、こちらに向かって来る馬車の一団が見えた。車輪ではなくソリに変えた冬仕様というやつだ。お陰で未舗装の雪原でも走ってこられる。
「どうしてここが……」
「さぁな。でもありがたい」
程なく馬車の一団が到着し、それぞれ適当な武器を持った連中がドヤドヤ降りてきた。
「一人で行くなんて無茶ですよ!! アリスの家にあった地図にここが記されていて、使い魔の姿も見えなかったので、もしやと思って住民総出できました!!」
代表して喋りかけてきたのは、あの最初に駆け込んできた青年だった。
「それは助かった。ここにいる要保護者を全員回収したい。八台馬車があればギリギリか……」
ここにいるのは、まだ五才かその辺りだろう。少々無理に乗せれば何とか乗り切れるだろう。
「はい、分かりました。さっそく撤収準備しましょう!!」
あとは住民たちの仕事だ。総出で子供たちを順序よく誘導し、ゆっくりと馬車に乗せていく。手の空いた者は周辺警戒だ。私の誇る耳には、今のところ風の音しか聞こえない。そして、子供たちを全員無事に乗せ、余った馬車に村人たちがすし詰めに乗り、一路村に向かって突進する。決して快適とは言えないが、私の定位置であるアリスの肩に乗っているので、潰される心配はない。
「しかしなんだ、お前が無事でなによりだ。何かあったら困るからな」
雪原を突っ走る馬車の中で、私はアリスに言った。
「それは私のセリフです。一人で来るなんて無謀過ぎです!!」
怒られてしまった。なんと不条理な。
「元々はお前が悪い。人さらいなどにさらわれるな。馬鹿者」
アリスの顔色が変わった。
「そ、それは、申し開きようがなんというか……」
アリスがしどろもどろでなにか言っている。が、無視した。どうせ大した内容ではない。
「ともあれ一件落着だ。帰って寝よう。実は疲れているのだ」
さすがに無茶しすぎたと思う。しかし、これしかなかった。
「そりゃそうでしょう。帰ってご飯食べて寝ましょう」
アリスがそう言って笑った。
私が徒歩で歩いた道のりを二時間で駆け抜け、馬車は村に到着した。やっと帰れると思ったのだが、先に到着していた街道警備隊の役人に夜遅くまで事情聴取をされ、結局寝る事が出来た時にはヘトヘトだった。全く、とんだ災難である。やれやれ……。
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