第6話 ドラゴンと猫

  暴風雪も収まり、当たりは一面の銀世界になっていた。

「さすがに冷えるな。天気はいいが……」

 冬の頼りない日差しに照らされ、積もった雪が眩しい。誤解されているが、猫は寒さにも暑さにも対応出来る。ただ、居心地がいい場所を求めているだけだ。

 私はアリスの肩に乗り、不快な痛みを我慢しながら村の中を進む。全く、レベルアップするのはいいが、結果を考えて欲しいものである。

「今日はどうしますか? いつも通り練習するにしても、この積雪だと……」

 アリスが寒そうに言った。いつも村はずれで練習に付き合っているのだが……いつもの場所は、積雪数メートルという感じであった。

「これでは辛いな。少し待っていろ」

 アリスに言って、私は呪文を唱えた。すると、大量に積もっていた雪がスルスルと消滅していく。程なくして、ちょうど練習にはいいくらいの地面が現れた。

「ま、魔法じゃないですか!!」

 アリスが叫んだ。

「なに、驚く事でもないだろう。お前の記憶にあった魔法に関する情報を元に、色々と開発しておいた。これは、『除雪』の魔法だ。妙にポンポイントだがな」

 私はそう言ってアクビをした。この程度出来ないようでは、とても野良猫などやっていられない。

「ああ、ついでに試射も兼ねて見せておこう。……メガ・ブラスト!!」

 虚空に巨大な白い光球が生まれ、極太の光の矢となって飛んでいく。遙か彼方にある山に命中し、跡形もなく吹き飛ばした。攻撃魔法の中では最強といわれているものだ。使うのは初めてだが、なかなか興味深い。

「あ、あの、それ私使えないんですけど……」

 アリスがあんぐり口を開けた。ふん、この程度造作もない。

「さて、本題だ。さっそく練習開始だ」

 こうして、アリスの召還魔法練習が始まったのだった。


「今日もよく練習したな。だいぶマシになったぞ」

 アリスの家に帰ると、さっそく評価を伝える。実際、アリスの腕はめきめきと上がっている。言うだけあって根性があるのでへこたれない。いい傾向だ。

「そうですか、良かったです。でも、普通の魔法で先生に負けているとは……」

 アリスは複雑な表情を浮かべている。ふん、私に勝とうなど十年早い。

「そういえば、さっきポストを見たら、魔法管理局から手紙が来ていました。さっそく開けてみますね」

 私はアリスの記憶を手繰る。魔法管理局とは、魔法に関する事についての監視を行っているらしい。

「うげっ、これ国王様からの命令ですよ。この界隈で魔法を使えるのは私だけですからねぇ……」

 そう、例え明かりくらいの魔法しか使えなくても、召喚術という強力な武器を持つのがアリスだ。私はその使い魔に過ぎない。

「えっと……、うわぁ!?」

 アリスは紙をほっぽり出した。床に落ちた紙を見ると……。


『カカセト山に住み着いたドラゴンを討伐せよ。ドラゴンの種類はレッド・ドラゴン。報酬は金貨二百枚。早急に対応されたし』


 私はアリスの記憶を漁る。なるほど、要するに巨大なトカゲを叩きのめせばいいのだ。うまくやれば召喚獣が増える。いいことではないか。

「なに、恐れる必要はない。冬山登山用の準備をせねばな。アリス、聞いているか?」

 例によって硬直してしまった。やれやれ……。

 こうして、私たちはちょっとした冒険に旅立つ事になったのだった。

 

 カカセト山は村からとほで半日ほどの場所にある、そこそこ標高が高い山だ。

 冬山というのは、それだけで十分モンスターだ。油断すると死が待っている。

「先生、真面目にドラゴン退治するんですか? 私たちだけではキツいですよ」

 アリスが何やらブー垂れながら歩く。ドラゴンなる生き物は知らぬが、トカゲはこんな寒い時期には動かない。どこかで冬眠しているはずだ。動きは鈍くなっているはずなので、さほど問題にはならないだろう。

「何も倒す事はない。まあ、見ていろ。いざとなったら、魔法で山ごと吹き飛ばしてしまえばいい」

 アリスはなにか言っているが、私は無視してアリスの肩に揺られて行く。そう高い山ではない。登頂を開始してから一時間ほどで山頂に着いた。

「うわぁ……」

 そこには真っ赤な鱗で全身を覆った巨大なトカゲ……ではなかった、ドラゴンがいた。予想通り動きが鈍い。やっとという感じで、こちらを振り向く。

『なんだ、討伐隊か。いいだろう、暇をしていたところだ』

 頭の中にそんな言葉が聞こえてきた。無論、アリスではない。

『とっとと我々と戦うか、どこかに行くか……あるいは私の召喚獣となるか。悪い取引ではないと思うが……』

 私の『声』はアリスにも流している。例によって、奴はアワアワしている。全く、頼りにならん。

『我を倒す? それに召喚獣として使役しようというのか?……。面白い、少し運動しようではないか』

 頭の中にそんな声が聞こえてくる。フン、面白い。

『お前の選択はそれでいいのだな。手加減はせんぞ?』

 ここで負けてはいけない。私はあくまで強気でドラゴンに返した。しばし、私とドラゴンのにらみ合いが続いた。そして……。

『行くぞ!!』

 ドラゴンは大きく口を開けた。来たか、高速詠唱!!

「メガ・ブラスト!!」

 長射程を誇るこの魔法の性能から考えば、ほぼゼロ距離射撃!!

 しかし、ドラゴンは口を閉じ、私が放った魔法を回避した。そして、前足で踏みつぶしに来る。フン!!

 避けるというほど避けるまでもなく、私は横飛びに避け、その足を一気に駆け上っていった。身につけた知識によれば、竜族には頭に弱点となる逆鱗と呼ばれるものがある。故に、うっかり触れば激怒されるところだが……うっかり触るつもりはない。

 私を振り落とそうと暴れるドラゴンだったが、竜鱗にがっちり食い込んだ私の爪は簡単には外れない。その間にも、私はある作業を継続させていた。そして……。

 それは、突然やってきた。純白の光が逆鱗に命中するのと、私が地面に飛び降りたのは同時だった。

 大きな咆吼を上げ、地面にドラゴンが倒れた。しかし、よほど頑丈なのか、弱点であるはずの逆鱗を吹き飛ばされても、まだ息があるようだ。

 一つ種明かしをしなくてはならんな。メガ・ブラストという魔法は、長射程故に途中で飛行コースを制御出来るのだ。撃って外れておしまいではない。

 ともあれ、勝負に勝った瞬間だった。アリスはようやく落ち着いたらしく、地面に倒れたじっとレッド・ドラゴンを見つめている。

『やるじゃねぇか。いいぜ、手を貸そう』

 息も荒い中、ドラゴンがそう言ってきた。

「アリス、所定の手順を踏め。このドラゴンを召喚獣にするためのな」

 私がやってもいいのだが、これはアリスの仕事である。それぞれ役目はあるのだ。アリスが長い呪文を唱え、杖でポンとレッドドラゴンを叩く。すると、その姿がサッと消えた。これが召喚獣の「契約」だ。

「さて、任務完了だ。さっさと山を下りよう。寒くて仕方ない」

 私はアリスの肩に戻った。その私をそっと撫でた。

「さすがです。先生には勝てません」

 アリスが小さく笑みを浮かべながら言った。

「お前が使えないだけだ。召喚士を名乗るならこれくらいやれ」

 ため息をつきながら、私はそう言った。

「はい、次は頑張ります!!」

 次か……早々滅多にあるとは思えんが。

 まあいい。今は帰って寝たい。天候が徐々に悪くなってきている。登山道は整備されているが、早く下山しなくては、遭難の危険がある。

 こうしてアリスと私は、雪が降り始めた山を無事に下りたのだった。

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