第5話 吹雪の日

 これを初雪と言っていいのだろうか? ガタガタと窓がなり、雪混じりの強風が吹き荒れている。当然、散歩は中止だ。少々の悪天候は気にならないが、ここまで酷いとさすがに外出は嫌である。

「いやー、凄いです。飛ばされるかと思いました!!」

 服のフードに付いた雪を落としながら、アリスが手にした槇の束を暖炉の側に置く。家の脇にある薪置き場に行くだけでこの有様だ。

「アリスよ、あまり無理をするな」

 私はありきたりなセリフを吐いておいた。

「そうですね。もし、私になにかあれば先生にも影響がありますし……」

 なに? 聞いてないぞ。

「それは、どういうことだ?」

 これは聞き捨てならない。確認しておく必要がある。

「はい、使い魔とその主は命や魔力、知識などを共有します。つまり、主が死ねば使い魔も死にます。まさに、一心同体というやつですね」

 いつものフワフワした声でアリスが言った。

「馬鹿者。そういうことは、先に言っておくべきではないのか!!」

 私はアリスの足首に爪を立て、フルパワーで切り割いた。

「痛いです。何するんですか!!」

 アリスがその場にうずくまった。

「目つぶしの方がよかったか?」

 アリスがブンブンと首を横に振る。なんだ、つまらん。

「つまりは、お前の命を守りながら、戦わねばならんということだな。全く面倒な……」

 猫の辞書に「誰かのため」という言葉はない。そんなもの、犬に食わせてしまえ。

「面倒って。私これでも結構やる……」

 アリスの言葉が止まった。彼女の右目の前には、私の前足がある。爪は出していないが、やる気ならもうとっくに右目の眼球は大変な事になっていただろう。

「甘いな。これで結構やるだと? なんと言ったか、そう、へそで茶を沸かすというものだ」

 私は窓際の定位置に戻り、箱座りで様子を伺った。アリスはガックリと床に崩れ落ちている。まあ、せいぜい落ち込むといい。それが明日の糧になるのだからな。

「召喚術で追い越され、体術でも勝てず……。私はどうすれば……」

 アリスがなにやらつぶやいているが、私の知ったことではない。箱座りのまま。まどろむ私。窓のすきま風で少々寒いが、この際贅沢は言うまい。

「せ、先生、体術の秘訣は……」

 やはり聞いて来た。しかし、私は猫。教えようがない。

「簡単だ。向き合う、素早く間合いを詰める、思い切りぶっ叩く!! それだけだ」

 アリスが盛大にコケた。致し方ないだろう。私は猫なのだから。

「あ、あの、出来ればもうちょっと丁寧に……」

 ヨロヨロと立ち上がりながら、アリスが私に言った。ふむ、実践するしかないか……。

「模擬戦闘をやってみよう。語るより分かるだろう」

「はい!!」

 こうして、私とアリスの模擬戦闘が始まったのだが……。

「どこを見ている?」

「くっ、まだまだです!!」

 なるほど、根性はある。これは楽しめそうだ。長いので割愛するが、私も少しだけ戦闘モードで爪をちょっと出した事を付記しておく。


 その日の晩、顔中に私の爪痕を付けたアリスが、無言で猫缶を開けてくれた。いじけるかと思ったが、なるほど根性娘なだけの事はある。

「……先生、泣いていいですか?」

 模擬戦闘は全敗したが、まあ、筋は悪くない。あとは鍛錬次第だ。

「泣くな、鬱陶しい。筋は悪くない。いっそ、召喚術士ではなく格闘家でも目指したらどうだ?」

 私は本心から言ったのだが、アリスは泣いた。

「私は召喚術士になるんです!! ううう」

 やれやれ、泣くな。鬱陶しい。

「なぜそこまでして召喚術士にこだわるのだ。控え目に言って向いてないぞ」

 私はフェアリーを呼び出し、アリスの顔に付いた爪痕を消していく。

「だって、格好いいじゃないですか!!」

 ……真面目に聞いた私が馬鹿だった。

「というのは冗談で、私の家は全員召喚術士なんです。選択の余地がないんです!!」

 なるほどな。そういう事情で、向いていない召喚術士か。息苦しくて堪らんな。

「私は本に書いてあった通りにやっている。まさか、変なアレンジを加えていないだろうな?」

 アリスの肩がぴくりと動いた。当たりか。

「基本も出来ぬ奴がアレンジなど噴飯物だ。明日から基本形でやるように!!」

「……はい」

 しばし考え込んでいたアリスがうなずいた。全く、こいつは……。

 とりあえず、言いたい事は言った。腹も満たされた。静かに勉強を始めたアリスの姿を見ながら、私はウトウトと眠りに入ったのだった……のだが。

「使い魔との親密度アップ……。現在は一段階、二段階に上げると……」

 どうやら無関係ではない様子だ。私は起き上がって大きく伸びをすると、アリスに向かっていった。

「なにをしようとしている?」

 私が聞くとアリスは小さく笑った。

「使い魔である先生と、もう少し仲良くなろうと思ったのです。全四段階なので、一気に上げてしまおうかと……」

 ……なんだろう。いい心がけだが悪い予感しかせぬ。

「では、いきますよ!!」

 アリスが呪文をつぶやき、私の体が床に描かれた魔方陣の光に包まれる。

「ちょっと待て。最終段階とは!?」

 私が声を上げた時には、全てが終わっていた。

「成功ですね。これで、先生は私の魔力と魔法を全て使えます。もちろん逆も。そして……」


『聞こえますか?』


 いきなり脳内にアリスの声が聞こえた。気持ち悪い。

「こんな感じで、言葉に出さなくても会話が出来るようになりました」

 開いていた本をぱたりと閉じ、アリスがなぜか嬉しそうに言った。

「なかなか気持ち悪いな。で、デメリットは?」

 先ほどの件もあるので、私はアリスに聞いた。

「さほどの変化はないです。ただ、主が傷を負えば痛みが伝わるくらいで……」

 アリスはぽつりとそう言った。ほら、あった!!

「つまり、お前が怪我をすれば私も痛いということだな!?」

 私はアリスの肩に飛び乗った。瞬間、何とも言えぬ痛みが襲いかかってくる。

「痛いぞ。これではお前の肩に乗れぬ……」

「大丈夫です。慣れですから」

 このアホ。私の迷惑を考えろ!!

 こうして、私の苦悩が始まったのだった。まったく余計な事して……。

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