第4話 猫を猫と馬鹿にしないように

「うぉぉぉ、なんで先生に出来て私が出来ない!!」

 勉強の鬼と化したアリスは、一日中机に張り付いている。使い魔を呼び出すのは三段階目。今やっているのは四段階目。全部で十段階ある。これは先が長い。

 まあ、それはいいのだが、暇で仕方がない。私は換気のために開け放ったままの玄関のドアから通りに出た。暖炉を炊きながらドアと窓を開けるという、壮大な無駄をやっていたのだが、それでも風の通りが良い通りに出るとそれなりに寒い。

 なに、私は野良猫上がりだ。このくらいどうということはない。

 しばらく行くと村の広場に出た。そこには、見慣れぬ馬車といったか……とにかくそんな乗り物が駐められており、泣き叫ぶ子供をいかにも胡散臭いヤツらに引き渡す姿があった。なにか良くわからないが、見ていてあまり気分のいい物ではない。

「ああ、またですか……。あれは王家の正式な承認を受けた『人買い』です。この国では人間同士ですらお金になるんです。こういう田舎ではよくある光景ですよ」

 いつの間にやってきたのか、アリスがそう解説してくれた。なるほどな、ところ変われば品変わるというやつか……。

「ふん、あまり見ていて気持ちのいいものではないな。どうだ、アレをちょっと邪魔してみるっていうのは?」

 アリスは表情を暗くした。

「私も気分のいいものではないですが……。王家承認ですからね。邪魔するとろくなことに……あ、あれ、どこ行くんです!?」

 私はトコトコと馬車に近づいていった。

「ん? なんだ、猫か……」

 何だとは何だ……とは言わない。あくまでも猫のフリをする。まあ、元から猫だが……。

 私は馬車に飛び乗り……馬の尻に思い切り爪を突き立て、バリバリと爪研ぎをした。これには堪らなかったのだろう。馬はいきなり走り出した。誰も乗せないまま……。

「まっ、こんなところだ。ちょっとしたイタズラだな」

 馬が駆け出す前に飛び降りた私は、アリスの元に戻る。馬車は広場の真ん中で横転していた。

「逃げます!!」

 アリスは私を引っつかむとそのまま家までダッシュした」

「はぁはぁ……もう、何やっているんですか!!」

 なぜ怒る?

「気分爽快だったろう? なにか問題が……」

「あります!! 確かに気分爽快ざまぁみろですが、あれはモグリではなく、王国から許可を受けた正式な人買いです。下手すると反逆罪になります!!」

 アリスのキャンキャン声が耳に響く。うるさい。

「人の法など知らぬ。私は猫だからな。自分のルールで動く」

 いかなる時も独歩独歩。これが猫の哲学だ。

「ずるい、こんな時だけ猫になる!!」

 アリスが喚く。やれやれ……。

「元々猫だ。して、勉学の具合はどうだ。魔法使いは根性と気合いなのだろう?」

 私は論点をすり替えた。

「うっ、それはその……」

 やれやれ……。

「どれ、私が教えよう。これも使い魔の役目だ」

 私は一つ覚えた。ため息というものを。

「ううう、私の使い魔とはいえ、猫さんにまでため息つかれた」

 ……お前が悪い。以上。

 こうして、私たちは勉強に入った。アリスの頭は、やはり少々残念だったと付記しておく。


 晩秋の朝は冷える。それでも、朝の散歩は必須だった。

「しかし、冷えるな……」

 私はアリスの肩に乗りながらつぶやいた。

「もうそろそろ初雪ですかねぇ。結構降る地域なんです。ここ」

 アリスがポツリとつぶやく。

 雪か。私がいた都会では、一センチも積もれば大ニュースだったな。

「どれ、少し温まるか……イフリート!!」

 私の召還に呼応し、地面を突き破って炎を纏ったバケモノが出現した。猛烈な熱気が辺りを包む。

「ふむ、ちと暑いくらいだな。やはり、大仰過ぎたか……」

 目の前にいるイフリートを見つめて固まっていたアリスが、急に我に返ったかのように首を横に振った。

「これ高等召喚獣じゃないですか。聞いた事ないですよ。イフリートを『たき火』にするなんて!!」

 キャンキャン喚くな。耳が痛い。

「なに、こんな時は……リバイアサン!!」

 空中に複雑な紋様が現れ、巨大な翼竜のようなものが出現した。そして、どこからともなく大波が……。

「やはり大仰すぎたか……」

 水に冷やされ、イフリートの熱量は下がった。しかし、村は壊滅的なダメージを受けていた……。

「何でも呼べばいいっていうものではありません!!」

 ふむ、その通りだな。まあ、後始末はアリスに任せよう。

 怒り心頭の住人たちにぺこぺこ頭を下げるアリスをよそに、私は朝の散歩に戻ったのだった。ああ、召喚獣たちはちゃんと帰しておいたぞ。念のため。

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