第3話 召喚猫誕生

 今日は朝から雨だった。雨音を聞くだけで寝ていたくなる。人間はどうか知らないが、我々にとっては最悪といえる。濡れる事自体がそもそも嫌だが、濡れた後のケアが大変なのだ。あまり気にしない犬とはそこが違う。

「ああ、先生起きていたんですね。おはようございます」

 大きなアクビをしながらアリスが起きてきた。寝間着とやらのはだけた場所から、特に肩辺りに異常な程の傷がある。……私が悪いわけではないぞ。全ては自分で招いた事だ。

「ああ、おはよう。先に言っておく、今日の外出はなしだ」

 私は先に釘を刺しておく。アリスの日課には「散歩」というものがあり、毎朝付き合っているのだ。この天気では、誰でも出たくなくなるはずだ。

「あっ、雨ですか。残念ですが、そうしましょう」

 アリスは残念そうにつぶやくと、ユルユルと朝ご飯を作り始めた。その合間に、 私の猫缶を忘れてはいない。いい心がけだ。

 サッサと食べ終えて、私は窓際の特等席で丸くなる。こちらでは冬の頼りも聞こえるようになった晩秋。雨ともなれば結構冷える。暖炉とやらの火が心地よい。

「そういえば、先生って元野良猫さんだったんですよね?」

 アリスが飯を食いながら聞いてきた。

「ああ、それがどうかしたか?」

 顔だけアリスに向けて、私は一つアクビをした。眠い……。

「いえ、単なる好奇心なのですが、こういう天気の時ってどうしていたのかなって」

 ……なんだ、そんな事か。まあ、好奇心を持つ事は悪いことではない。

「大したことはない。こういう時に雨風をしのげる場所を、縄張りの中にいくつか持っているのが普通だ。そこで寝て過ごす」

 別にサボっているわけではない。雨の日は鳥や虫などの獲物を捕れる確率が低い。無駄な体力を使わないため、我々は基本的に寝て過ごすのだ。

「なんだか、たくましいですね」

 アリスが関心したようにいう。なに、大した事ではない。それより、私の方も疑問があった。

「アリスよ。お前の両親がいない理由は野暮だから聞かぬ。その召喚術士とやらの見習いなのだろう? 師匠に当たる人物がいても良さそうだが……」

 この村の人間を除けば、知っているのはアリスだけである。師匠らしき人物はいない。

「はい、実は独学なのです。私の村の風習で、十五才になったら武者修行の旅に出て、何かを極めなくては戻れません。私は召喚術を選択したのですが、これが想像以上に難しくて……。あっ、ちなみに両親は健在ですので、お気遣いなく……」

 なんだ、そんな事か。独学とは大したものだ。

「召喚術とはそんなに難しいものなのか?」

 ただの好奇心で聞いてみた。

「ええ、それはもう。例えばこれは第1段階の本なのですが……」

 アリスはやたら分厚い本を持ってきた。どれ……。

「ふむ、人の字も読めるようになったようだな。さてと……」

 私はその本を高速で読んでいく。次々に知識が頭になだれ込んでくる。短い指で次々にページを繰っていき、そして読み終えた。

「なるほど。騒ぐ程のものではないな。例えば……」

 屋内なので控え目に、私は小さく呪文を唱えた。すると、小さな魔方陣が床に描かれ、ねばねばした物体が呼び出される。

「な……なななな!?」

 アリスがポカンとしている。私が呼び出したのは、スライムとかいう生物だ。

「これ、一ヶ月掛かったんですよ。なんで、たった今本を読んだだけで……」

 ……こんなもので一ヶ月だと? 要領が悪すぎるぞ。

「本の要点だけ纏めて、それを実行すればいいだけだ。さほど難しくはない」

 つまり、そういうことだ。私には造作もない。

「……『先生』と呼ばせて下さい」

「もう呼んでいると思うが……」

 一つ分かった事がある。アリスのオツムは少々残念に出来ていると。やれやれ、使い魔も大変である。


 翌日は晴れ。

 アリスと共に朝の散歩に出ようかというとき、再び警鐘が鳴った。

「やれやれ、またか……」

「多分、そうでしょうね」

 私たちが村の入り口に行くと、やはりあのろくでなし共だった。全員が一様に片目に眼帯を付けている。

「また来たの? 懲りないわねぇ」

 アリスがため息をついたとき、一斉に抜剣した。

「なに、片目をこんなにしてくれたお礼をしにきただけよ。今度は……」


『バハムート!!』


 地面に大きな魔方陣が描かれ、神竜とまで言われる最強のドラゴンが出現した。

「せ、先生、それ最終段階に覚える……!?」

 アリスが慌てた声を上げた。

「話しは後だ!!」

 勝負は一瞬だった。竜が吐き出した青白い何かにより、ろくでなし共はこの世から抹消された。少し、やり過ぎたかもしれぬ。

「……先生、一体どこで?」

 アリスが恐る恐る聞いて来た。

「なに、少々先に進んでいただけだ。なかなか読み応えがあったぞ」

 ちんたらしているアリスに付き合う必要なはい。使い魔だと遠慮する事もない。私は私の思うままに行動しただけだ。

「つ、使い魔に負けた……」

 アリスはかなりの衝撃を受けたようで、その場にへたり込んでしまった。

「物は考えようだぞ。私が召喚術を使えるなら、お前のガードも出来るし便利だぞ」

 とりあえず声を掛けてみたが、魂が抜けたようにアリスは動かない。待つ事小一時間。アリスが復活するまで、私はそこで寝て待つことにした。疲れたのである。

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