第2話 先生の村探索

「なるほど、こんなものか……」

 もう少しこの村の事を知りたい。そんな私の要望を聞き入れてくれたアリスの肩に乗り、こうして村を1周してきたのだが、小さな石作りの家が十軒ほど並ぶひなびた場所であった。

「時にアリスよ。肩は痛くないのか?」

 アリスたっての希望で、私はかの所の左肩に乗っている。憧れだったそうだが、不安定なので私は爪を思い切り服に食い込ませている。当然、体にも刺さっているはずで……かなり痛いはずなのだが……。

「大丈夫です。魔法使いは根性と忍耐です!!」

 ……そうか。

 私はさらなる安定化を求め、より深く爪を食い込ませた。遠慮していたのだが、大丈夫というなら問題無いだろう。

「きゃあ!! 先生、鬼です!!」

 ……ほら、言わぬ事か。私が悪いわけではないぞ。

「アリスよ。こんな無駄な我慢をしてどうする。降りるぞ」

 私は肩から降りようとしたのだが……」

「ダメです!! この試練を耐えたら新しい境地が見えます!!」

 ……何だそれは。ただ肌に爪痕が残るだけだと思うが。

 ああ、解説しておこう。我々の爪は小うるさい犬のそれと違って、常に磨いで鈍ったものを剥がし、鋭く突き刺さるようにメンテナンスしている。そんなものが刺さったまま引っ張ればどうなるか/……。皮や肉を引き裂き酷い痕を残す。鋭利な刃物で切ったわけではないのでなかなか治らない。今頃アリスの左肩はボロボロだろう。なんの試練だ。全く。

「なぁ、アリスよ。いい加減やせ我慢はよせ……」

「フフフ、痛くなーい!! ついに境地に達しましたぁ!!」

 ……アリスよ。それは単に痛みに慣れ麻痺しただけだ。なんの境地だ?

「ありがとうございます。先生のお陰です!!」

 ……なんと返せばいいのだ。これは。

「ま、まあ、役に立てて良かった。いい加減降りるぞ。不安定で……」

 その時だった。けたたましい鐘の音が響き渡る。耳が痛い。

「警鐘。急ぎます!!」


 アリスの走りは速かった。もちろん、私ほどではないが、あっという間に村の通りを駆け抜け入り口に到着した。私を肩に乗せたままで……。

「また、あんたたち。懲りないわねぇ」

 うんざりといった調子で、アリスが言った。対峙するのは屈強な男たち。数は二十名といったところか……。まあ、見てくれからして、ろくでなしということは分かった。

「何度でもくるぜ。いつまでも小娘に……」

「先生、攻撃!!」

 ……ふむ、悪党の長話は聞かない。気に入った!!

 私はアリスの肩から全力で飛び降り、一気になにか喋っていた馬鹿に向かって突っ込んでいく。一秒もあれば全速力に達する。男に狼狽の色が走った。

 私は全速力からのフルジャンプで男の顔の高さまで飛び上がり、フルスイングの右猫パンチをかました。猫パンチと言えば可愛いが、これは戦闘用の本気モード。狙うのは目と相場は決まっている!!

「ぎゃあ!?」

 私の爪は男の左目をモロに捉えた。崩れ落ちる男を見て、残りの十九人に動揺が走る。その隙を逃がす私ではない。同じ要領で目つぶしをかけ、たちまち集団は逃げ出した。

「時に猛毒を持つ蛇すら叩きのめすのが我々だ。体ばかり大きな人間など他愛もない」

 爪に付いた血を舐め取ってから、私はアリスの元に戻った。そして、肩に乗る。

「こ、ここまでとは……。先生凄すぎます」

 アリスがポカンとしながら言った。攻撃を命じたのはお前だろう。

「大した事ではない。我々最大の武器である「猫キック」を出していないからな。まあ、人間ごときに使うまでもないが……」

 そして、ガリガリとアリスの肩で爪を研ぐ。

「いだだだだ!?」

 ……ふむ、境地に達していたのだろう? なら問題無いはずだ。

「せ、先生、爪研ぎだけはどっかその辺の壁で……っていだだだ!! 聞いてます!?」

 研ぎ心地がいいのだ。アリスの苦痛など知らぬ。ついでに縄張りという意味も込めてな。

「こ、これも、使い魔を肩に乗せるという願望のため。願望のため……」

 なるほど、根性は認めた。たいしたものだ。まあ、頭の中身は謎だがな。

 これがきっかけで、村の広場に私の銅像が建てられる事になるのだが、それはまだ先の話であった。


 次の日、大量の猫缶が届いた。これで、やっと飯にありつける。この世界に来てから、私は水以外のものは口にしていない。アリスが気遣って自分用の食事を別けてくれようとしたのだが、それはいかん。人間には無毒だが我々にとっては時に致命傷になる食材が多いのだ。例え腹が空いても、素性の分からない人間の食事は食べるな。長く生きたいなら基本である。

「これで、変な遠慮しないで済みます。はい、どうぞ」

 缶詰の中身を皿に出し、コトリとアリスが床に置く。この匂いは堪らない。私は皿の中身を綺麗にあけ、顔掃除ついでに全身を綺麗に舐めていく。顔に生えている髭は言うに及ばず、体の毛全てが敏感な「アンテナ」なのだ。手入れを欠かしてはいけない。重要なことである。

「なんだかのどかでいいですねぇ……」

 ニコニコ笑顔のアリスが自分の食事を取っている。まあ、平和が一番である。

「ところで、先生。やはり、ネズミ取ったりするんですか?」

 唐突にアリスが聞いて来た。ふむ、ありがちだな。猫と言えばネズミか……。

「この家はネズミで苦労しているのか?」

 質問に質問で答えるのは失礼だが、私はあえてそうした。

「ええ、実は食料保管庫がやられていまして……」

 アリスが声のトーンを下げる。まあ、いいだろう。タダ飯食らうのもアレだしな。

「ネズミを食べたりしないが、それで良ければ私が張り番をしよう。あいつらはしつこい。時間は掛かるがな……」

「うわぁ、ありがとうございます!!」

 アリスが無駄に飛び跳ねて喜ぶ。よほど苦悩していたのだろう。

「さて、さっそく今夜から取りかかる。ネズミ共が動くのは夜だからな」

 こうして、私の仕事が一つ追加された。「使い魔」とはなんだか分からんが、要するにこういうことなのだろう。全く、面倒なものだ。

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