第14話

一方のリアは、ジャックに言われたとおりデッキに出て、群集に混じって周囲を警戒していた。

乗客たちは家族連れやカップルが多く、めいめいに景色を楽しんでいるようだ。

笑顔の群衆の中にぽつんと居るのも何となく気が引けて、リアはデッキの隅に陣取り、手すりに手をかけてため息をついた。

いつの間にか、透き通っていながら鮮烈な印象を残す青空から、どこか気だるく優しい乳白色の午後の空へと移ろっていた。

冷静に振り返ってみれば、実にめまぐるしい展開の只中に立っていることをひしひしと実感させられる。

(……それに、勢いだけでついてきてしまったけれど、本当にあの人についていってエースに会えるかどうかもわからない……。)

素性の知れぬ蓬髪の彼を思い出し、リアはふるふると頭を振った。

どんな形であろうとも、出て行くと決めたのは自分だ。今更迷ってどうするというのだろう。

それに、「エースを知っている」と言ったジャックは、嘘をついているようには思えない。嘘をついていたとしたら、あんな風に身を挺してまで自分を逃がしてくれたりしないはずだ。

そんなことを考えていたときだった。

デッキ中が、どよめきとも歓声ともとれるざわめきに大きく揺れた。

「ねえ、あれってキングじゃない?」

近くに居たカップルの言葉に、リアは肩を震わせて空を見上げた。

すると、狙っていたかのようなタイミングで視界の端から乳白色の空に似合わない漆黒の機体が登場した。

それに乗った人物は、その場に居る全員に見せ付けるかのように大きく旋回した後、猫のような身軽さでデッキに降り立った。

ある種の妙な高揚感と緊張感に静まり返ったデッキを見渡した彼と、目が合った。

稲妻のような鮮烈な輝きを放つ琥珀色の瞳に、リアはただただ足がすくんで動けなかった。

「リア。」

キングは険しい表情を浮かべてこちらに向かってきた。

彼が歩くと人々は彼に道を譲り、さながらその名の通り王者が行進しているようにみえた。

「キング、どうして………。」

キングはリアの前に立つと、身を引こうとする彼女の手を掴みあげた。

「いっ………。」

思った以上に強い力で、リアは顔を歪めた。

普段のキングなら、ここで手を離してくれるのに、今日の彼は違った。

キングは、険しい顔のまま言った。

「……帰るぞ。」

そして、引きずるようにリアを自分が乗ってきたバイクのほうへと連れて行く。

遠巻きにしていた人々が、リアに気がついてざわめき始めた。

「えっ、やばい………あの子、歌姫じゃない!?」

「トップレーサーと歌姫のツーショットとかすごすぎない!?」

リアは、助けを求めるように群衆を見渡した。

人が多すぎて、ジャックの姿が見えない。

そのことに、足下が抜け落ちていくような感覚を覚えた。

(あぁ、私は………)

また戻るのか。

あの鳥籠のような一室に。

糸の切れた人形のように、歌うだけの存在に戻るのか。

───このまま、彼に会えるかも知れないチャンスを手放して。

リアは、あいている方の手を握りしめた。

(そんなの……そんなのやだ。)

キングとリアがデッキの端に着たのを見計らったように、〈クリムゾン・ハンド〉の小型飛行艇が静かに横着けされる。

伸びてきたタラップの先端が、デッキの手すりにしっかりと固定される。

キングは先にタラップに足をかけると、ぐいっとリアの手を引っ張る。

手すりのない、足場だけの空間。

下から風が吹き上げる。

それと同時に、自分の奥底から強烈な感情が沸き起こるのを感じた。

(……戻りたくない!)

その一心で、リアはキングの手を振り払った。

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