第4話
「それで?ジャックはどこで潰れてやがんだ?」
手の中でグラスをもてあそびながら尋ねたエースに、クイーンは肩をすくめる。
「たぶん、自分の根城だろうさ。昨日は妙に張り切っていたからね。またどっかのエアバイクの改造でも引き受けたんだろ。まったく、本業を忘れないでほしいもんだよ」
エアバイク、という言葉に、エースのグラスを傾ける動きが一瞬止まった。そして反射的に反応してしまった自分自身の心の弱さに舌打ちをしたくなる。
その様子を、ジョーカーは見逃さなかった。ふっといつものへらへらした表情を消すと、真剣な眼差しでこちらを見てくる。
「……お前さあ、ほんとにこのままでいいのか?」
「………何がだよ」
「……純粋に、もったいねえって思うだろ?あれだけの才能があるってのに───」
ジョーカーの言葉は、最後まで紡がれることはなかった。鈍い音を立てて、乱暴にグラスがカウンターに置かれる。
「……それ以上余計なこと言うんじゃねえ」
底冷えのする声と視線で、片腕の青年は男を制した。
「これは、俺が望んだことだ。誰にも文句をつけられる筋合いはねえ」
「だが───」
「ジョーカー」
エースは席を立ち、彼に背を向けた。
「てめえが何と言おうと、俺は二度と空を飛ぶつもりはねえ。………それが、墜ちた奴の宿命ってもんだろ」
そして、彼はそのまま店を出ていった。
じっと二人の様子を静観していたクイーンは、ぐしゃぐしゃと頭をかき回したジョーカーに、ため息交じりに言った。
「……アンタの言い分も、わからないではないさ。エースは、あのままこんな場所で腐らすにはもったいないくらいの腕を持ってる。口は悪いし素直な性格とも言えないが、根はいい奴だ」
妖艶な色気をたたえた女店主は、そこで目を伏せた。そっと金属の指先で、左腕の接合部分をなぞる。
「……ただ、アンタは知らないだけなんだと思うよ。自分の体のどこかをなくすってことがどれだけつらいことか。まして、それが原因で、今まで人生賭けてたものができなくなることのつらさってのは、計り知れない」
ジョーカーは、沈黙のままにグラスをカウンターに置いた。
彼は、この風変わりな店ではひときわ異彩を放つ常連客だった。五体満足であるからだ。今でこそ皆に溶け込んでいるものの、最初はそのことで他の客と言い争うことも少なくなかった。
「……難しいな……やっぱ」
大きく息をついたジョーカーに、クイーンはふっと笑った。この男は、この男なりにパーツの足りない自分たちと真剣に向き合おうとしてくれている。そのことが分かるから、この店の客も彼を受け入れた。だから、いつかはエースもわかってくれるはずだ。
(ま、そんなことまで言ってやるほど私もお人好しじゃないね)
笑い声をかみ殺しながら、クイーンは言ってやった。
「ただでさえ、アンタは口軽であることないこと言っちまうんだ。せめて想像力を働かせて物を言うことだね」
ジョーカーは肩をすくめるだけだった。
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